第7話 レベルの違う戦い

「リューヤ!」

 シルヴィが嬉しそうに叫ぶ。

「あんたは、確か、あの時の」

 クロードは驚いたように呟く。

「また会ったな、それにしても前回に引き続き無謀だなお前たちは、2つも上のランクの依頼を受けるとは……」

 呆れたように言うリューヤ、その視線はクロードたちではなく、モンスターの方を向いている。

「うぅ……」

 シルヴィが恥ずかしそうに俯く、クロードは憮然とした表情を浮かべているものの、事実なので反論できないようだ。

 その時、「リューヤ、こいつ、バイオモンスターだよ……!」と可愛らしい声が聞こえてきた。

 シルヴィとクロードが突然聞こえた声に戸惑う、その声はリューヤの懐の中にいるピリアが発したものだ。

 リューヤはシルヴィとクロードがいるのに声を出したピリアに一瞬だけ戸惑うが、それよりもピリアが発した言葉の内容に驚く。

 バイオモンスター、それはリューヤとピリアにとって因縁浅からぬ相手であるとある科学者が生み出した生物兵器だった。

 しかし、その科学者はリューヤによって倒されバイオモンスターも、その研究資料も全てが消滅させられたはずだった。

「バイオモンスターだと、間違いないのか……?」

 問うリューヤにピリアは少し悲しげに言う、

「ボクが……バイオモンスターの臭いを間違えるわけがないよ……」

「そうか……」

 そう言って、リューヤはモンスターの方を見る。

 その目には、先程までとは違う、鋭い光が宿っていた。

 シルヴィとクロードは全く状況についていけていなかった、リューヤの懐に入るピリアの姿が見えない2人からしてみれば、どこからか聞こえる謎の声とリューヤが話しているように見えるからだ。

 しかし、ただ一つ2人にもわかることがある、目の前の謎のモンスターはかなり危険な相手らしいということだ、何故なら自分たちより遥かに上のA級ハンターであるリューヤが緊張した面持ちをしているからだ。

 謎のモンスター――バイオモンスターの方はと言うと、突然の乱入者であるリューヤとその全身から発せられる威圧感に警戒しているのか動かない。

 しかし、次の瞬間には、その巨体に似合わぬスピードで飛びかかってきた! ガキィン!! 凄まじい衝撃音とともにバイオモンスターの爪とリューヤの拳がぶつかり合う。

 うめき声と共に後退したのは、圧倒的巨体を誇るはずのバイオモンスターの方であった。

「す、素手で!?」

 シルヴィが驚きの声を上げる、無理も無いだろう。

 魔力強化によって肉体を強化することによって、身体能力を飛躍的に向上させるという術はあるが、リューヤはそれを使っていない、術士であるシルヴィにはそれがわかるのだ。

 それに、肉体強化術にも限界はある、元々の筋力がなければ意味が無いし、魔力による身体の強化は長時間維持することができない。

 つまり、リューヤは純粋な力と体術のみで、この怪物と渡り合っているということになる。

「こ、これがA級ハンターなのかよ、オレなんか剣を使ってもなお、あいつに傷一つつけられないってのに……」

 クロードが驚愕の声をあげる。

 リューヤとクロードたちの実力差はそれほどまでに開いている。

 もっともそれは当然とも言えるだろう、単純なキャリアだけで言っても、クロードは半年程度の経験しかないのに対し、リューヤは10年以上の経験を持っている。

 しかも、その強さは日々の鍛錬と実戦によって培われているのである。

 クロードがいくら地元で負けなしの天才と言っても、たかだか数ヶ月の修行で追いつけるようなものではない。

 クロードもシルヴィも自分たちが井の中の蛙だったことを痛いほど思い知らされていた。

 クロードは悔しさのあまり唇を強く噛み締める。

 シルヴィはリューヤの強さにも驚愕していたが、それよりもそのリューヤと戦っているバイオモンスターにむしろ戦慄していた、最初に出てきた小型タイプは確かにCランク相当でシルヴィとクロードがなんとか頑張れば倒せるレベルの相手ではあった、だが、今目の前に居るのはどう見てもAランククラスなのだ。

(何がCランクの依頼よ、詐欺同然じゃないの!)

 理不尽な怒りをこの依頼のランクを決めた担当にぶつけるシルヴィ、しかし、未知のモンスターという不確定要素があった以上仕方ないともいえる。

「はあああっ!」

 リューヤの蹴りがバイオモンスターをふっ飛ばし壁に叩きつける。

 シルヴィとクロードは小さくガッツポーズをする。

 しかし、リューヤは油断せずに構えを取るとバイオモンスターにゆっくりと近づいていく。

「まだだ……、こいつは、こんなものじゃ終わらない」

 リューヤの言葉通りに、バイオモンスターはゆっくり立ち上がる、しかし、リューヤの攻撃で全身傷だらけである。

 その時、シルヴィとクロードの目に信じられない光景が飛び込んできた、バイオモンスターの傷がジュクジュクと泡立ち始めたかと思うと、みるみると塞がっていくではないか!

「なっ!」

 クロードが思わず声を出す。

 しかし、バイオモンスターをよく知るリューヤには驚きはない。リューヤは傷が再生しつつあるバイオモンスターに再び突撃すると、拳を叩き込む。

 ドゴォッ! バイオモンスターの腹にリューヤの拳がめり込み、バイオモンスターは口から血反吐を吹き出す。

「グオオオオッ!」

 バイオモンスターが苦悶の声を上げる。

(よかった、あいつが再生し始めた時はどうしようかと思ったけど、リューヤは再生能力なんてものともしないんだ)

 シルヴィは胸をホッと撫で下ろす、傷は再生できても体力までは復活しないようで、バイオモンスターの動きは鈍くなってきている、このままいけばリューヤの勝ちは揺るがないだろう。

 これで助かる、シルヴィがそう思った瞬間。

「ぐあっ!」

 苦悶の声を上げながらリューヤがふっ飛ばされる。

 シルヴィとクロードが目を見開く、リューヤをふっ飛ばしたのは彼が攻め立てていたバイオモンスター……ではない。

 突然横手から現れた黒い影がリューヤをふっ飛ばしたのだ。

 リューヤはふっ飛ばされながらも空中で体勢を立て直し着地すると影を見据える。

 黒い影というのは比喩表現ではない、文字通り影のように全身真っ黒の人型をした何かだった。

 大きさは2メートル前後だろうか、人型のシルエットではあるが、顔や腕などはまるで昆虫のそれである。

「別のタイプのバイオモンスターだと!?」

 リューヤが緊張を含んだ声を上げる、その声には動揺の色がある。

 製造技術が失われたはずのバイオモンスターが一体いるだけでも驚きだというのに、さらにもう一体いるとなれば、それはリューヤといえど驚くのも無理は無いだろう。

 しかし、さらにリューヤを驚愕させる事態が起こる、なんと、人型タイプがもう一体現れたのだ。

「う……うそ……」

 シルヴィが絶望的な表情を浮かべる。

「お、終わりだ……」

 クロードも呆然とつぶやき膝をつく、リューヤと言えども三対一では分が悪いだろう、負ける可能性の方が高い、そうなれば、クロードとシルヴィにはどうしようもない。

(まずいな……)

 リューヤは心の中で呟く、

(敵が増えたことは問題じゃない、少々手こずるが決して勝てない相手じゃない、問題なのは……)

 と、シルヴィとクロードに目を向ける。

 クロードは力なく地面に座り込んでおり、その目は虚ろだ。

 シルヴィは恐怖のためか震えている。

(この2人を守らなければならないと言うことだ……)

 他のやつに構っている間に2人が殺される可能性もある。

(特に最初からいた甲殻類タイプのやつ、あいつのターゲットは最初からシルヴィとクロードの2人だ、さっきから2人ばかりを狙おうとしていた)

 甲殻類タイプの動きはリューヤを倒そうとしているというより、シルヴィとクロードを殺すのに邪魔だからリューヤを攻撃しているという感じだった。

(仕方ない、まあこの2人になら別にいいか……)

 リューヤは決意した、ここは助っ人の出番である。

 クロードもシルヴィもバイオモンターたちも失念していることがある、この場にはもう一人(?)いるのだ、そう、謎の声の主、リューヤの頼りになる相棒が。

「ピリア、あいつらのフォローを頼む、俺はあの人型タイプをやる」

「待ってました!」

 そう言うとピリアがリューヤの懐から飛び出し、クロードとシルヴィの前に降り立つ。

「え? え? え?」

「な、なんだ、リス!?」

 シルヴィとクロードが突然目の前に現れた謎の生き物に戸惑う。

「キミたちはボクが守る!」

 シルヴィとクロードの目が驚愕に見開かれる。

「しゃ、喋った!!」

「なんだよこれ、夢でも見てるのかよ……」

 ピリアは2人の反応を見て満足したように微笑むと、リューヤの方に目を向ける。

 リューヤは2体の人型タイプと対峙している。

(これでリューヤはあいつらに集中できる、ボクは……)

 ピリアは甲殻類タイプに目を向けた、そいつは人型とリューヤの対峙を無視し、こちらを睨んでいた。

(最初に目をつけた獲物を狙い続けるってことか、執念深いことだね)

 そして、シルヴィとクロードに目を向ける。

 シルヴィとクロードの顔に浮かんでいるのは今は戸惑いの色が強い、突如現れた謎の喋るリスのような何かであるピリアに守るなどと言われても、はいそうですかと納得するわけにはいかないだろう。

(守るって、この小さなリスが……?)

 シルヴィは目の前でふんぞり返るように立っている、体長30センチほどの小動物を見る。

(こんなちっちゃいのがどうやってあたしたちを守るっていうのよ)

 このリスが自分たちの敵ではないのはシルヴィにはわかっていた、リューヤがその名を呼びリューヤの懐から出てきたのだ、リューヤのペット(?)であることは間違いないだろう、しかし、それと自分たちを守れるかどうかは別問題なのだ。

「じょ、冗談はやめろって、お前なんかに何が出来るってんだ」

 クロードがシルヴィの気持ちを代弁するように叫ぶ。

「そうだよ、そんなに強そうにも見えないのに……」

 シルヴィもクロードに同意を示す。

 ピリアはムッとして何かを言おうとするが、それよりも早く甲殻類タイプのバイオモンスターが動いた。

 バイオモンスターはシルヴィとクロードに向かって突進してくる。

「きゃああっ!」

「うああ!」

 バイオモンスターの動きは速く、シルヴィとクロードは悲鳴を上げて目を瞑る。

「エネルギーフィールド!」

 バシッと甲殻類バイオモンスターが弾き飛ばされる。

 シルヴィもクロードも何が起こっているかわからない。

 恐る恐る目を開ける。

「どう、これでもボクはキミたちを守れないかな?」

 ピリアがニヤリと笑う。

「な、なによこの子、今何をやったの!?」

「わかんねえ、いきなりあいつが吹っ飛んだように見えたけど……」

 シルヴィとクロードが混乱している。

「エネルギーフィールド、不可視のバリアを張るボクの技だよ、不用意に触ればビリっとくるから注意してね」

 シルヴィとクロードはポカンとした顔でリス(?)を見つめる、確かにこの不思議なリスが自分達を守ってくれたのだろう、しかし、こんな技? 術? をシルヴィもクロードも見たことも聞いたこともなかった。

 攻撃を防ぐ障壁を張る術は存在するが、それとは効果が桁違いすぎる、何より今ピリアは即座に発動してみせた、あれだけの障壁を術で再現しようと思うのならば、相応の時間と詠唱が必要なはずだ。

「ともかく、この2人はやらせないよ!」

 ピリアは甲殻類バイオモンスターを見据えて言った。

(あの2人はピリアに任せれば大丈夫だろう)

 ニ体の人型の攻撃を捌きながらも視線をピリアの方に向けてリューヤは考える。

(俺はさっさとこいつらを片付けるか……。こいつら相手なら何の遠慮もする必要はない!)

 リューヤは人型バイオモンスターの拳をかわすと、その腕を掴んで一本背負いを決める。

 ドゴォ!バイオモンスターが床に叩きつけられる。

 しかし、もう一体の方がリューヤに襲いかかる。

 リューヤは飛び上がってバイオモンスターの攻撃を避けると、その顔面に蹴りを叩き込む。

 バイオモンスターは後方にふっ飛ぶが、すぐに起き上がるとリューヤに殴りかかる。リューヤはそのバイオモンスターのパンチを腕を掴むことで受け止めると、そのままバイオモンスターを投げ飛ばす。

 投げられたバイオモンスターは空中で体勢を立て直すと着地する。

 その顔面に何かが突き刺さる。それはリューヤが投げた手裏剣のような投擲武器だった。

「グオッ!」

(あんなのも使うのかよ)

 クロードがリューヤの戦いぶりを見て驚く。

 クロードもシルヴィも勘違いしていたのだが、リューヤは格闘家というわけではない、格闘技を主体にしているのは一つは武器を封じられたときでも問題なく戦えるようにするためと、生け捕りが基本の人間相手ならそちらのほうが殺してしまう確率が低くなるからである。

 殺しても問題ない敵、特に今回のような自然の生物ですらないバイオモンスター相手には今のような武器を使った無慈悲な攻撃も辞さない。

 そういう時のために、リューヤは服のあちこちに暗器を仕込んでおり、今の投擲武器もそのうちの一つだ。

 顔面に手裏剣を突き刺されたバイオモンスターはよろめきながら立ち上がる。

 その目には怒りの感情が浮かんでいる。

「うおぉぉぉっ!」

 リューヤは叫び声を上げならが突撃すると、地面を蹴ってバイオモンスターの身長より高く飛び上がる。

 思わず見上げるバイオモンスターの顔面にリューヤの踵落としが炸裂する。

 リューヤの靴には鉄板が埋め込まれている、バイオモンスターの頭部は砕かれ、その体は地面に落下した。

 リューヤは頭部を砕かれたバイオモンスターの身体を掴む。彼が気合を込めると、怪物の肉体は粉々に爆散した。

 術ではなく、人の生命エネルギー――闘気と呼ばれるものを直接流し込み、相手の体を内側から破壊する攻撃である。

 バイオモンスターは頭部を失った時点で生命活動を停止していたが、念のためにとどめをさしたのである。

「すげえ……」

 クロードがリューヤの闘いぶりに感嘆の声を漏らした。

 シルヴィも言葉無くリューヤの勇姿に見入っている。

 しかし、リューヤの戦いを見ている場合ではない、こちらではピリアと甲殻類型のバイオモンスターが対峙しているのだ。

 ピリアとバイオモンスターは睨み合いのように動かない。

 小さなリスのような見た目のピリアと巨大なバイオモンスターが睨み合っている様子は、傍から見るとなんともシュールな光景であった。

 先に動いたのはピリアだ、ピリアは素早く駆け出すと、一瞬にしてバイオモンスターとの間合を詰める。

 バイオモンスターが反応するより早くその懐に飛び込んだピリアは、その身体全体を使った体当たりをぶちかました。

 小さな体から繰り出されたはずのその一撃は、バイオモンスターの巨体を壁まで吹っ飛ばすほどの衝撃を持っていた。

 ピリアはバイオモンスターにぶつかった勢いを利用して宙を舞うと、クルリと一回転して綺麗に着地した。

「こ、こっちはこっちで凄すぎる……!!」

 クロードが驚愕の表情を浮かべている。

 シルヴィもクロードもピリアとバイオモンスターの戦闘に目を奪われていた。

 バイオモンスターはピリアの体当たりと壁に激突した衝撃のためにフラついている。

「ハウリングブラスト!」

 キィィィンという甲高い音ともピリアが口から放った超音波による衝撃がバイオモンスターを吹き飛ばす。

 ピリアの必殺技の一つ、超音波の衝撃で敵を内部から破壊するという技だ。

 バイオモンスターは全身から血を流して倒れ伏した。

「やったぁ!」

 シルヴィとクロードが歓喜の声を上げた。

「プラズマキャノン!」

 ピリアは油断なく、そして容赦なくバイオモンスターに追撃を加える。

 ピリアの口から放たれた雷撃を纏った火球は、バイオモンスターを粉々に吹き飛ばしてた。

 ちょうどその時、リューヤが最後に残った人型にとどめを刺したのだった。

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