第18話 ドクタールーラーの謎

 しばらくして、シルヴィはそっとフレデリックから体を離す。

「パパ、あたし、もう家出はやめにする。だけどね、パパ、あたしはまだハンターをやめるつもりはないよ? だって楽しいんだもん!」

 そう言ってニッコリと笑う彼女にフレデリックは眉根を寄せた険しい表情を見せると口を開いた。

「シルヴィ、お前の気持ちはわかるが……」

 しかし、その言葉を遮るように彼女は続ける。

「わかってる! ハンターがどれだけ危険な仕事なのか、遊び気分で務まるものじゃないってことは! でもね、だからこそやりたいんだよ! あたし、もっともっと強くなってみんなのこと守れるようになりたいんだ!」

 そして彼女は真剣な表情になると真っ直ぐに父の目を見つめながら言った。

「……だからお願い! あたしがハンターとして仕事を続けることを許して欲しいの……。反対されてもやるつもりだけど、出来るなら認めて欲しいなって……」

 その言葉にフレデリックはしばらく黙っていたがやがて大きく息を吐くと言った。

「わかった……そこまで言うなら認めよう……ただし条件があるぞ?」

 その言葉にパッと顔を輝かせる娘に対して父は言葉を続ける。

「まずは無理をしすぎないことだ……。それと定期的に連絡をすること、最後に、決めた以上は絶対に途中で投げ出さないこと、この三つだ……約束できるか?」

 その問いに力強く頷く彼女を見て満足そうに微笑むと、フレデリックは再び口を開く。

「よし、ならば行ってこい! だがこれだけは言っておく、疲れた時、辛いときはいつでも戻ってきなさい。投げ出すなとは言ったが、走り続ける必要はないんだからな? お前の居場所はここにあるのだから……」

 そう言って優しく微笑む父にシルヴィは思わず抱きついたのだった。

 そんな娘を受け止めつつ、彼もまた彼女を強く抱きしめるのだった。

 フレデリックはそのままシルヴィの頭を二、三度撫でた後、リューヤたちのほうへと視線を向ける。そして少し照れ臭そうに言った。

「すまなかったね、私たちのやり取りに付き合わせてしまって。退屈だっただろう?」

「いえ、娘さんが……シルヴィが元気になってくれて何よりです」

 短く答えるリューヤに、フレデリックは言葉を続ける。

「ありがとう。シルヴィの件では君には色々と迷惑をかけたね、感謝しているよ、リューヤくん」

 そして、彼はクロードへと視線を向ける。

「クロードくんだったかな、君も娘に付き合ってくれて感謝するよ。さっきの言葉も嬉しかったしね」

 そう言って微笑みかけてくる彼に、クロードは慌てて首を振ると言った。

「い、いえ! そんな! オレはただ思ったことを言っただけっすから……!」

 慌てて謙遜する彼だったが、フレデリックは小さく笑うと言葉を続けた。

「出来れば、これからも娘の力になってくれんかね? 君さえ良ければだが……」

 その言葉に一瞬キョトンとした表情を浮かべた後で、クロードは大きく頷いて答えた。

「はい! 喜んで!」

(よっしゃー! 親父さんから頼まれたってことはつまり信頼されたってことだよなぁ!?)

 心の中でガッツポーズをするクロードだったが、フレデリックがリューヤにも同じようにシルヴィのことを頼んでいるのを見て思わず肩を落としてしまうのだった。

(くそっ、オレだけが特別扱いじゃあないってことか……まあ当然と言えば当然だがな……)

 そんな彼の様子に気づいたのか、リューヤは、フレデリックの言動に一喜一憂して忙しい奴だと苦笑するのだった。

「それじゃ、パパ。あたしそろそろ行くわ。仲間を一人待たせてるし……」

 そう言って立ち上がろうとするシルヴィに向かってフレデリックは言う。

「そうか、名残惜しいが仕方がない。今度は家出ではないのだから安心して送り出せるというものだな……気を付けて行きなさい、シルヴィ……」

 そう言って娘を見送るフレデリックの表情はどこか寂しげであった。

「そんな顔しないでってばぁ、いきなり親ばかお父さん化するのはやめてよね? もう子供じゃないんだからさ……」

 そう言って苦笑いを浮かべる彼女に、フレデリックは、「そうだな」と苦笑する。

「今度は過干渉でお前に嫌われたくはないからな……だが、くれぐれも気を付けるのだぞ? お前は頑張りすぎるところがあるから心配なのだ……」

 そう言いつつ娘を抱きしめる父に対し、シルヴィもまた彼を抱き締め返すと笑顔で言った。

「大丈夫だって! リューヤたちもいるしね!」

 そして、シルヴィはフレデリックをやんわり引き離すとソファから立ち上がる。

「お父さん、任せてくださいよ。シルヴィはオレが守りますから!」

 そんな彼女の前にクロードが進み出て胸を張るように宣言すると、フレデリックは少しだけ引きつった笑顔を見せる。

「あ、ああ。頼むよ……」

(お父さん、ねぇ、この少年に任せて本当に大丈夫なのか……?)

 フレデリックの脳裏をそんな思いが過ぎるが、娘の前でそれを言うわけにもいかず、彼は黙って送り出すことにしたのだった……。

 シルヴィとクロードが部屋の扉に向かって歩いていく中、リューヤだけはソファに座ったままだ。

 シルヴィはそれに気づくと振り返って声をかけた。

「どうしたの?」

「悪いが二人は先に戻ってくれないか? 俺はフレデリックさんともう少し話があるんだ……」

 その言葉に、シルヴィは思い出したように言う。

「そう言えば、リューヤは何かパパに聞きたいことが有るって言っていたわね……」

 その言葉にクロードも思い出したかのように頷いた。

 それと同時にクロードはリューヤがフレデリックに何を聞くつもりなのか、大体察しがついたようだった。

(あのことだな……。そうだな、シルヴィには聞かせられないよな……)

 そして、クロードと彼に促される形で部屋を出て行こうとするシルヴィだったが、部屋の入り口で立ち止まると振り向き言った。

「じゃ、あたしとクロードはロビーで待ってるわ。それじゃパパ、行ってきます」

 そう言うと彼女は手を振りつつ部屋を出て行ったのだった……。

 フレデリックはそんなシルヴィに親ばか丸出しの顔で手を振り返していたが、扉が閉まると同時にその表情を消すと真剣な眼差しでリューヤを見つめてきた。

 その変化に驚きつつ、流石は大企業の会長といったところかと思いつつリューヤは言った。

「さて、俺があなたに聞きたいことと言うのは、単刀直入に言ってシルヴィの事です」

 その言葉にフレデリックは首を傾げる。

「娘の事? しかし、私が娘について他人に話せることなどあまりないぞ、知っての通り私とシルヴィは今まで親子でありながら殆ど会話をしてこなかったからな……」

 そう答えるフレデリックの口調には自嘲の響きが混じっていた。

「シルヴィと私が疎遠となってしまった経緯はさっき話した以上の事など何もない。シルヴィの事なら本人に聞くのが一番ではないのかね?」

 その言葉にリューヤは首を横に振ると言った。

「確かにそうなんですが、今回はそういうことではなくてですね……」そこまで言うと一度言葉を切り、続きを口にする。

「あなたならシルヴィが持つ『力』について何か知っているのではないかと思いまして……」

 その言葉を聞いてフレデリックは再び首を傾げる、それは本当に思い当たることがなく困惑している様子だった。

「シルヴィの力……? あの子には、何か特別な力が有るというのかね……?」

「ええ、彼女はその内に強大な力を秘めています」

(そして、それは邪悪な力だ……)

 心の中で付け足す、強大な力はともかく、邪悪な力があるなどと言ってしまうのは憚られたのだ……。

「娘にそんな力が……? 確かにあの子は術士としての才を持っている。あの子に付けてやった家庭教師は天才だと持て囃していたが、半分はただのお世辞だろうしあくまでも一般常識にとどまる程度のものだと思っていたのだが……」

(やはり知らなかったのか……)

 フレデリックのその反応にそう思いつつもリューヤは続ける。

「そうですか……。なら質問を変えます、シルヴィがそんな力を持ち合わせる可能性について思い当たることはありますか? 例えば、あなたや、亡くなられたあなたの奥さん、つまりシルヴィの母親に術的な素養があったとか……」

 そう問いかけるとフレデリックは一瞬考え込んだ後、答えた。

「……いや、私も妻も確かに術士としての力はあったが、それもごく一般的なものだよ……」

(両親から受け継いだものでもない、と……)

 リューヤは心の中で呟く、こうして一つ一つ可能性を潰していくことで真実に近づくことが出来るかもしれないのだから……。

「では、シルヴィがそんな力を持つようになった原因について、何か心当たりはありますか? どんな些細な事でもいいので教えて欲しいのですが……」

 そう尋ねるとフレデリックは顎に手を当て考えながら言う。

「そう言われてもな……。シルヴィに不思議な力が身につくきっかけがあったとすれば、先ほど話した、ドクタールーラーによる治療ぐらいしか思いつかないが、確かにシルヴィはその治療によって健康体になり、引き換えにそれまでの記憶を失った。だが、それだけだ、治療後特に魔力が強くなったとかそういったことは無かったはずだし、変わったことと言えばそれぐらいだ」

(やはり一番怪しいのはその治療か……しかし、話を聞く限り関係あるのかないのか判断しにくいな……)

 そこまで考えて、リューヤはこれ以上この件に関してはフレデリックに聞いても無駄だろうと考えた。

 そして、別のアプローチの仕方をしてみることにした。

「わかりました、シルヴィの力についての話はここまでにしましょう。では、そのドクタールーラーについて教えてください、一体何者なんですか?」

 しかし、この質問に対しても、フレデリックは首を振る。

「彼女が何者か、素性の類に関しては私は一切知らんのだ。ただ、とてつもない技術を持った科学者であるという事だけは確かなようだがな、何しろほとんど死んでいた娘をほどだからな……」

「しかし、あなたはシルヴィの治療との交換条件に彼女の研究に協力し、頻繁に面会していたはずですが?」

 そう言うとフレデリックは少し困ったような顔をしたが、やがて言った。

「確かにそうだ、しかし、研究の協力といっても私がしていたのは資金提供が主だったし会っていたのは娘の経過報告の意味合いが強かったのだ。それに、彼女が提示した条件はもう一つあった、それは自分の素性を探らない事だ……。彼女は自らの情報を一切明かさず、私との接触についても常に細心の注意を払っていたようだからな……」

 そして一旦言葉を切ると、彼はため息を吐きながらソファに深くもたれかかった。

「そんな相手の研究の手伝いなどするなど正気ではないと思うだろう? だが、私とレイナにとって娘の存在はそれだけ大きかったのだ……だから私達はそれを受け入れた……。それに、ドクタールーラーは自分の研究の事を人類の未来のための崇高な目的だと豪語していたのだ……少なくとも私の前では怪しいそぶりなど見せなかったし、私の知る限りドクタールーラーと思しきものが悪事を働いたというような話は聞いたこともなかった……」

(なるほどな、まあドクタールーラーが本物の悪党ならば、フレデリックさんに尻尾を掴ませるような真似はしないだろうな)

 フレデリックの話を聞きながらリューヤはそんな感想を抱いていた。

「それで、そのドクタールーラーなのですが、今もまだあなたと関わりを持っているのですか? それとも既に関係は切れているのでしょうか?」

 そう問いかけるとフレデリックは再び首を横に振った。

「一年ほど前に会ったのを最後に、彼女からの連絡はぴたりと途絶えてしまった。しかし、関係が切れたのかどうかは私にはわからん。何かの事情で一時的に連絡ができない状態にあるだけかもしれんしな……」

 それを聞いてリューヤは考えた。

(連絡が途絶えたか……。関係を切ったにせよ、一時的なものにせよ、どちらにしろ向こうからのリアクションが何もないのでは、推理することすら出来ないな……)

 そして、これ以上はフレデリックに話を聞いてもわかることはないだろうと結論付けたのだった。

「話を聞かせていただきありがとうございました」

 そう言ってリューヤは立ち上がると、頭を下げる。

 それに釣られるようにフレデリックも立ち上がると、軽く手を振りながら言う。

「いや、大した事を話せず申し訳ない。私としてもシルヴィとの件の礼の意味でも、君たちには出来る限りは協力したいのだが……」

「気にしないでください。ドクタールーラーという女については、こちらで調べてみます。つきましては、もしもその女から連絡がきたらこちらにも教えていただけると助かります」

 言いながらリューヤが差し出した連絡先のメモを受けとり、「ああ、わかったよ」と頷いてからそれをスーツの胸ポケットにしまうと、フレデリックは真剣な面持ちでリューヤの瞳を見つめてくる。

「リューヤくん、先ほども言ったが、改めて君には頼みたい。あの子の……シルヴィの力になってやって欲しいのだ。あの子は頑固で不器用な子だが……私にとってかけがえのない、たった一人の娘なのだよ……どうか、よろしく頼む!」

 そう言うとフレデリックは深々と頭を下げた。

 その姿からは娘を思う父親の真摯な想いが伝わってくるようだった。

 そんなフレデリックを安心させるようリューヤは微笑むとこう返した。

「もとよりそのつもりです。俺にとってもシルヴィは大事な仲間ですからね」

 その言葉に安心したのかフレデリックはゆっくりと頭を上げた。

 そして今度は感謝の意を示すように握手を求めてくる。

 それに応えるようにリューヤも手を伸ばし、しっかりと握り返すのだった。

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