第4話 ハンターギルドに行こう

 イーソスタウンでの事件から数日後、シルヴィとクロードは今ヘムシティという比較的大きな都市に来ていた、この町に来たのは依頼のため……ではない、この町の名物であるご当地グルメが気になっただけだった。

 ご当地グルメを堪能するついでに依頼を探そうというのが、今回のシルヴィの考えだった。

 クロードの方は特に何も考えておらずただシルビィに付いてきただけだ。

 シルヴィはクロードと一緒にレストランで食事をしていた、レストランのメニューは肉料理がメインのようだ。

「うーん、デリシャス。やっぱりこの町に来たのは正解ね!」

 そう言いながらパクパクと食べていくシルヴィ、一方クロードは自分の前に置かれたステーキを丁寧に切り分けつつ、どこか呆れた様子で見ていた。

「よく食べるなぁお前」

 クロードの言葉にシルヴィはキョトンとした顔で首を傾げる。

「え、なに? なんか文句ある?」

「いや、別にそういうわけじゃないけどさ……」

 答えてクロードは肉を一切れ口へと運ぶ……。

(美味い……!)

 口の中に広がる肉の旨味に思わず舌鼓を打つクロード、そして再びチラリとシルヴィに視線を送る。

(決して安いもんじゃないんだから、こうやってじっくり味わうのが普通だよなぁ、それをシルヴィと来たら……)

 そう思いながらシルヴィの方を見ると、すでに彼女は食事を終えていたようだ。

 しかもデザートまで頼んでいるようだ、いったいどれだけ食べるつもりなのだろうか?

(まったく……払うのはオレだってこと忘れてないか……?)

 旅費は全部自分持ち、そんな約束をしてしまったことを後悔しながらクロードは再び肉を口に運んだ……。

(はぁ……、こんなんで本当に大丈夫なんだろうか……)

 そんなことを考えつつため息をつくクロード、するとそんな彼の様子に気付いたのかシルヴィが声をかけてきた。

「どうしたの? 美味しくない?」

「いや、料理は美味いさ。オレが考えてたのは別の事だ」

 そう答えたクロードの言葉にシルヴィは首をかしげる。

「別の事って?」

「この町に来てもう三日、やってることと言えば食べ歩きと買い物だけじゃないか。いい加減何か仕事をしないとまずいだろ?」

 そう言って肩をすくめるクロード、シルヴィはハッとした様子で声を上げる。

「そ、そうね。あたしたちただの旅行者じゃないんだものね……」

 反省した様子で顔を赤くしながら言うシルヴィ、そして気を取り直したように言った。

「でもどうする、この街にはギルドの支部があるからそこに出向いて直接依頼を探す? それともやっぱり携帯デバイスでネット経由の依頼を探した方がいいかしら?」

 尋ねてくるシルヴィにクロードは僅かに逡巡する。

 ギルドというのは各地に点在する支部に直接出向いて依頼を受けることも可能だが、近年ではネットを介してギルドのサイトに掲載されている依頼を探すのが一般的である。

 ギルドの歴史は結構長いが、近年ネット化の波が押し寄せているのだ。

 昔のように支部の掲示板に張り出された依頼書を受付に持っていって受注するという方式は終わった。

 今ではハンターたちは自分の好きなときに、いつでもどこでも依頼を検索できる。

 バイト探しサイトをイメージしてもらえばわかりやすいだろう。

 とは言えネットには掲載されていない依頼もあるし、ネットを介した依頼の受注は詳細を確認するために何度もメールやチャットでやり取りをする必要がある

 しかもわざとなのかなんなのかサイトに載っている依頼の中には上手く詳細を伏せられたハイリスクローリターンなものも少なくない。

 支部が近くにあるならやはり直接赴いて確認するのが一番だろう。

 クロードもそう考えたのか答える。

「せっかく支部があるんだからそっちに行こうぜ、ネットだと確認に手間が掛かるし、それに、何かここでしか見つからない面白い依頼が見つかるかもしれないだろ」

「それもそうね、じゃあ早速向かいましょう」

 シルヴィが答えて立ち上がる。

 さっきまで食事に夢中だったのに、切り替えの早いことだ。

「おいおい待てよ、オレまだ食事の途中だぞ」

 クロードは慌てて言った。

「あんた男のくせに食事遅いのね。もっとちゃっちゃと食べなさいよ」

「オレはじっくりと味わうタイプなんだよ」

 そう答えつつも、スピードを上げ手早く食事を終えるとクロードも席を立つのだった……。

 それから数分後……。

 近くにあったギルドにやってきた2人は情報端末を操作し、依頼のリストを確認していた。

「は~ぁ、Eランクの依頼って、本当にろくなものがないわね……」

 シルヴィが嘆息する。

 依頼には推奨ランクというものがあり、基本的には自分と同ランクから2つ上のランクの依頼までが受けられる、シルヴィならE~Cランクまでの依頼が受けられるのだが、当然高いランクの依頼は難易度も高く、自分と同ランクか慎重に行くならひとつ下のランクの依頼を受けるのが望ましいとされている。

 ただしあまり頻繁に自分より低いランクの依頼を受けるのは好ましくない行為ともされている。禁止されているわけではないが、ハンター同士の暗黙の了解というやつである。

 シルヴィはイーソスタウンの一件で反省し、身の丈に合った依頼を探そうとしてるのだが、Eランクの依頼は最下級だけあり、本当にハンターの仕事かと言うようなものまである。

 特にこの近辺でこなせる依頼は酷いものが多かった。

「何よこの依頼、なんでハンターが蜂の巣の駆除なんてしなきゃならないのよ」

 シルヴィは思わず声を上げてしまう、どう考えてもハンターが受けるような仕事ではない。

「確かにな、ハンターがやる仕事じゃねぇな」

「でしょ、他にないかな?」

 2人は次々と依頼のリストをチェックしていく。

「このあたりにはE級向けの討伐系の依頼とかないのかなぁ」

 やはりハンターというからに魔物などを狩りたいと思うシルヴィであった。

 そして、それはクロードも同じである、2人が理想とするのはランクが低くても受けられる討伐系の依頼である、しかし相手があまにも弱すぎても張り合いがないと考える2人でもある、しかし、そんな都合の良い依頼が見つかるはずもない、この近辺のEランクの討伐系といえば先程の蜂の巣の『討伐』や野良犬の『討伐』くらいしかないのだ。

 この街は都会であることもあり、治安がよく小鬼ゴブリンなどの弱い魔物はハンターが出張る必要すらなく、警備隊が処理してしまう。

 そのため、ハンターには依頼が回ってこないのだ、この街でハンターに回ってくる依頼は、どうでもいい雑用か、警察や警備隊でも手を焼く相手、すなわちEランクではとてもではないが倒せない強力な魔物の退治に二極化している。

「駄目ね、やっぱりEランクって本当に最下級なのね、我ながら悲しくなってくるわ」

 シルヴィはため息をつく。

 彼女が以前滞在していた田舎村では警備隊が機能しておらず、Eランクでもこなせる魔物の討伐依頼が定期的に出ていた。

 なのでEランクにここまでろくな依頼がないとは思っていなかった。

 自分には田舎が向いているのかもしれないと思うシルヴィ、故郷は大都会だというのに皮肉な話だと自嘲する。

「こうなったら、諦めて本当に蜂の巣駆除の依頼でも受けてみようか……」

 呟くシルヴィ。こんなものでも一応依頼なので、こなせば雀の涙ほどの報酬がもらえるし、評価も上がるはずだ、とは言えお金目当てなら飲食店で一日バイトでもしたほうがいいし、評価にしてもこんな依頼で得られるものはたかが知れている。

 その時、クロードが勝手に端末を操作しCランクの依頼のページを開いていた。

「ちょっと、何やってんのよ? Cランクはさすがに無理だってば」

 シルヴィがクロードに抗議するがクロードはお気楽な顔で返してきた。

「ギルドのルール的には2つ上のランクの依頼までなら受けられるんだから、これは身の丈に合った依頼ってことだろ、大丈夫大丈夫」

「いや、全然違うでしょ、これは完全に身の丈に合ってないでしょ」

 シルヴィが半眼で答える。

 Cランクの依頼はEランクの依頼とはまさに格が違うものばかりだった、警察も手を焼く武装犯罪集団の壊滅、警備隊も手が出せない凶悪モンスターや害獣の駆除と、どれもこれも危険度が高い。

「大丈夫だ、オレがついてんだからな」

 クロードが自信満々で言う。イーソスタウンの一件でまったく懲りていないようだ。

「せめてDランクにすると言う選択肢はないの?」

 しかし、クロードは首を振りながら答える。

「いや、Dランクは結局下級だろ、Eランクとそこまで変わらないはずだ」

 ハンターの階級は細かくE~Sまであるが、大雑把な括りとして下級、中級、上級というのがある。

 EとDが下級、CとBが中級、Aが上級といった具合だ、この下級から中級、中級から上級への昇格が難しいとされており、EからDになるのと、DからCになるのでは同じ一つランクが上がるのでも難易度がまるで違ってくる。

 なおS級だけは現在誰もいないことからもわかるように、なるためには普通の方法では不可能だとされている。

 早く上級を目指したいクロードとしては、2ランク上の依頼を受けることが出来るギルドのルールを最大限に活用すべきだと考えているのだ。

「う~ん……」

 シルヴィは腕組みをして考え込む。

 クロードの言っていることは正しいと思えた、シルヴィもはやく上級になりたいのだ、そのためには当然中級になる必要がある、そのためにはDを飛ばしてCに上がる必要があった。

 そして、シルヴィだって自分の実力にはそれなりの自信がある、イーソスタウンで殺されかけたのはあくまでも相手が悪すぎただけだったと思っていた。

 それに考えてみれば1人で受けるのではなく、2人で受けるのだ、当然一人に対する評価は下げられることになる、ランクを上げるという意味では個人で依頼を受けるのより努力する必要が出てくる。

 そこでシルヴィは一瞬だけクロードと一緒に行動することにしたのは失敗したかと思うが、2人で依頼を受けるメリットの方が大きいと考え直す。

 2人で受けるからと言っても別に一人ひとりの評価が完全に半分にされるわけではないので、むしろ効率よく依頼を達成できる可能性が高くなるはずだ。

 クロードは考え込む様子のシルヴィにもうひと押しだとばかりに言う。

「Cランクの中でも簡単そうなのを選べばいいだろ、それとも本当に蜂の巣の駆除がやりたいのか?」

 クロードの言葉にシルヴィは顔をしかめる。

「いや、さすがにあれは嫌だけどさ」

 単純にハンターの仕事としてどうかと言うのものあるが、シルヴィは虫は苦手だった、まだ野良犬退治の方がマシかも知れないがそれはそれで動物をいじめているみたいで気が引ける。

「そうね……あたしたち2人でならCランクでもやれるかもね」

 シルヴィはあっさりと折れた、前回の反省はどこへやらである。

「だろ」

 クロードは嬉しそうに言う。

 シルヴィもクロードも2人とも無鉄砲かつ無意味に自信過剰気味なのだ、相乗効果でとんでもないことになりそうである。

 2人は話し合いながら一つの依頼を見つけた、それは廃棄された工場に出没するという未知のモンスターの討伐依頼であった。

 未知のモンスターであるが襲われた人の証言を元に弾き出された戦闘能力はC級で対応可能と予測されると書かれていた。

 ちなみに、C級の戦闘能力の目安としては、武装した警備隊20人を相手にして互角に渡り合えるくらいである。

 ハンターというのはたとえ下級であっても一般人や普通の警察、警備隊などとは比べ物にならないほど強い。

 そうでなければ、ハンターの存在意義がなくなってしまうからである。

 クロードやシルヴィの実力はどうかといえば、普通の警備隊レベルなら数十人単位でこられても問題なく対処出来るくらいには高い。

 2人がE級にとどまらない実力を持っているのも、また確かなことであった。

 もっともそれはある意味不幸なことでもある、なまじ実力があるために、自信過剰な上に根拠のない自信まで持ってしまうからだ。

「未知のモンスター……おもしろそうじゃない!」

 未知という響きにシルヴィは目を輝かせる。

 その顔には危険な依頼を受けようとしている緊張感などまるでない、クロードも同じような顔で笑っていた。

「決まりだな、この依頼にしようぜ」

「そういえば、あたしギルドに出向いての依頼の受け方って知らないのよね、依頼はネットで受けてたから」

 シルヴィが思い出すように言う。

「ああ、じゃあ教えてやるよ、なに簡単だ、情報端末を操作して、依頼を選択する」

 クロードは説明しながら実践する。

「すると、この端末の画面に受付番号が表示されて、しばらくしたらこの番号が呼ばれるから、後は受付で最終確認を済ませて手続きをすればいいだけだ」

「なるほど、確かに簡単ね、ネットだと最終確認が面倒くさいのよね、死んでもギルドは責任を負いませんとか、依頼の途中放棄は罰金が課せられますとかいう脅しの文章が何回も表示されるし」

 シルヴィが感心して言う。

 ハンターの依頼は死と隣合わせであるために、ハンター登録した時点で誓約書にサインをさせられるが、さらに一つ一つの依頼を受ける際にもしつこく注意事項を聞かされる。

 これは依頼中に死亡した場合にギルドが一切の責任を負わないという同意書を交わさせるためである。

 ともかく、待っているとシルヴィとクロードの番号が表示され、2人とも受付へと向かった。

 ハンターの身分証明書となるカードを見せる。

「シルヴィ……フレイオンさん、ですか……」

 シルヴィが見せたカードに書かれていた名前と彼女の顔を交互に見比べながら受付嬢は驚きの声を上げる。

 シルヴィとクロードは顔を見合わせる。

 クロードが口を開く。

「あの、何か問題でも?」

「あ、い、いえ、なんでもありません、知り合いと同じ名前だったもので、失礼しました」

 シルヴィが尋ねると、女性は慌てて頭を下げて謝った。

 シルヴィは首を傾げるが、とりあえずは気にしないことにして、手続きを続けることにする。

「えーと、E級のクロード・トゥームスさんと同じくE級のシルヴィ・フレイオンさんですね、依頼はCランクとなっておりお二方よりもランクが上の依頼ですが、本当によろしいのですか?」

 またしても受付嬢が驚いたような様子を見せる、今度の驚きはまあ当然の反応だろう。

 Cランクの依頼を新人ハンターが受けようとしていのだから、いくら規則で許されてるとは言え、本当にそれをやる馬鹿がいるとは思わなかったのであろう。

 Cランクの依頼はEランクの依頼とは文字通り格が違う、それは依頼の難易度や報酬額だけではなく、危険度なども含んだ総合的なものだ。

 ハンターが死のうが怪我しようが自己責任というのがギルドの方針だが、だからといってわざわざ死にに行くようなものを斡旋するほどギルドは愚かではない。

 とは言えどうしても受けたいという相手を止める権限などはない、受付嬢に出来ることは念押しをすることだけだ。

「はい、問題ありません」

 クロードは自信満々で答える。シルヴィも隣で頷く。

 受付嬢はわずかに嘆息する。

(たまにいるのよね、こういう無謀な子)

 受付嬢は内心の感情を押し殺して笑顔を作る。

「わかりました、では、この書類をよく読み、よろしければサインと拇印を捺印の上で受付に提出をお願いします」

 2人は一旦受付から離れると渡された書類に目を通す。

 そこには依頼の受注に関する内容と、依頼の達成条件などが記載されていた。

「問題なさそうだな」

「そうね、それじゃサインをと……」

 シルヴィが書類にサインをし、クロードもそれに倣う。

「はい、これで依頼の受注が完了しました、お気をつけていってらっしゃい」

 受付嬢の言葉を背にギルドを出ていくシルヴィとクロード。

 2人が出ていくのを確認してからすぐに、受付嬢は電話に手を伸ばした。

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