第13話 突然の襲撃

 翌朝――

「どうしたのクロード、朝からボーッとして?」

 呆けた顔でスプーンを動かし続けるクロードに、向かいの椅子に座って朝食を食べていたシルヴィが声を掛ける。

 クロードはハッと我に返ると自分を覗き込んでいるシルヴィに気づき慌てて答える。

「あ、ああなんでもないぜ! ちょっと寝不足なだけだ」

 そして、シルヴィに気づかれないよう首を振る。

(ちくしょう、昨夜のあの子のことが頭から離れねぇ……でも仕方ねぇだろ、あんなもん見たら誰だって忘れられねぇよ)

 クロードはそう思いながらスープを口に運ぶ。

 “あんなもん”というのは昨夜温泉で目撃してしまった少女の裸体のことだ、元々クロードは女の子の裸体など見たことがなく、その衝撃は大きかった。

 その上とびきりの美少女だ、まるで妖精のごとき美しき裸体、忘れろと言う方が無理があるだろう。

 だが、それだけではなく、クロードはやはりあの少女の正体が気になっていた。

(あの子は一体何者だ? そしてどうしてオレの名前を知っていた? わからない、何もわからないな……)

 クロードが再び思考の海に沈みそうになったその時、シルヴィがさらに声をかける。

「そうなの? なんか元気がないみたいだけど……大丈夫?」

 そう言うとシルヴィはクロードの額に手を当てる。

「うーん熱はないみたいね」

 その行動にクロードの心臓はドキリと跳ね上がる。顔がみるみると赤くなっていく。

 そして、ハッとなった。

(そうだ、オレにはシルヴィが居るじゃないか!)

 クロードは自分にそう言い聞かせるが、その言葉とは裏腹に心の中にはモヤがかかったままだ。

(オレって気が多いのか? くそっこのままじゃオレを取り合ってシルヴィとあの子の二人がケンカとかするかもしれねぇ、それだけは絶対にダメだ)

 クロードの思考は勝手に飛躍していた、仲はいいが仲間止まりのシルヴィと入浴姿を覗いただけの謎の少女、そんな二人がどうしてクロードを巡って争うのだろうか。

 そんなクロードの様子にピリアがニヤッと笑いながらこんなことを言ってきた。

「どうしたのクロード、顔が赤いよ? シルヴィに顔を近づけられて照れちゃったのかな? もしかして、クロードってばシルヴィのこと好きなんじゃないの~?」

「バッ、バカ野郎!」

 クロードは思わず叫んでしまう。

 そして、ピリアの体を掴むと、その口を両手の指で左右に引っ張る。

 するとピリアの顔が伸びて面白い顔になる。

「いひゃい! いひゃいよ!」

「余計なことを言うのはこの口か、ほれほれ」

「いひゃいっへっば」

 クロードは面白くなりさらにピリアの頬を引っ張る。ピリアは涙目になりながら抗議の声を上げるがクロードの手を振りほどくことはできない。

 その瞬間!

「いでっ!」

 クロードの頭にチョップが振り下ろされた。

「あんまり俺の相棒をいじめるなよ、クロード」

 クロードが顔を上げると、今まで黙って自分の食事をしていたリューヤがいたずらっ子を叱る教師そのものといった表情でクロードを見下ろしていた。

「リューヤぁ、ありがとう~」

 ピリアがリューヤの肩に乗りその頬に顔を擦り付ける。

 リューヤはやれやれといった感じでピリアの頭を撫でる。

「ピリアが変なこと言うのが悪いんだよ」

 クロードは唇を尖らせる、その様子はまさにいたずらを親に見つかってしまった子供のようだ。

「クロード、素直に謝んないと、リューヤが本気で怒っちゃうかもよぉ?」

 シルヴィがからかうように言うとクロードはギクリとなる。

 上目遣いで自分の顔色を窺うクロードにリューヤはニヤッと口元を歪める。

「怒らせるとまずいのは俺の方じゃない、俺はむしろお前を心配したから止めたんだ、忘れてないか? ピリアはお前たちよりも強いんだぞ?」

 その言葉にクロードはハッとなり恐る恐るピリアの方を見る、ピリアの顔はにこやかだが目が笑っていない。

「あ、あの……ごめんなさい……」

 クロードは小声で謝罪する。

 ピリアはクロードの言葉を聞くとにっこりと笑う。

「わかればいいのだよ、わかれば」

 偉そうに言うピリア、そのオデコを軽く弾きながらリューヤが言った。

「お前もあんまりクロードをからかうなよ?」

「はーい」

 素直に返事をするピリアにシルヴィが思わず笑いだす、それに釣られてクロードも笑い出しピリア、さらにはリューヤまでが笑顔を見せる。

 しばらく4人は談笑しながら朝食を楽しんだ。

 そして、朝食も終わり4人は出発するためにテントを畳み始めた。

「それにしてもクロード、さっきはうやむやになっちゃったけどさ、結局なんでぼーっとしてたの?」

 自分のテントを畳みながら訪ねてくるシルヴィにクロードは同じく自分のテントを畳みつつ首を振る。

「だから、なんでもねぇって」

「そうかなぁ」

 シルヴィは納得がいっていない様子だ、そしてさらに彼女はクロードに詰め寄るとこう続ける。

「もしかしてさ、昨夜なんかあった?」

 その問いにクロードは一瞬ドキリとするが、すぐに首を振って否定する。

「何もねぇよ!」

 しかし、シルヴィはなおも食い下がる。

「本当に?」

「ほ、ほんとだって、大体なにがあるってんだよ、ここは森の中だぜ?」

「まあ、それはそうだけど……」

 クロードの言葉にシルヴィはまだ首を傾げていたが、とりあえず引き下がった。

 そして、シルヴィはふとリューヤたちの方に目を向ける。

 彼らはテントだけではなく、荷物などもまとめて片付けている最中だった。

 と言っても主に片づけているのはリューヤだ、小さい――小動物サイズのピリアはごくごく軽いものしか持てない、それでも一生懸命運んではいるのだが……。

「はぁ、面倒くさい……こうなったら、ボクあれやろうかな……」

「流石に2人に見せるのはどうかと思うぞ」

「それはわかってるけどさ……」

 シルヴィはピリアとリューヤの謎の会話に首を傾げる。

(何の話をしてるのかしら……)

 しかし、考えてもわからないのでとりあえずシルヴィは気にしないことにして、再びクロードに視線を向ける。

 その時、クロードが誰に言うともなく口を開いた。

「それにしても、あの銀髪の子、一体どこの誰なんだろう……」

 それは小さな、本当に小さな呟きだった、シルヴィにはほとんど聞こえていない。

 だから「え?」とわずかに首を傾げただけだ。

 しかし、リューヤとピリアの耳にはハッキリと届いていた。

「銀髪? まさか……」

 つぶやいてリューヤはピリアを見る。

「え、嘘、もしかして……」

 ピリアは冷や汗を垂らす。

 そんなピリアにリューヤが恐る恐るといった感じで尋ねる。

「おい、まさかお前昨夜……」

 その時であった。

 ドーン!!

 唐突に、リューヤたちの目の前に上空から何かが落下してきた。

 その衝撃により地面が揺れる。

「な、なんだ!?」

 衝撃に驚きクロードが声を上げる。

「こ、こいつは!?」

 リューヤも落下してきたモノの姿を見て声を上げた。

 落下してきたのは巨大なクモのような生物だった、大きさは10メートルほどはあるだろう、全身が黒い体毛に覆われており、腹部には大きな赤い目が一つ、そこからは血のように真っ赤な液体が滴り落ちていた。

「バイオモンスター!!」

 叫んだピリアの言葉に、「なにっ!?」とリューヤは空を見上げる、空高くには一機の飛行物体が飛び去る姿が見えた。

(あれが落としたのか!? エンジン音が聞こえなかったが、最新鋭のステルス機ってやつか)

 リューヤは心の中で舌打ちする。

「なんでこんなところにこんな化け物がいるんだよ!」

 叫ぶクロードにリューヤが答える。

「どうやら俺たちを狙って投下されたものらしいぞ」

「ええ!? なんであたしたちが狙われなきゃなんないのよ!」

 シルヴィが驚きの声をあげる。こんな化け物に襲撃される覚えはない。

 シルヴィからしてみれば、この襲撃はまさに青天の霹靂だった。

 だが、リューヤはそんなシルヴィに顔を向けると、言った。

「狙われる理由は推測できる、俺たちはヘムシティでバイオモンスターを倒しただろ? その背後にいた何者かにとっては俺たちは自分たちの戦力を削いだ邪魔者というわけだ、それで復讐のために刺客を送り込んできたんだろうよ」

 その言葉にシルヴィは顎に手を当てて、「な、なるほど……」と小さく呻いた。

(あれが野良バイオモンスターだったという説は、これで完全に消えたな……。しかし、予想以上に早い動きだ、これは、もしかしたら……)

 心の中で呟くリューヤだったが、ピリアが上げた「悠長に話してる場合じゃないよ、来るよ!」という声で我に返ると、巨大グモを迎え撃つべく、身構えるのだった。

「グオォーーン!!」

 巨大グモは雄たけびを上げながらこちらに向かって突進してくる。

「くそ! やるしかないか」

 クロードは剣を抜き放ち巨大グモを迎え撃つ、が、

「うわっ」

 巨大グモの脚に弾き飛ばされてしまう。

「クロード、大丈夫か」

 リューヤがクロードに駆け寄る。

「く、くそう」

 なんとか立ち上がり再び剣を構えるクロード。

 大したダメージはないが、そのパワーの高さは、彼に恐怖心を植え付けるには十分だった。

「フリーズショット!!」

 硬直化したクロードのすぐ横を青白い光が巨大グモめがけて高速で通り抜ける。

 シルヴィの放った氷結の術である。

 それは狙い違わず巨大グモの脚に命中し凍結させた。

 自分の術が通用したことを確認してシルヴィは小さくガッツポーズをする。

 しかし――

 バキンッ!! と音を立てて凍りついた脚を巨大グモはいとも簡単に破壊してしまった。

「あああっ、なんか効かない気はしてたけどやっぱりぃ!」

 ヘムシティで遭遇したバイオモンスターもシルヴィの術を無効化していた、なのでどう見てもそれより強そうなこの巨大グモバイオモンスターには通じない気はしていたシルヴィであったが、それでもこうもあっさりと破られるとは予想外であった。

(プライド傷つくなぁ、もうっ!)

 シルヴィは思わず頭を抱えるが、今はへこんでいる場合ではないと思い直し再び身構える。

「フリージングボム!」

 今度はピリアがその小さな手のひらから青い光弾を放つ、シルヴィの術に似ているがその光弾には魔力は感じられなかった。

(やっぱりピリアの使ってるのは術とは別の力なんだ……)

 そんなことを思うシルヴィ、青い光弾が巨大グモに命中すると、今度はその全身を凍らせる。効果もシルヴィのものとは段違いだ。

「いいぞ、ピリア、これで……」

 笑みを浮かべるリューヤの言葉が途切れる。

 ビシッと言う音と共に巨大グモを包んだ氷に亀裂が入る。

 そして次の瞬間、バリンッという音とともにピリアの放った氷は粉々に砕かれてしまった。

「そんなっ、あれでもダメなんて!」

 シルヴィが戸惑いの声を上げるが、ピリアは諦めずシルヴィに声をかける。

「シルヴィ、冷気がだめなら火だよ! 見た目がクモっぽいしきっと火なら弱点だと思う」

 ピリアがそう言うとシルヴィはハッとした表情になる。

「よ、よーし、なら、今度は同時攻撃で行くわよ!」

「オッケー!」

 そして、シルヴィは呪文を唱える、威力を高めるために詠唱付きで放つことにしたのだ。

 そして、詠唱が終わりシルヴィが術を解き放つ!

「ギガフレイム!!」

「ファイアバスター!」

 シルヴィに合わせてピリアも攻撃を放つ。

 シルヴィの放った炎とピリアの放った赤い光線が同時に巨大グモに直撃する。

「やった!」

 シルヴィが喜びの悲鳴を上げる。

 炎に包まれ炎上する巨大グモ、だが炎が収まると何事も無かったかのように平然としている。

「ダメだ、全然ダメージが入ってねぇ!」

 クロードが叫び、シルヴィは驚愕と落胆の入り混じったような顔で呟いた。

「そんな……、あれだけやっても無傷だなんて……」

 ピリアも絶句していた。

「ちっ、どうやらかなり強力なタイプのバイオモンスターのようだな」

「どうするんだよ、リューヤさん!」

「あれだけの攻撃が効かないとなると、あの手の攻撃には完全に近い耐性があると見るべきだな、つまり物理的な力で叩き潰すしか倒す方法はない」

 そう言ってリューヤは拳を握る。

「あんなでかい相手でもなんとかなるのかよ?」

 クロードが戸惑う、リューヤの強さは先日の戦いでわかっているが、今回は敵が巨大すぎるとクロードは思った。

「どちらにしろやるしかないだろ、お前も泣き言を言ってないで戦え!」

 リューヤに怒鳴られわずかにムッとするクロードだったが、確かにここで弱気になっていても仕方がないと思い直し剣を構えるのだった。

「わかったよ、やってやろうじゃねえか!」

 叫ぶクロード。リューヤは跳躍すると巨大グモの右側から攻撃を仕掛ける。

 クロードはリューヤと反対側から剣で切りかかる。

 バキッ! ザシュッ!

 巨大グモの脚の関節部を狙って繰り出されたリューヤの拳とクロードの剣は、見事に巨大グモの脚を切り裂いた。

「やったぜ!」

 喜ぶクロードだったが、「いや、まだだ!」というリューヤの叫び声にハッとして顔を上げる。

「グオォーーン!!」

 巨大グモが吠えると、斬られた脚の切断面がボコボコとうごめき、再生していく。

「ちっ、やはり再生能力持ちか!」

 舌打ちするリューヤ。

「なら、弱点を探してそこを攻めるしかないわね!」

 術が通じなかったショックから立ち直ったシルヴィが叫ぶ。そして、巨大グモを観察する。

「そこっ!」

 気合の声とともに巨大グモの腹部の赤い目に向けてクロスボウの矢を放つ。

 カキン!

 しかし、あっさりと弾かれてしまう。

「え、えぇ!?」

 せっかく見つけた弱点と思われる場所にも全く通用しない、シルヴィは動揺する。

(戦い慣れてないの丸わかりだな、あんなむき出しの部分が弱点のわけがないだろう)

 リューヤは内心思う。

 しかし、それは当然のこととも言える、シルヴィはまだハンターになって一ヶ月半ほどしか経っていない、おまけにこれほどの強力なモンスターと戦うのは初めてなのだから。

 シルヴィは焦りながらも必死に次の策を考える。

 しかし、そんなシルヴィに巨大グモは容赦なく襲いかかる。

 リューヤ、クロード、ピリアが慌ててフォローに入ろうとするが、その時巨大グモの腹がパッカリと開いた。

 戸惑うシルヴィも含めた4人、次の瞬間。

「うわわっ、気持ち悪い!」

 ピリアが叫ぶ。

 開いた腹の中から飛び出したのは無数の子グモだった、大挙して押し寄せてくるそれは生理的嫌悪感を引き起こすものだった。

「ま、マジかよ!?」

 クロードが慌てて剣を振り回すがいかんせ数が多すぎる、身体に纏わりつかれ動きを封じられてしまう。

「くそっ!」

 リューヤも拳で迫りくる子グモを潰していくが、潰しても潰しても数が減るどころか増えていく。

 あたり一面はすでに子グモだらけになっていた。

「あ、あ……」

 子グモはなぜかシルヴィには襲いかかってこなかった、その代わりに本体の巨大グモがシルヴィにその複眼を向けていた。

「や、やめてぇ!」

 シルヴィは恐怖に震えながら叫ぶ。

 巨大グモが口を開き、そこから大量の糸が吐き出される。

 シルヴィは為すすべもなく糸に絡め取られる。

「う、あ、あ……い、痛い……」

 糸には強い粘着性と腐蝕性が備わっているようで、全身に絡みついたまま身じろぎすることもできない上に糸が触れた箇所が焼けるように熱い。

「シ、シルヴィーー!! 邪魔だ、プラズマキャノン!」

 ピリアが必死にシルヴィに近寄ろうとするが、無数の子グモに阻まれて動きが取れない。

 一体一体は大したことないのだが、数が多すぎるせいでプラズマキャノンで吹き飛ばしてもすぐにまた別の個体が襲ってくる。

 巨大グモは動けないシルヴィにゆっくりと近寄っていく。

 しかし、シルヴィにはクモを気にしている余裕はなかった、全身を焼きつくさんばかりの熱さと痛みがシルヴィを苛んでいたからだ。

「くぅ……ああぁ……い、痛いよぉ……」

 シルヴィは涙を浮かべながら苦痛の声を上げる。

 巨大グモはシルヴィの目の前まで来ると、ゆっくりと脚を振り上げる。

「や、やめろおおおおおお!!」

 クロードの絶叫が響く。

 だが、その叫びも虚しく振り下ろされた巨大グモの脚はグサリと肉を抉り取る嫌な音を立ててシルヴィの身体を貫いたのだった……。

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