第11話 楽しい旅路
ヘムシティを後にしたリューヤたちは、現在森の中を歩いていた。
周囲にはモンスターや危険な動物の気配はない、平和な森だ。
シルヴィは携帯デバイスに表示されている地図を見ながら誰にとも無くつぶやいた。
「ここからアルミシティまでは直線距離にして約500キロか~、途中険しい道を通ることを想定しても、一週間もあれば着けるかな」
シルヴィの言葉にリューヤが答える。
「そうだな、まあアルミシティは逃げないんだ、ゆっくり行けばいいさ」
飛行機で行けばものの数時間で行けるところを歩きで行くのはシルヴィが心の整理をするためだ、急ぐ必要はない。
シルヴィは空を見上げると、
「そうね、焦らずに行きましょう」と呟き、前を向いて歩き出した。
「ねぇリューヤ、そういえばあなたってどこの出身なの?」
森の中を歩いているとシルヴィがリューヤに話しかけた。
これから行くのが自分の故郷ということで、ならばリューヤの出身地も知りたいと思ったのだろう。
「俺の出身か……」
リューヤは口ごもる。
「どうしたの? 話したくないことなら別にいいけど……」
シルヴィが首を傾げると、リューヤは口を開く。
「いや、そういうわけじゃない、ただ、言っても信じてもらえないと思ってな」
リューヤの言葉にシルヴィは首を傾げる。
「どういう事? まさか、あなた、『実は俺はこの世界の人間じゃない』とか言い出すんじゃないでしょうね?」
シルヴィの言葉にリューヤはきょとんとした顔を見せるもすぐにニヤリと笑いながら言った。
「そうだ。と、言ったらどうする?」
リューヤの言葉にシルヴィは少し考えてから答えた。
「うーん、もしそう言われたら、少し驚きはするけど、まぁなんていうか、納得はするって感じ? だってリューヤってちょっと強すぎるし、どこか普通とは違う感じがするから……。けど、そういう言い方をするってことは、違うって解釈でいいのよね?」
シルヴィの問いにリューヤは頷く。
「ああ、異世界の人間ではないな」
どこか含みをもたせたような言い回しに、シルヴィは眉を顰める。
「どういうことよ、それ?」
シルヴィの言葉にリューヤは苦笑いをしつつ答える。
「異世界ではないが、少し変わった場所だということだ。隠す意味もないから言ってしまうが、俺の故郷は、ジェイポス島だ……」
「えっ!?」
どこか寂し気な口調で言うリューヤだったが、シルヴィはその事よりもリューヤの口から出た地名に驚愕していた。
ジェイポス島は確かに正真正銘この世界――この星にある島であり、今彼女らがいるこのエレト大陸から遥か東にある島の名前なのだが……。
「ジェ、ジェイポス島って、あの幻の島!?」
横で聞き耳を立てていたクロードが驚いたように声を上げる。
そんなクロードの様子を見て苦笑するリューヤ、その懐からピリアが顔を出し言う。
「やっぱり、驚くよねぇ。ボクだって初めて聞いた時は驚いたもん……」
リューヤの相棒であるピリアは以前に彼からその話を聞いたことがあったのだが、その時の自分と似たような反応を見せるクロードに思わず笑ってしまうのだった。
「嘘でしょ、ジェイポス島は複雑な海流と周囲を常に吹き荒れる嵐のせいで上陸どころか近づくことも出来ないと言われているのよ、もちろん島の中から外に出てきた人なんて聞いたこともないわ」
シルヴィが興奮気味に捲し立てるように言うと、リューヤは苦笑しながら言う。
「だから信じてもらえないといっただろ、だが事実なんだ、俺はあの島で生まれ育った、そして10年前まではあの島に暮らしていた」
「そうなんだ……けど、こんなことで嘘言っても仕方ないし、本当なのね」
シルヴィが納得したように言うと、ピリアが「そうそう、リューヤが嘘を付くわけないもんね」と相槌を打つ。
「でも、一体どうやって出てこれたんだ? いくらリューヤさんが強いからって、強さでどうにかなるもんじゃないだろう?」
クロードの問いにリューヤは逆に顎に手をやり考え込む。
「それがわからないんだ、気が付いたらあの島の外にいたからな、何故出られたのかは今でも謎だ……」
「ボクはね、空間転移術の力なんじゃないかって思うんだけど」
ピリアが指を立て推測を述べるが、それは可能性としてはかなり低い事だった。
空間転移術と言うのはその名のごとく空間を転移し遠くの場所に移動するための術だが、これには色々と制約がありその場所同士が物理的に移動可能な場所である必要がある、誰も上陸できない出られない島と外をまたがった転移など不可能だし、出来たとしても転移はそこまでの距離を移動することは不可能なので、島の内部から外に出たとしたら海の上に出るだけだろう。
そして、術が苦手で現在も転移の術など当然使えないリューヤが自分を転移させられる訳がないので、リューヤが島を出られたのが転移の術によるものならば誰かがリューヤを転移させたことになるのだが、そもそも転移の術というのは自分自身を移動させるためのものであって、他人を移動させるにはさらに高度な技術が必要となる。
「それはないと思うけどなぁ、だってそんなのどんなとんでも術士よ、世界最高の術士ヴェルナーだって無理でしょ」
シルヴィが有名人の名前を上げて否定する。
シルヴィが名前を出したヴェルナーと言うのは世界術士協会が発表している世界ランキングでここ5年ほど不動の1位の座を守り続けている男で、さらに若く端正な顔立ちをしているのでマスコミにも引っ張りだこの超有名人である。
シルヴィはその彼が出している本を何冊か読んだことがあるのだが、それにも転移の術というのは極めて難易度が高いと書かれていた。
「えぇ……いい線行ってると思ったんだけどなぁ」
自分の考えをあっさりと否定されたピリアが不満そうに言う。
「世界最高の術士より上の存在でもいれば別だけど、そんな人存在しないでしょ?」
ピリアの言葉に呆れながら言うシルヴィ、クロードもその言葉に頷いていた。そして、さらにピリアの額を指でピンと弾きながらこんなことを言った。
「なんだよ、偉そうにしてても知能はお子ちゃまなんだな!」
ようやくこの小さな生き物に対して優位に立てたと感じたクロードは意地悪そうな笑みを浮かべて言う。するとピリアがムッとした表情で言い返す。
「むぅ! お子ちゃまってなにさっ!!」
「お子ちゃまはお子ちゃまだろ? 見た目通りのおチビちゃん♪」
クロードがからかうように言うと、ピリアは悔しそうな表情を浮かべるが何かを思いついたように「うわああん」と泣くふりをしながらリューヤの胸へと飛び込み言った。
「リューヤぁ、クロードがいじめるよぉ、ボク怖いよぅ」
それを見たリューヤはやれやれと肩をすくめる。
「よかったじゃないか、お子ちゃまで。大人だったらこの技は使えないからな」
リューヤはそう言って笑うとピリアの頭を優しく撫でるのだった。
「なんだよ、オレはピリアがリューヤさんに甘えるののダシにされたのかよ……」
クロードが不満そうに言うと、シルヴィがニヤリと笑う。
「ピリアの方が一枚上手だったわね。大体こんなちっちゃい子からかって遊んでるあんたこそお子ちゃまじゃないの?」
シルヴィがそう言うと、クロードはぐうの音も出ずに黙り込むしかなかった。
「さて、話が脱線してしまったが、ともかく俺の故郷はそんな幻の島ってわけだ」
リューヤの言葉にシルヴィは腕を組んで考える。
「リューヤの言葉の意味がわかったわ。確かにある意味異世界と同じくらい凄い出身地かも……」
そう言って苦笑いを浮かべるとリューヤも苦笑で返すのだった。
「ところで、クロードはどこの出身なの?」
記憶喪失のピリアを除き、この中で唯一まだ出自が不明なクロードにシルヴィが尋ねる。
話を振られクロードはリューヤのジェイポス島のインパクトの後なので少し自信なさげに答える。
「……オレの故郷はこの国の西のほうにあるリリムって言う村だよ、コンビニすらほとんどないようなドが付くほど田舎さ」
「へぇ、なんか想像つくわね」
微笑みつつ答えるシルヴィの頭の中では、虫取り網片手に野山を走り回っている少年クロードの像が浮かぶ。
「どーゆー意味だよ、おい」
クロードがジト目で言うがシルヴィはどこ吹く風だ。
「全く、自分が都会出身だからって調子に乗りやがって……」
クロードが不満そうに言うと、ピリアがクスクスと笑う。
「お前は笑うな!」
「あはっ、ごめんごめん、けど、シルヴィもボクもクロードを馬鹿にしてるわけじゃないんだよ? ただ、君らしいな~って思っちゃって、あははっ」
「そうよ、それにあんた勇者の末裔なんでしょ? 都会生まれよりも小さな田舎村の方がそれっぽいじゃない」
ピリアとシルヴィに立て続けに言われクロードは「うーん、やっぱり馬鹿にされてる気がするなぁ……」などとブツブツボヤいていたが突然リューヤが笑い出したのを見てシルヴィ、ピリア共々目を丸くするのだった。
「いや、悪い。いい雰囲気だと思ってな。シルヴィがレストナックインダストリーの会長令嬢だと判明して、もしかしたらぎこちない感じになってしまうかも……なんて思ったんだが、どうやらその心配はいらなかったみたいだな」
リューヤの言葉にクロードは当然だと言わんばかりに肩をすくめる。
「そんなことあるかよ、まあ確かにシルヴィが金持ちのお嬢さんなのは驚いたけど、それで態度を変えるなんてことはねぇさ」
「そう、よかった」
あっさりとした言葉であったが、シルヴィの口調には心の底から安心したような響きがあった。
少々おバカで単純なところがあるクロードであるが、それゆえに人懐っこく誰からも好かれるような人物であることは間違いなかった。
だから、クロードがシルヴィに対して態度を急変させるようなことはしないだろうと思っていたのだが、それでもやはり不安だったのだ。
そして、そんなシルヴィの不安をクロードはあっさりと払拭してみせたのだ。
クロードの言葉に嘘がないことはすぐにわかったし、それが嬉しかったので思わず笑みがこぼれてしまうのだった。
「クロードは何も考えてないだけじゃないの?」
ピリアの軽口にクロードは唇を尖らせ、「失礼な奴だな」と返す、シルヴィは確かにそれも多分にあるのだろうなと再び小さく笑うが、その様子にリューヤも小さな笑いを漏らした。
「ピリアも嬉しそうだな。まあ、お前に取っちゃほとんど初めてできた俺以外のしかも精神年齢の近い友達だもんな」
ピリアの実年齢は不明だが、精神年齢は10歳かそこらと言ったところである。クロードもシルヴィも17歳であるが、実年齢25、精神年齢はそれ以上に高いと思われるリューヤと比べればピリアに近い。
彼はピリアの兄や父のような存在としては申し分ないが、同じ目線でわいわい騒げる友達とは言い難かった。
リューヤの言葉にピリアは一瞬キョトンとするがすぐに満面の笑みを浮かべた。
「あはっ、そうだね。今までずっとリューヤと二人っきりだったし、人前じゃ喋れなかったから、クロードやシルヴィみたいなお友達が出来てボクとっても嬉しいよ♪」
ピリアの言葉にクロードはニヤリと笑うと、シルヴィに向かって言った。
「聞いたか? こいつはオレたちを仲間として認めてくれてるみたいだぜ?」
クロードの言葉にシルヴィはクスリと笑うとピリアの頭を優しく撫でる。
「そうね、ありがとうピリア。改めてよろしくね」
そう言ってシルヴィは手を差し出す。
「うん、こちらこそよろしく!」
ピリアも笑顔で差し出された手を握るのだった。
「あっ、だけど!!」とピリアはリューヤの肩の上に移動すると彼の首に抱きつきながら言った。
「ボクにとって相棒はリューヤだけだからね! そこは忘れないでね!」
そう言ってピリアはウインクをするのだった。
クロードやシルヴィとは仲良くやっていきたい、しかし、やはりリューヤのことは特別な位置に置いておきたい、そんな想いから出た言葉だった。
その様子にクロードはやれやれと肩をすくめ、「ピリアは本当にリューヤさんが好きなんだな~」と言うのだった。
しかしピリアは特に気にする様子もなくリューヤの肩に座ったまま頷くのだった。
「うん、そうだよ♪ ボクはリューヤが大好きなんだ♪」
そんなピリアの様子にクロードもシルヴィも微笑ましそうに目を細めていたが、当のリューヤは人差し指でポリポリと頬を掻きながら、「まったく、お前って奴は恥ずかしげもなく……」と呟くのだった。
そして、心の中で(大好きか……さらっと言えちまうあたりまだまだ子供なんだよな……)と呟くのだった。
そしてさらにこう思った。
(そのうちこいつも本当の意味で誰かを好きになるんだろうか……)
そうなった時ピリアは自分の元を離れていくのだろうか? それともそれはそれとして『相棒関係』は永遠に続くのか? それはまだわからないことだった……。
だが、たとえお互いがどんな状況になろうが、いつまでも一緒にいられればいいなどと漠然と考えるリューヤであった……。
それからしばらく他愛のない雑談を交わしつつ森を歩いていた一行だったが、気づけば空が茜色に染まり始めていた。
「今日はこのあたりでキャンプだな、ちょうどいいところに川があるし、ここで野営にしよう」
リューヤが前方を流れる川の上流を指さしてそう言うと皆異論はないようで頷いたのだった。
そして、皆で協力してテントを張り終えると、リューヤはリュックの中から携帯食料を取り出した。
「ちょっと待って!」
封を切ろうとするリューヤをシルヴィが制する。
「どうした?」
訝し気な視線を向けるリューヤに、シルヴィはにっこりと笑いながら言った。
「ねぇ、せっかくキャンプなんだし、そんな味気ない携帯食料じゃなくて、何か料理でもしようよ!」
その言葉にクロードも同調するように頷く。
「そうだな、やっぱりキャンプと言えば定番のカレーか?」
「いや、別にそこまで……」
「いいねいいね、やろうよ!」
言いかけたリューヤの言葉を遮るようにピリアが目をキラキラさせながら言う。
「でしょ? というわけで早速準備に取り掛かろうよ!」
そう言ってシルヴィは張り切って自分のテントの中に入っていき、クロード、ピリアもそれに続いた。
残されたリューヤは頭を掻きながらため息をつくと、「ま、アウトドア気分も悪くないか……」と呟き、携帯食料をしまうと自分のテントに入っていったのだった……。
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