第8話 娘の心、父の心

「……」

 クロードとシルヴィはもはや声も出ないといった感じで、目の前で起こった出来事に呆然としていた。

 ピリアは2人に向き直ると、得意気に胸を張る。

「どう、ボク強いでしょう?」

「あ、ああ、そうだな、確かにお前が強いってことはわかったよ」

「そ、そうね、うん、あなたがスゴイのは認めるわよ、認めざるをえないっていうか……」

 クロードとシルヴィの言葉に満足気にうなずくピリア。

 その時、人型との戦いを終えたリューヤがこちらに歩いて戻ってきた。

「ご苦労さま、よくやったなピリア」

 リューヤは労いの気持ちを込めて言う。

「えへへ」

 ピリアが嬉しげに笑う。

「いや、ホントに助かったぜ、ありがとな」

 クロードがリューヤとピリアに頭を下げる。

「あ、ありがとう、ほんとすごかったわ!」

 シルヴィが目をキラキラさせてリューヤを見つめる。

 その様子にクロードはブスッとした顔になる。

(これでニ度もリューヤに命を助けられちゃった、やっぱりこの人はすごいわ)

 シルヴィはリューヤを見つめる。

 シルヴィはリューヤに助けられたことをとても感謝していた、しかし、同時にシルヴィはリューヤに対して憧れにも似た感情を抱いていた。

 シルヴィはリューヤの強さに惹かれているのだ。

 それは、強さだけでなく、その生き方や考え方、全てにおいて。

 シルヴィはリューヤのことを尊敬しているのだ。

「と、ところでリューヤさん、あんたなんでこんなところに?」

 このままではシルヴィとリューヤが仲良くなってしまう、それを危惧したクロードが慌てて話題を変える。

 クロードの言葉にリューヤは考える。

(果たしてあの事をクロードに言ってしまっていいのだろうか……)

 クロードはシルヴィの素性を知らない、シルヴィの父親の依頼のことを言えば、必然的にシルヴィの素性を明かすことになるだろう。

(素性を明かすかどうかはシルヴィ本人が決めることだ、ならばとりあえず誤魔化すか、しかしどう言えば……)と、考えるリューヤの気は知らず、シルヴィがクロードに向けて言う。

「それはほら、きっとあたしたちがCランクの依頼を受けるとかいう無謀っぽいことをしてたからでしょ」

 シルヴィはリューヤが自分たちを心配して助けに来てくれたのだと解釈したようだ。

「え? そうなのかいリューヤさん?」

 クロードがリューヤに尋ねる。

「まあ、それもあるな」

 リューヤがここに来た一番の理由はシルヴィのことがあるからだが、だからと言ってクロードのことも心配していなかったわけではない。

 シルヴィもクロードもまだ未熟だ、いきなりCランクの討伐任務など無謀でしかなかった。

 そもそもこの依頼はCランクの依頼にとどまらない危険な物だった、未知のモンスターなどという不確定極まりない存在の討伐をホイホイと受けるべきではなかったのだ。

「これに懲りたら、今度こそ身の丈にあった依頼を受けることだね」

 ピリアが偉そうにクロードに説教をする。

 クロードはバツが悪そうな顔をする。

「うっせーな、わかってるよ!」

 クロードが怒鳴る。リューヤに言われるならともかく、この小さな生き物に言われるのはなんとなく腹立たしい。

 そんな気持ちが口調に表れていた。

「もう、ホントにわかってのかなぁ?」

 クロードの態度に呆れ顔のピリアに、シルヴィが言った。

「それにしても、あなたは一体何者なの?」

「ボクはリューヤの相棒だよ」

 シルヴィの問いにピリアが答える。

「えっと、そういうことじゃなくて、その、なんていうか、あなたの種族というか……」

 シルヴィが言い淀む。

 シルヴィはピリアの正体が気になっていた、彼女はピリアが普通の生物ではないということには薄々感づいていたが、どんな種族なのか想像もつかなかった。

 シルヴィの質問に答えたのはリューヤだった。

「こいつに関しては実は俺も、そしてこいつ自身にもよくわからないんだ」

 リューヤはピリアの頭を撫でながら言う。

 ピリアは気持ち良さげに目を細める。

「どういう意味だい?」

 クロードが首を傾げる。

「こいつは俺と出会うより前の過去の記憶を失っている、自分が何者でなぜあんな力を持っているのかも覚えていないらしい」

 リューヤの言葉にシルヴィが少し気まずそうな顔をする。

「記憶を……ごめんなさい、変なことを聞いちゃった」

 シルヴィが申し訳なさげに謝る。

 しかし、ピリアはあっけらかんと答える。

「いーよ、全然気にしなくても、ボクも気にしてないから」

「お前は少しは気にしろよな、自分の素性の事だろ……」

 ピリアの言葉にリューヤが突っ込む。

「別に過去の記憶なんかなくたっていいもん、今リューヤと一緒にいられて幸せだし」

 ピリアはリューヤの顔に頬をすり寄せて言う。

 その様子にリューヤは頬を掻く。

「まあ、そのピリアのことはいいけど、バイオモンスターってのはなんなんだ?」

 クロードが尋ねると、ピリアが答える。

「バイオモンスターって言うのはね、人工的に作り出されたモンスターだよ、普通のモンスターの遺伝子を組み合わせたり、機械的に合成したりして作られたんだ」

「そんなモンスターがいるなんて聞いたことないぞ」

 クロードが首を傾げながら言うと、

「そりゃそうだよ、だって、マッドサイエンティストが秘密裏に作っていたんだもん」と、ピリアが言う。

 その言葉にクロードはうなずく。

「なるほどな、それなら知らないはずだ」

 クロードが納得すると、シルヴィが口を開く。

「でも、どうしてそんなモンスターがこんなところに? しかも、あなたはなんでそんなことまで知ってるわけ?」

 リューヤがいくらA級ハンターで強いといっても、そこまで詳しい情報を知っているとは思えない。

 シルヴィが疑問を口にする。

 シルヴィの質問に対してピリアは答える。

「バイオモンスターがここにいた理由はボクもわからないさ。ボクがあいつらに詳しい理由は……まあ、色々あって、ね」

 ピリアは幾分暗い表情で答える。

 そんなピリアの様子にシルヴィとクロードは首を傾げる。

 ピリアにはリューヤと出会う前の記憶がない、これは正確に言えば少し違う。

 リューヤと出会う前ピリアはにいた、その施設に来る前の記憶がないのだ、

 だから施設にいた時の記憶はちゃんとある、そこでしていたことの記憶も……。

 微妙に暗くなってしまった空気を変えるためか、クロードが話題を変える。

「ところでリューヤさん、あんたさっきここに来た理由についてそれあるって言ってたけど、他にも理由があるのかい?」

 クロードの問いにリューヤは答える。

「それなんだが、シルヴィ、少しいいか?」

 リューヤはシルヴィに声をかける。

 シルヴィはリューヤに話しかけられ嬉しそうな顔をする。

「な、なにかしら?」

「ちょっとこっちに来てくれ、お前にだけ伝えなければらないことがあるんだ」

(えええ、これってまさか、そういうアレ的な……!?)

 いきなり愛の告白でもされてしまうのだろうかと、戸惑いつつもシルヴィはどこか期待するような視線をリューヤへと向けた。

 そんなシルヴィの様子にクロードは多少苛つきながら言う。

「なんだよ、オレには話せないことなのか、まさかあんた、シルヴィに変なことを……」

 クロードの言葉にリューヤはため息をつく。

「そうじゃない、これはシルヴィのプライベートに関わる話なんだ、それに声が聞こえない程度の離れた場所で話すだけだ、心配なら見てればいい」

(プライベートに関わる話?)

 シルヴィはリューヤの言葉に疑問を抱く、そして、期待してるような話ではないらしいことに多少落胆した。

 とは言え何か重要そうな話ではありそうなので、シルヴィは大人しくリューヤについて行くことにした。

 リューヤとシルヴィが少し離れたところに移動する。

 クロードは大人しく2人を見送る、リューヤがもしシルヴィに何かをしたらすぐにでも飛び出せるように身構えている。

「それで、あたしだけに話って、なあに?」

 シルヴィの言葉を聞いたリューヤが答える。

「実は、俺がここに来たのはある依頼を受けたからだ、お前に関わる依頼をな」

 リューヤはそう言うと、シルヴィに視線を送る。

 シルヴィは首を傾げる。

「ある、依頼?」

 シルヴィの言葉にリューヤはうなずく。

「依頼主の名前はフレデリック・レストナック、これだけ言えばわかるか? シルヴィ・フレイオン、いや、シルヴィ・

 リューヤの言葉にシルヴィは目を見開く。

 シルヴィはリューヤの言葉を聞くと、激高しリューヤに詰め寄る。

「パパの、いえ、あの男の依頼!? どういうことよ!? なんで、なんであなたがあいつからの依頼を受けてるの?」

 シルヴィは声を荒げながらリューヤに問いかける、リューヤはシルヴィの勢いに驚きながらも答える。

「なんでと言われても、上級ハンターご指名でフレデリックからギルドに秘密裏に依頼が持ち込まれたんだ、かわいいかわいい一人娘を探して保護してくれってな」

 リューヤはそう言うと、シルヴィの目を真っ直ぐに見据える。

 シルヴィはリューヤ言葉に戸惑いを覚える。

「あの男があたしの保護をギルドに依頼!? それにかわいい一人娘ですって!? ふざけないでよ! あの男はあたしのことなんてこれっぽちも愛してなんかいないわ!」

 シルヴィはそう叫ぶと、リューヤに背を向け走り去ろうとする。

 しかし、リューヤはシルヴィの腕を掴むと引き止める。

「離してよ! 言っとくけど、あたしはあの男の元になんて戻らないわよ、一人娘が家出してハンターやってるなんて体面が悪いから連れ戻せって言われてんでしょ?」

 シルヴィはそう言うと、腕を振り払おうとする。しかし、リューヤは手を緩めない。

「俺はお前と父親の間に何があったかは知らない、だから知ったふうなことは言わない、だがこれだけは言っておく、フレデリックの依頼はお前を連れ戻せというものではない、保護し危険なことから身を守ってやってくれというものだ」

 リューヤの言葉にシルヴィは目を見開く。

「嘘よ、そんなの信じられない、だって、あの男は……パパは、あたしのことなんか……いえ、あたしだけじゃない、あの男が愛しているのはお金だけよ、ママが死んだときだって、あの男は……」

 シルヴィはそう言うと、うつむく。

「ねぇ、シルヴィ、フレデリックさんは本当はシルヴィのこと大切に思ってると思うよ」

 後を付いてきていたピリアがシルヴィに話しかける。ピリアはシルヴィの肩の上に乗ると、シルヴィの顔を覗き込むようにして話しかける。

「今回の依頼の報酬金額知ってる? 1000万Mだよ、人探しにこれだけの報酬出すなんて普通ありえないよね、それに上級指名の依頼だよ、きっとシルヴィのことがすごく心配だったんだよ、一刻も早く見つけて安全を確認したかったんだ」

 ピリアはシルヴィに優しく語りかける。しかしその言葉にシルヴィは首を振る。

 シルヴィはピリアの言葉に納得できない。

「違う、絶対に違う、あの男のことだもの、どうせまた何か企んでるに違いないわ」

 シルヴィの言葉にピリアは首を振る。

 ピリアはシルヴィの腕のあたりまで移動すると、その小さな手でシルヴィの手を握る。そしてシルヴィの目を見ながら話す。

「シルヴィ、フレデリックさんのこと、信じてあげようよ。お父さんでしょ、シルヴィのお父さんだもん、絶対シルヴィのことを大事に思っていないわけないよ」

 シルヴィはピリアの言葉に首を振る。

「無理よ、あの男にとって、あたしはただの道具に過ぎないんだから」

 シルヴィは頑なだった、ピリアは悲しそうな顔をし、リューヤはため息をついた。

 結局事情を知らない他人であるリューヤやピリアが何を言っても意味がないのかもしれない、それほどシルヴィとフレデリックの間の溝は深いということだろう。

「わかった、もう俺は何も言わない、ただこれだけは憶えておいてくれ、依頼書の備考欄にあった一言だ『もし、娘が保護を拒否し、自分の自由に生きたいというのならば、無理に連れ帰らず、そのままにしておいて欲しい、無事が確認出来れば報酬は支払う』そう書いてあったということだけはな」

 そして、リューヤは言葉を付け加える。

「正直ただ家出娘を連れ戻せというだけの依頼なら俺は受けるつもりなどなかった、お前の意思を無視したくはなかったからな、だが、この備考欄を見て俺は依頼を受けると决めた、フレデリックのお前への想いが伝わってきたからだ、おそらくフレデリックはお前が自分を嫌っている、いや憎んでいることを知ってるんだろう、だが、それでも、娘を愛しているんだ、お前の身を案じ、お前の幸せを願ってな」

 リューヤの言葉にシルヴィは目を見開く。

 シルヴィはリューヤの言葉に胸が熱くなるのを感じた。シルヴィはリューヤの言葉に何も言い返せなかった。

(あたしは……パパに、愛されていたというの……? ……けど、あたしは……)

「あたし、わからない……何も……パパの気持ちも、自分の気持も……考える時間が、欲しい……」

 シルヴィはそう言うと、リューヤに背を向ける。

 リューヤはシルヴィの言葉にうなずく。

「ああ、そうだな、じっくり考えることだ、フレデリックはお前の自由にさせるつもりのようだし、好きにすればいいさ」

 リューヤの言葉にシルヴィは振り返ると、リューヤに頭を下げる。

「ありがとう、リューヤ、ピリアも」

 そして、ピリアの頭を撫でる。ピリアは嬉しそうに目を細める。

「それでどうする? 今後のことはともかくとして、クロードにはこのことを話すのか?」

 シルヴィはハッと顔をあげる。

 遠くからこちらを見つめるクロードは心配そうな顔をしている、この距離からはさっきのシルヴィの怒鳴り声でも聞こえてはいないだろう、しかしシルヴィが何かに悩んでいることくらい察したはずだ。

「それも、少し考えさせて、まだ整理がついてないの」

 シルヴィはそう言うと、リューヤとピリアはうなずく。

「そうか、まあ、とりあえずクロードのところに戻るか、あいつも心配してるからな」

 シルヴィはリューヤの言葉にうなずき、2人と一匹はクロードの元に向かう。

「それで、何の話だったんだ? なんかシルヴィが怒鳴ってたみたいなんだけど」

 開口一番クロードはそう言うと、シルヴィに視線を送る。

「あーえーと、それはー」

 シルヴィが言葉に詰まりリューヤに助けを求めるような視線を向ける。

「それはだな……えーと、俺がシルヴィは弱いと言ったらシルヴィが怒り出してな」

 リューヤはそう言うと、シルヴィに目配せをする。

 シルヴィは慌ててリューヤの言葉に付け足す。

「そ、そうよ! あたしがリューヤの言葉にカチンときて思わず怒鳴っちゃってね!」

「なんだそうか、それにしてもリューヤさん、あんた失礼なやつだな」

 クロードはこの説明に納得したようだ、シルヴィの素性の件に関しては上手くごまかせたが、代わりにリューヤに失礼な男のレッテルが貼られてしまった。

 リューヤは苦笑いを浮かべる。

「ああ、悪かったな」と、シルヴィに視線を向けると、目で「ごめんなさい」と謝ってくる。

 リューヤは気にしてないとばかりに首を振ると、クロードに向き直る。

「とりあえず、いつまでもここにいても仕方ない、一旦街に戻らないか」

 リューヤの提案に2人は同意すると、3人で街のほうへと歩き出した。

 *

 街に戻ったシルヴィとクロードは一旦ギルドに赴き、依頼完遂の報告をした、報告もネットでも出来るのだが、せっかくギルドが近くにあるのだから報告もギルドでしようと思ったのだ。

 E級であるシルヴィとクロードがCランクの依頼を達成したことに、受付嬢は目を丸くして驚いていた。

 しかし、それ以上に受付嬢を驚愕させたのはリューヤの存在だった、捜索対象であったシルヴィ・レストナックらしき少女を発見したと報告したのは彼女だったのだが、その報告からほんのわずかの間にリューヤというA級ハンターがシルヴィと共に戻ってきたのだ、驚くなと言うほうが無理があるだろう。

 なお、最初に彼女がシルヴィを引き留めなかったのは、フレイオンという違う名字を名乗っていることもあり、彼女が本当に探索対象であると確証が持てなかったのと、自分が捜索対象になっていることを当人が知れば最悪逃げ出してしまう可能性もあったからだ。

 もう一つ、受付としてこれから依頼をこなそうとしているハンターの邪魔はしたくないという考えもあったのだが……。

 ともかく、受付嬢は色々な意味でホッと胸をなでおろしつつ、ギルドを後にするシルヴィたちを見送るのだった。

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