第5話 彼女の事情
「なんか、さっきのお前のカードを見せた時の受付の人の反応おかしくなかったか?」
クロードが不思議そうにシルヴィに話しかける。
シルヴィは少しだけ考える。
(まさか、あたしの素性がバレたんじゃ……?)
しかし考え直す、素性がバレたところで別に問題はないはずだ、シルヴィはちゃんと正規の手続きを踏んでハンターになっているのだ、文句を言われる筋合いはない、もし文句を言う存在がいるとすれば……。
(まさか……まさかね、あの男はあたしのことなんてどうでもよかったはずだし、それにこんなに早く見つかるわけないわよ)
シルヴィは自分に言い聞かせるようにそう思う。
(そうよ……あの男が、あたしを心配なんてするはずがないじゃない! もし、仮にあの男があたしを探してるんだとしても、それは体面を気にしてのことだわ、そうに決まってるもの、そうに……)
シルヴィは無意識のうちに自分の手を強く握りしめていた。
「おい、どうした?」
クロードがシルヴィに声を掛けると、シルヴィは我に返ったように顔を上げた。
「え?ああ、なんでもないの」
シルヴィは慌てて取り繕う。
「そうか?なんか顔色悪かったけど、なんかあるならオレに相談しろよな、仲間なんだからさ」
クロードがシルヴィに笑いかける。
シルヴィは一瞬ドキッとするが、その表情はすぐにいつもの明るいものに戻る。
「うん、ありがと」
シルヴィはそう言って笑う。
「おう!」
クロードも嬉しそうに返事をした。
そして2人は依頼の場所へと向かっていった。
*
シルヴィやクロードのような低ランクのハンターの悩みは尽きないが、高ランクのハンターにも高ランクなりの悩みというものがある。
ヘムシティのホテルの一室で携帯デバイスの画面を見ながら、リューヤ・ヒオウはため息を付いた。
「やはりこの町近辺にもいい依頼はないな」
そう呟くと、ベッドに横になる。
「Aランクの依頼がないっていうのはいいことなんだけどね、ボクたちにとっては死活問題だよね」
ピリアは困り果てたような声を上げる。
A級であるリューヤはE~Sまでの全ての依頼を受けようと思えば受けられる、下のランクの依頼を受けることに規則上の制限などはないからだ、しかしハンターの暗黙のルールで下のランクの依頼を受けるのは恥ずかしいこととされている、ここ最近大事件が起こらないために、Aランクの依頼などとんと見かけないのだ、その上のSランクの依頼に至ってはここ何十年も出現していない、リューヤがS級間違いなしと言われているのに、いつまでもA級なのはそのためだ、世の中にとってはありがたいことだし、リューヤも平和なのはいいことだと思うが、ハンターとしてはこの状況は問題だった。
「ランクが上がるというのも考えものだな、こんなことなら昇級試験受けずにずっとB級あたりでいれば良かったぜ」
リューヤはそうぼやく。
最も昇級試験を受けなくても、依頼をこなしまくっていればランクは勝手に上がってしまうので、同じことだ。
依頼を失敗すればランクが下げられることもあるが、あまりに失敗率が高すぎると、ハンター失格の烙印を押され、登録抹消処分を受けることもある。
ハンター登録した時点で誓約書にサインをさせられているのだから、ハンター資格を剥奪されても文句は言えない。
ハンターの資格を失ったハンターは二度とハンターとして復帰することはできない。
そうなったものは大抵犯罪者への道を進むことになるのだ。
そして、リューヤは今現在かなり金に困っていた、その理由は……。
「結局この町に来ていい思いをしたのはお前だけだな」
そう言ってピリアを見る。
リューヤたちがこの町に来たのはピリアが美味しいものがいっぱいあるから来たいと言ったからだ。
このリューヤの小さな相棒は、その身体のどこにそれだけ入るのかと思うくらいよく食べる。
ピリアと一緒に行動するようになってからというもの、今までリューヤが稼いできた金の半分以上がこの謎の生物の食費と消え失せた、そう遠くない未来に破産するだろう。
「ううう、ごめん、でもこれでもボクちょっとは我慢してるんだよ? でもボクってなんでこんなにすぐおなかすいちゃうんだろう? エネルギー変換効率が悪いのかなぁ」
そう言いながらピリアはテーブルの上に並べられた料理を平らげていく。
「まあ、お前の使う強力な力を見れば、エネルギーの消耗が激しいのは納得できるがな、この間のマジックキャンセラーとか特にな」
その力のおかげで救われていることも何度もあるので、ピリアの大食らいを許容していると言う側面もある。
「マジックキャンセラーといえばさ、この間の2人今頃どうしてるだろうね?」
ピリアは食事の手を止めて、ふと思い出したように言う。
頭に浮かぶのはイーソスタウンで出会ったシルヴィとクロードの姿だ。
「さあな、あの一件で懲りてればいいが、新人ハンターの病気はそう簡単に治らないからなぁ」
新人ハンターの病気というのは実際の病気のことではなく、自分の実力を過信し、無謀な行動に出ることを言う。
特に、ハンターになる前からある程度の実力を持っていた新人ほど、自分の力がどれほどのものなのかを試したくなり、無謀な行動をしてしまうことが多い。
リューヤの見立てではあのE級ハンターたちはその典型例とも言えた。
おそらく地元では負けなしだったのであろう、自分達の力に自信を持ち、自分の限界を知らずに依頼に挑戦した。
そして、その結果、死にかけた。
しかし、一度ぐらいでは“ただ運が悪かっただけ”“オレたちはこんなもんじゃない”と再び危険な依頼に挑戦する可能性が大きいとリューヤは危惧をしていた。
「でも、やっぱりリューヤって優しいよね」
ピリアが笑顔で言う。
基本的にハンターは自己責任、相互不干渉が原則とされているので、他人を心配するリューヤは極めて珍しいと言える。
「そうかな、でも、それはお前もそうだろ?」
リューヤはピリアがあの2人を心配していたのを知っている、だいたいこの話を振ってきたのもピリアである。
「リューヤって照れ屋だねぇ、ボクが優しいんだとすれば、それはリューヤの影響……だよ!」
「俺の?」
「そう、リューヤがあの時ボクの心を救ってくれたからこそ、今のボクがいるんだよ」
「ふ、そうか。そりゃよかった」
リューヤは人差し指でピリアの小さな頭を優しく撫でる。
ピリアは嬉しそうに目を細める。
「えへへ、リューヤ、もっと撫でて」
ピリアはリューヤの手に自分から頭を押し付けてくる。
「ああ、いくらでもしてやるよ」
傍から見ればただのペットと飼い主のじゃれ合いにしか見えないだろう。
しかし、ピリアとリューヤの間には確かな絆があった。
ピリアはリューヤのパートナーなのだ。
その時、リューヤの携帯デバイスから音が鳴った。
「ん? メールか、珍しいな」
リューヤはそう呟くと、内容を確認する。
「なんて書いてあるの?」
至上のなでなでタイムを邪魔され、わずかに不機嫌なピリアが聞く。
しかし、リューヤはピリアに顔を向けると、嬉しそうに言った。
「おい、待望の依頼だ、しかもA級ご指名だ」
「えっ!? ほんと!!」
ピリアも瞳を輝かせる。リューヤは頷くと、メールに目を戻し内容を読み進めていく。
と、すぐに眉根を寄せた。
「どうしたの? とんでもない事でも書いてあった?」
「内容は人探しだってよ、A級指名の人探しとはな……」
そう言ってリューヤは肩をすくめた。
人探しなど、普通は下級ハンターの仕事だ。
A級に依頼されるようなものではない。
「へぇ、よほどの重要人物なのかな? 依頼人はどんな人なの?」
「えーと、依頼主はフレデリック・レストナック……」
依頼人の名前を目にしたリューヤの目が見開かれる。
「あのレストナックインダストリーの会長だな」
「え? あの、超大金持ちの!?」
ピリアは驚きの声を上げる。
レストナックインダストリーといえば、この国で知らないものはいないほどの大企業である。
そんな男が探す人物とはいったい……。
リューヤはさらにメールを読み上げていく。
「探索対象は一人娘、約二ヶ月前に家出して行方不明になったらしい」
「なるほどぉ、娘さんがいなくなっちゃったのなら、父親としては気が気じゃないよね」
腕を組みうんうんと頷いているピリアにチラリと視線を送りつつ、リューヤはさらに画面をスクロールしメールの続きを読み進める。
「捜索対象の娘の名前は……シルヴィ・レストナック。シルヴィ……? え? シルヴィだと?」
「シルヴィ? それって……」
聞き覚えのある名前に二人が驚きの声を上げる。
リューヤは恐る恐る画面をスクロールさせてみる、そこには一枚の写真が添付されていた、捜索対象の娘の顔写真である。
写真には面白くもなさそうな表情を見せている、緑髪の少女が写っていた。
いかにもお嬢様と言った服に身を包んでいるがそれはどう見ても先日イーソスタウンで遭遇した2人組のハンターの一人、先程話題に出ていたシルヴィ・フレイオンを名乗る少女だった。
「やっぱり……同名の別人じゃなかったんだ……」
ピリアがポツリと呟く。
「まさか……こんな形で再会(?)することになるとはな……世の中わからんもんだ」
リューヤも信じられないといった表情で呟く。
そして、そのまま一気に最後までメールを読み終えた。
詳しい依頼の内容はこうであった。
娘が突然いなくなったので探して欲しい。大事にはしたくないので、出来る限り秘密裏に。
依頼達成条件は娘の捜索と発見、保護。報酬は後払いで必要経費+1000万M。
「うわぁ、1000万Mだって、すごいね」
ピリアが呆れたような、感心したような声を上げる。
「確かに、とてつもない金額だな。いくらどこにいるかわからない探索の大変な依頼だからって、A級指名かつこの報酬額、フレデリックというのは相当な親ばかなんだな……」
リューヤも呆れ気味だ。
しかし、娘を持つ父親というのは得てしてそう言うものなのかもしれない、それを馬鹿にするというのは親の愛を否定、侮辱することになりかねないのだ。
(それだけ愛されているということだな……ならばなぜ家出など……)
心の中で呟き疑問を持つリューヤだったが、考えてわかるものでもなく、あまり他人の家庭事情を詮索するのもどうかと思い直しながら改めてシルヴィの写真に目をやる。
「でもさぁ、まさかフレデリックさんも探してる娘が、その探索を依頼したハンターギルドに入ってるなんて思いもしないだろうね」
「まさに灯台下暗しか? まあ、シルヴィって子は旅行者タイプのハンターのようだから、偶然ギルドに訪れでもしない限り、見つけることはできないだろうがな、最近は依頼はネットで受けるのが主流だから、依頼を受注したハンターがどんな奴なのかを知るのは難しいだろうしな」
ピリアに答えつつ、リューヤはこの奇妙な偶然のめぐりあわせに思いを馳せた。
「それで、どうするの? この依頼受ける?」
可愛らしく首をかしげて尋ねてくるピリアにリューヤは依頼の備考欄を眺めつつ答えた。
「受けない理由はないな」
備考欄の一文がなければ躊躇っていたかもしれないがなと心の中で付け足すリューヤ。
「よーし、じゃあ、さっそくメールに返信して受注手続きしようよ!」
目を輝かせ片腕を突き上げるピリアに苦笑しつつ、リューヤは受注手続きのためのメールを打ち始めたのだった。
――手続きは滞りもなく終了した、とはいえ滞りもなく終わっても時間がかかるのがハンターの依頼の受注手続きというものである。
あれから1時間は経過しているだろうか、その間ピリアが退屈そうにソファーの上で丸まって寝ていた。
「さて、受けたはいいが、どうやって探すか……」
この広い大陸の中からたった一人の女の子を探すというのは、想像以上に困難なことである。
リューヤは腕を組みながら考え込む。
その時、またメールが送られてきた。
「今度は何だ?」
そしてメールをチェックすると、思わず目を丸くする。
「奇跡ってのは本当にあるものなんだな……」
そのメールにはこんな情報が書かれていた。
つい2時間ほど前、シルヴィ・レストナックがここヘムシティのギルドに現れ、依頼を受注していったというのだ。
しかも彼女が受けたのはCランクの依頼ということだ。
「規則で許されてるとは言え、2ランクも上の依頼を受けるか普通、こりゃ親父さんが心配してギルドに保護を頼むのもわかるな」
リューヤは立ち上がり、必要なものを準備し始める。
「んあ、出かけるの……?」
ピリアが目をこすりながら言う。
「寝てる場合じゃないぞ、シルヴィは間違いなく危険な目に遭っている、すぐに助けに行くんだ」
リューヤはそう言って部屋を出て行こうとする、ピリアは慌てて飛び起きるとリューヤの後を追い身体に飛び乗ると、懐に潜り込んだ。
ピリアは人前では喋らないようにしているのはもちろん、あまり人前では姿を見せないようにもしている、鮮やかな銀の毛並みのリスに似ているがリスではない不思議生物のピリアは目立つからだ。
さらにピリアの存在を隠すことで、いざという時にピリアが飛び出して敵などに不意打ちを仕掛けることができるからという理由もあった。
最もそれはリューヤの考えでありピリア当人がリューヤにくっつくのは単純にリューヤのそばにいると安心できるからだ。
ともかく、リューヤとピリアはホテルを後にし、ギルドに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます