第19話 謎の少女の警告

(結局フレデリックさんはシルヴィの力については何も知らなかった。話を聞いてすべてが解決すると思っていたわけじゃないが、少し期待していただけに落胆してしまうな……)

 会長室を後にしたリューヤはエレベーターへと向かう通路を歩きながら独り言ちる。

 ここに来た二つの目的の内一つ、シルヴィとフレデリックの和解については一応の成功を見たわけだが、もう一つの方は今のところ手詰まり状態だ。

(それに、新たな謎が生まれてしまった、シルヴィの治療をしたという謎の女科学者ドクタールーラー、奴は何者だ? そして目的は何なんだ? くそっ、例のバイオモンスターとそれを操る連中の事も考えなきゃならないってのに……!)

 苛立ちリューヤは足を止めて頭をガシガシと掻きむしる、その時彼の脳裏にとあることが思い浮かんだ。

 それは、ただの思い付き、可能性が非常に薄い推測ではあるもののゼロではないという程度の考え。しかし、一考してみる価値はある思い付きでもあった。

(重病に犯されていた幼いシルヴィを救ったドクタールーラー、つまり奴は生体工学に秀でていたということだ。そんな奴ならバイオモンスターを作ることも可能なんじゃ……? それにruler……ドクターRがどうしても頭に浮かんでしまうが……)

 そこまで考えて、リューヤはあまりにも短絡的な自分の発想に苦笑する。

(流石にそれはないか……たまたま俺が関わっている二つの出来事が重なっただけだ……)

 しかし、そう思いながらも。先ほどの推測ならすべての事に説明がつくのではないかと思ってしまうリューヤである。

(ドクタールーラーはドクターRの関係者で奴の遺志を継いでバイオモンスターを造り続けている……)

 もちろん、色々と疑問点はある。

 リューヤはかつてドクターRとの対決後、彼については調べられる限り調べたはずだった、しかし、奴の周辺にドクタールーラーらしき人物の情報はなかったのだ。

 もっとも、それがドクタールーラーかどうかはともかくとして、ドクターRの研究を受け継ぎバイオモンスターを製造している組織が存在している以上、ドクターRにはリューヤの知らない『後継者』のような人物がいたのは確かであろう。

 ならばドクタールーラーがそうである可能性もあるのだが、気になるのはドクタールーラーは若い女だったということだ。

 そんな小娘をあのドクターRが後継者などにするとはとても思えないし、仮にそうであったとしても、ドクターRの後継者になるには相当の能力が必要なはずだ。

 さらに、偽名は本名かはともかく、堂々と名を名乗り、顔を晒し、フレデリックに接触してシルヴィの治療との引き換えの資金提供を依頼してきたというのも引っかかるところだ。

 秘密主義、個人主義のドクターRの後継者としては、まったく不適当な行動としか思えなかったのだ。

(いずれにせよ、現時点ではその情報だけで判断するには材料が足りないな、とりあえずはドクタールーラーという女について調べてみるか……)

 名前はおそらく偽名だろうし、望み薄だが、ハンターギルドに問い合わせれば何かしら情報が手に入るかもしれないと考えつつ、リューヤは再び歩き出した。

 ほんの少し歩を進めたところで、リューヤは前方から近づいてくる人影に気づく。

(……ピリア……?)

 リューヤは思わず立ち止まる。そして、その視線はその人影に釘付けになった。

 それは、一人の少女であった。

 しかし、リューヤが目を奪われたのは少女が美しかったからではない、いや多少はそれもあるかもしれないが、そんなことよりもっと重要なことがあった。

 その少女の容姿は――服装までも――ピリアの人間バージョンとよく似ていたからだ。

 細部には違いはある、ピリアと比べて少女の方が大人びて見えるし、ピリアと違って少女は髪をポニーテールにまとめていた。

 服装もピリアは丈の短いローブ姿だが、少女のそれは足先が見える程度の長さであった。

 しかし、美しい銀色の髪も、赤い瞳も、複雑な紋様が描かれたローブの基本デザインも全く同じだった。

(他人の空似……にしては、あまりにも似すぎている……)

 ピリアの姉と言われても信じてしまいそうなほど、その少女の顔は酷似していた。

(まさか……ピリアの身内……? だとしたら……)

 ピリアの記憶の手がかりになるかもしれないと思い、声をかけようとしたリューヤだったが、どう声を掛けるべきか一瞬言い淀む。

 少女はリューヤの視線を気にすることもなく、スタスタと歩いて来るとそのまま彼の横をすり抜ける。

 意を決してリューヤが声を掛けようとしたその時、少女がボソリと言った。

「『ユグドラシル』に気を付けてくださいね」

「え?」

 突然の言葉にリューヤは思わず聞き返しつつ少女へと視線を向けるが、そこにはすでに誰もいなかった。

 リューヤは慌てて周囲を見回すが、やはり少女の姿は見えない。

 まるで幻のように消えてしまった少女に戸惑いながらもリューヤは小さく呟くのだった。

「今のは一体……ユグ……ドラシル……?」

 リューヤは暫くの間その場に立ち尽くしていたが、すぐに我に返るとエレベーターに向かって歩き出すのだった。

「おそーい! もう待ちくたびれちゃったわよ、パパと何を話していたの?」

 ロビーへと戻ってきたリューヤを待ち構えていたのは、頬を膨らませたシルヴィだった。

(そんなに待たせたわけでもないんだがな……)

 心の中で呟きつつ、リューヤは、「いや、少しな」と言葉を濁す。

「何よ、あたしには言えない話ってわけ?」とさらに不機嫌になるシルヴィにリューヤは頭を掻きつつ小さくため息を吐くと。

「さっき聞いたドクタールーラーについて聞いてたんだよ」と答えた。

 例の力についてはまだシルヴィ本人に話すのは早いが、こっちの方の話に関しては特に隠す必要もないだろうと判断したのだ。

 しかし、その答えを聞いた瞬間、シルヴィの表情が一変した。先ほどまで膨れっ面をしていた彼女は、一転して真顔になると、声を潜めて言う。

「……ドクタールーラー。パパが言ってたあたしの治療をしてくれた科学者ね。一応あたしの命の恩人ってことになるのかしら?」

 とても恩人について話しているとは思えないような固い口調で語るシルヴィ。

 彼女自身ドクタールーラーという女の素性について怪しげなものを感じているのだ。

「パパの話を聞いた限り、単なる善意であたしを助けてくれたわけじゃなさそうだけど……」そう言って思案顔になるシルヴィ。

「それで、フレデリックさんから話は聞けたのか?」

 話に入るタイミングを見計らっていたのか、クロードが横から口を挟んできた。

「いや、フレデリックさんもドクタールーラーという女については大した情報は持っていなかったよ。とりあえず彼の前では悪人らしい振る舞いは一切していなかったみたいだがな」

 そう言うとリューヤは肩をすくめた。

「そうか……だとするとますます謎だな……一体何者なんだ? そのドクタールーラーは……」

 考え込むクロードにリューヤが声をかける。

「それを調べるために、俺はこれからハンターギルドに行こうと思う。あそこなら色んな情報が集まってくるからな」

 それを聞いて、ハッとしたように顔を上げるクロード。

「そうか! だったらオレも……」

 しかし、その言葉を遮るようにリューヤは片手を突き出す。

「いや、俺一人で行く。というよりお前たちを連れて行くわけには行かん」

「どうして?」

 シルヴィが首を傾げるとリューヤはそちらに顔を向けて続ける。

「上級ハンターしか閲覧できない資料を当たるためには、まだ低級であるお前らを連れて行けないんだよ」

 それを聞いた二人はあからさまに不満げな表情を浮かべたが、それでも反論はしなかった。

 実際、現時点でも二人はまだE級の下級ハンターでしかないからだ。

「分かったわ……じゃあ、あたしたちは先に宿を見つけてそこに行ってるわ」

「ああ、そうしてくれ」

 頷くリューヤに、シルヴィは「ああ、そうそう」と思い出したように言う。

「リューヤ、これ見てよ!」

 僅かに興奮した様子で、シルヴィが懐から取り出して見せたのは、携帯デバイスだった。

「これは?」

「あたしたちが使ってた携帯デバイス、敵に情報を抜かれないように全部破壊しちゃったでしょ? だからね、あたし会社の人に相談したのよ、そしたら最新機種の試作品をくれたってわけ。契約も会社名義で行ったからあたしの個人情報が漏れることはないし、セキュリティ面も従来の物よりはるかにしっかりしてるの。おまけにデザインも可愛いんだから! 凄いでしょ?」

 リューヤが手に取って見てみると確かに以前のものとは形状が異なっているようだ。大きさはほぼ変わらないようだが、機能面ではかなり進化しているらしい。

「オレにもくれたんだぜ。流石、シルヴィの親父さんだよな、太っ腹だし用意がいいよな」

 クロードはそう言って自分の携帯デバイスを取り出すと、自慢げに掲げてみせるのだった。

「そうか、ならば連絡はそれで取りあえるな。ともかく、俺は行ってくる。クロード、シルヴィ、携帯デバイスを変えた以上もうGPSで居場所を探られたりはしないだろうし、街中で襲ってくるようなことはないだろうが、万が一ということもある。くれぐれも気を抜かずに宿で大人しくしていてくれ」

 そう言ってリューヤは二人に背を向けると足早に去っていった。残された二人は顔を見合わせる。そしてどちらともなく頷くと歩き出すのだった。

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