第6話 廃工場に潜むもの
リューヤたちがギルドに向かったちょうどその頃、自分のことが依頼になっていることなど知る由もないシルヴィはクロードと共に、依頼の場所である廃工場の探索を開始していた。
「情報によれば、その未知のモンスターとやらは、奥の方で遭遇することが多いらしいわよ」
シルヴィがそう言うと、「おう」と短く返事をするクロード。
二人は薄暗い通路の中を進んでいくが……。
「きゃあ!!」
突然悲鳴を上げてクロードに抱き着くシルヴィ。
「ど、どうした?」
いきなり抱きつかれてドギマギしながらクロードが言う。
シルヴィは顔を真っ青にして震えている。
「あ、あれ……」
そう言って指差す先を見ると、そこにはネズミがいた。
「な、なんだよ、ただのネズミじゃないか、驚かせやがって」
クロードがホッとしたように呟く。
「い、嫌よ! 絶対無理!」
しかし、シルヴィは涙を浮かべながら叫ぶ。
クロードは知る由もないが、お嬢様育ちのシルヴィはあの手の不潔な生き物は大の苦手なのだ。
「そんなこと言わずにさぁ、ほら行くぜ」
クロードはそう言いながら歩き出す。
渋々その後に続くシルヴィだったが、今度はお嬢様育ちでなくとも女の子なら大半は、いや男でも苦手であろう、ある昆虫が目の前に現れた。
黒光りするボディ、人の不快感を掻き立てるフォルム、その外見はまさに最悪の一言である。
しかも、それが大挙して押し寄せてきた。
シルヴィは恐怖のあまり声にならない叫びを上げると、腰を抜かしてしまったようだ。
クロードも流石に絶句している。
かさかさかさかさ!
その昆虫の群れは別に何をすることもなく通り過ぎていっただけだが、シルヴィはしばらく立ち上がることができなかった。
ようやく立ち上がったシルヴィは、目にうっすらと涙を溜めたまま、クロードにすがりついた。
「もう帰りたい……」
「お、おい、どうしたんだよ、お前らしくもない、普段の強気はどこに行ったんだ?」
いつもと違う弱々しい態度を見せるシルヴィを見て戸惑った様子で言うクロードだが……。
「だってぇ……」
シルヴィが泣きそうな声で言った。
ネズミにアレというダブルコンボを食らい、シルヴィはすっかり怖じけづいている。
クロードは一つため息をつくと、シルヴィが落ち着くまで、その頭を優しく撫で続けた。
「さて、それじゃ行きましょうか!」
落ち着きを取り戻したシルヴィは赤くなった顔を隠すように、必要以上に元気な口調で言う。
「ああ」
そして、二人は再び探索を開始した。
探索開始から30分程経過しただろうか、廃工場内は相変わらず薄暗く不気味な雰囲気を醸し出しているが特に変わったところはない。
「出て来ないな、本当にここにいるのか? まさか、もうどこかに行っちまったんじゃ……」
クロードがそう言いかけた時だった。
突然、シルヴィが何かに気づいたようにハッとすると、素早く後退する。
そして、次の瞬間、シルヴィが立っていた場所に、巨大な黒い影が降ってきた。
その正体は、全身を漆黒の甲殻で覆われた全長3メートル程の怪物だった。
「な、なに!? これが未知のモンスター!?」
シルヴィはその姿を見て驚愕する。
確かに今まで見たこともないような異形の化け物だ、ギルドから配布されている新人ハンター向けに用意されている教材にモンスターについて色々書かれたものがあるのだが、それにもこんなモンスターなどは載っていなかった。
未知のモンスターとは、このことだったのだろう。
シルヴィは、すぐに気持ちを切り替えると、クロスボウを構える。
シルヴィは基本的に術士であるので、このクロスボウはサブウェポンである、術を発動させるには集中が必要なので、その間の時間稼ぎのために使っているのだ。
シルヴィが引き金を引くと、放たれた矢は一直線に飛んでいき、モンスターにヒットする、が、その硬い外皮に阻まれて、ダメージを与えることはできなかった。
魔法が掛かっているわけでもないただの市販品のクロスボウと矢であるが、高速で放たれる矢は並みの生物なら簡単に貫けるほどの威力を誇る、それがあっさりと弾かれたのだ、モンスターの外皮の硬さが尋常ではないことを物語っている。
「そんなっ……」
シルヴィが驚愕の表情を浮かべる、しかし、彼女の横をすり抜けモンスターへと向かう影が一つ……。
「どりゃあ!」
クロードである。彼は剣を抜き放ち、モンスターに斬りかかった。
ガキンッ!
しかし、やはりこれも効果なしだ。術による筋力強化と彼の剣技が合わさったシルヴィの射撃よりはるかに威力のある一撃だったが、それでも大したダメージにはならなかったようだ。
「おらおらおらおらぁ!」
怯まず攻撃を続けるクロードだったが、やはり有効打を与えられないようだ。
「くそっ、なんて硬さだ」
「術で攻撃するわ!」
最初のショックから立ち直ったシルヴィがクロスボウを腰のホルスターにしまいながら叫ぶ。
「おうっ!」
クロードはそう答えると、シルヴィの後ろに下がる。
シルヴィは精神を統一すると、腕をかざして叫ぶ。
「ファイアブラスト!」
この世界において術というのは精神力で発動する力である。
必要なのは精神集中であって、呪文の詠唱や印を結んだり、術名を叫ぶ必要などは実はない。
しかし、それらを行うことで、自らの集中力を増幅し、何も言わずに術を発動するよりも威力を上げることが出来る、今シルヴィがやったように、集中と術名で発動する形式が一番バランスが取れており、皆好んでそうしているのだ。
ともかく、シルヴィが放った火球は、モンスターに命中すると、その身体を炎上させる。
「やったか!?」
クロードがそう叫ぶが、炎が収まると、そこには何事もなかったかのように平然としているモンスターがいた。
「う、嘘、少しぐらいは効いてくれてもいいじゃない!」
シルヴィは焦りと怒りが入り交じった表情で叫ぶ。
「くっ、こうならったら見せてやるぜ、オレの奥義をな!」
クロードが剣を掲げ集中する。
そして、モンスターに向けて突進する。
「無茶よ、何度やっても外皮に弾かれたでしょう!?」
シルヴィが叫ぶが、クロードは剣を振り降ろす。
「バーストブレード!」
斬撃が当たった瞬間に爆発を起こし、モンスターを吹き飛ばす。
「すごい! 術と剣の合わせ技ね」
シルヴィが称賛の声を上げる。
術と剣を併用する戦法というのは意外と難易度が高いのだが、クロードは見事に使いこなしている。
吹き飛ばされたモンスターはまだ生きているものの爆発の威力でその外皮が砕け散っていた。
クロードは追撃を加えようとするものの、片膝を付いてしまう。
(くっ、やっぱりこの技は自分への負担が大きいか……)
クロードは内心で舌打ちをする。
バーストブレードはクロードの切り札であり、諸刃の剣でもあるのだ。
「外皮が砕けたなら通じるはず! 行くわよ、ファイブボンバー!」
シルヴィの手から五つの光弾が発射される。
それらは狙いたがわずモンスターに命中し爆裂した。
「ぎゅぉおおおおおお!」
気味の悪い鳴き声を上げるモンスター、どうやら苦悶の声のようだ。
今度の一撃は、確実にダメージを与えていた。
「とどめは任せろ!」
クロードは力を振り絞り立ち上がると、剣を構えモンスターに突進する。
「おりゃああああああ!」
クロードが渾身の一撃を放つ。
クロードが繰り出した一撃は、モンスターの身体に突き刺さった。
ぶしゅあっと緑色の液体を吹き出し、ピクピクと痙攣しながら倒れ伏すモンスター。
「今度こそ、やっただろ……」
クロードが恐る恐るという感じで呟く。
シルヴィが駆け寄ると、クロードの手に自分の手を重ね、二人同時にモンスターの様子を窺う。
しばらく沈黙が続くが、やがて、モンスターはその動きを完全に止めた。
生命活動を、停止したのだ。
それをしっかりと確認すると、二人はほっと胸を撫で下ろす。
「ふう、よかった~、これで依頼達成ね、それにしてもクロード、あんたやるわね、本当に勇者の末裔なのかもね」
「おいおい、まだ信じてなかったのかよ」
クロードは呆れ顔である。
「だってぇ、そもそも大昔の魔王の伝説自体眉唾物だし」
「あのなぁ、お前が信じるかはともかく、事実なんだからしょうがないだろ」
「まあ、なんでもいいわ、勇者の末裔だろうがなんだろうが、クロードはクロードだもんね」
シルヴィはそう言って微笑むと、クロードの手を握った。
「ほら、早く行きましょう、こんな気味の悪いところとっとと出るのよ」
「ああ、そうだな、しかしこれでオレたちはCランクの依頼を達成したことになるわけだ、これでかなりの評価を稼いだぜ」
クロードは嬉しげな笑みを浮かべながら言った。
「そうね、でもまだまだこれからよ、D級に上がるまでは気は抜けないからね」
シルヴィは気を引き締めるように言った。
「わかってるさ、だが、お前のお陰だよ、お前がいなかったらこんなに上手くはいかなかっただろうからな、感謝してるんだぜ」
クロードは照れたように頭を掻きながらそう答えた。
「それはこっちのセリフよ、クロードがいなかったら、あいつは絶対倒せなかったわ」
シルヴィも笑顔で言うとクロードと手を握り合う。
そして、お互い微笑み合うと、歩き出した、その時。
突然、クロードが後ろからの衝撃に吹き飛ばされ壁に激突する。
「ぐあっ!」
「え? え? なに?どうしたの? クロード!」
突然の出来事に動揺するシルヴィ。
そして、背後を振り返る、そこにいたのは先程のモンスターと同じような姿をしたモンスターがいた、しかし、先程のモンスターより遥かに大きい。
その大きさは5メートルはあるだろうか?
「に、二体いた、の……」
シルヴィは恐怖で声が震えていた。
クロードはなんとか立ち上がると、剣を構えて叫ぶ。
「くそっ、一体だけじゃなかったのか!?」
「もうっ、こんなの反則よっ、二体いるなんて情報なかったじゃない!! しかもさっきのよりサイズが大きいし、さっきの奴の親? それとも兄弟? とにかく、こいつもどうにかしないと依頼達成にはなりそうにないわね……」
悪態をつきつつ気持ちを切り替えると、シルヴィは術の体勢に入る。
しかし、さきほど今目の前にいるモンスターより小型の相手にあっさりと術を弾かれたことを思い出す。
(炎が弾かれたんだから次は氷で攻めてみる? だけど、普通に使っただけで倒せるものかどうか……)
考えつつ、シルヴィは何気なしに横にいるクロードに視線をやった。
(そうだ、クロードがいるなら……)
「クロード、あいつを引き付けて!」
ある事を思い付き、シルヴィはクロードに指示を与えた。
「引き付ける?」
「時間を稼いでくれればいいわ、その間にあたしが術を完成させるから」
クロードは一瞬躊躇するが、シルヴィの言葉に従い走り出す。
クロードは敵を倒すことよりも、注意をそらすことだけに集中する、幸いスピードではクロードの方が勝っている、守りに徹していればそう簡単にやられることはないはずだ。
敵の意識がクロードに向いている隙にシルヴィは腕を胸の前で組む。
精神集中に加えて印と詠唱まで揃えた完全な術の発動形態である。
シルヴィもこれを実戦でやるのは初めてだった、普通実戦で使えるような隙などないからだ、しかし、クロードが引き付けてくれるなら話は別である。
シルヴィは腕を胸に組んだまま精神を集中させる。
そして、印を結びながら呪文を詠唱する。
「全てを凍てつかせる大いなる氷結の力よ、この手に集いその力を示し、今我が前に立つ敵を打ち砕け!」
ぶわっとシルヴィの髪が逆立つ、魔力が迸る。心なしか周囲の気温が下がっていく。
「フリーズブレイク!」
シルヴィが叫ぶと同時に、モンスターの周囲に猛烈な冷気が渦巻き、その動きを止める。
モンスターの身体がみるみると凍結していく。
この後氷とともに敵が砕け散るのがこの術の効果である。
モンスターから離れたクロードも勝利を確信していた、しかし。
パキィン!
砕けたのは、氷だけだった、モンスターの身体には傷一つついていない。
それどころか、一時的とはいえ氷に包まれたのにも関らず、全くダメージを負っていないようだ。
「な、なんだよ、あれは!」
クロードが驚愕の声を上げる。
「そ、そんな、あり得ない……」
今のはシルヴィが繰り出せる最高の攻撃である、もうあれ以上術の威力を高める方法などないし、小型モンスターにすら通じなかったクロスボウなど当然役に立たない。
シルヴィは絶望的な表情を浮かべるが、クロードは諦めずに剣を構える。
「くっ、こうなったら、もう一度やるしかない!」
クロードはそう叫ぶと、再び剣を振りかぶる。
先ほど小型モンスターの外皮を砕いたバーストブレードである、あれならダメージを与えられる可能性はある、だが。
「駄目よクロード、隠してもわかるわよ、あれは使用者への反動も大きな技なんでしょ、あんたの体力が保たないわ」
シルヴィがクロードの腕を掴み制止する。
「くっ、だが、他に手はないんだぞ!」
クロードが悔しげに叫ぶ。
「そ、それは……」
「やらずに死ぬより、やって死ぬほうがマシだ! オレは勇者の末裔だ! ならばオレがやらなくて誰がやるというんだ!!」
クロードが叫ぶ。
「クロード……」
シルヴィがクロードを見つめる。
クロードは剣を構えたまま動かない。
覚悟を決めクロードが動こうとした、まさにその瞬間。
「やはり、こういうことになってるか……」
突然、声が聞こえてきた。
声の主は、いつの間にか、クロードとシルヴィのすぐそばにいた。
「あ……あなたは!?」
シルヴィがどこか嬉しさの混じった声で叫ぶ。
「久しぶり……というほどでもないか」
現れた男――リューヤはシルヴィとクロードに笑みを向けた。
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