第3話 事件解決、そして……

 シルヴィはホテルの自分の部屋でベッドに横たわり考えていた。

(それにしても危なかった……。危うくあたし強姦されて殺されちゃうところだった)

 シルヴィはあの時のことを思い出しつつ身を震わす。

(やっぱり、いくらなんでもAランク相当の依頼に参加するなんて無謀すぎたのかなぁ……)

 正直シルヴィはハンターというものを舐めていた、ハンターになる前から実力には自信があったし、この一ヶ月E級ハンターとしてそれなりの数の仕事をこなし、特に危ない目に遭うこともなくやってこれた、だから今回も大丈夫だろうと思っていたのだ。

 だが、やはりAランクというのは次元が違った。

 ジャックとの戦闘は、シルヴィにとってまさに悪夢だった。

(考えれば当たり前なのよね、E級のあたしがAランクの依頼を簡単にこなせるのなら、ランク分けの制度が成り立たないもの、でも、だからといってあんな化け物みたいなやつが相手だなんて思わないじゃない!)

 シルヴィは先ほど戦ったジャックのことを思い出す、そしてそれをあっさり撃退したリューヤの事も。

 EとAの間には超えられない壁があるのは当然として、同じAの中にも更に大きな差があるのだとシルヴィは思い知らされた。

(とにかく、次からはちゃんと自分の身の丈にあった依頼にしよう……)

 早くランクを上げたいが、死んでしまっては元も子もない、シルヴィはもう少し慎重になろうと決意した。

 そして、次のことを考える。

 あのリューヤという青年のことだ、謎の声も気になるが、それよりもリューヤの行動について考えていた。

(あたしたちを救うために平然と自分の命を危険にさらすなんて、普通できることじゃないよ、あれがA級ハンターってことなのかなぁ)

 そしてシルヴィは考える、もし自分の実力がリューヤと同じくらいあったとして、自分には出来たか、彼のような行動がとれたかと。シルヴィには自信がなかった。

 シルヴィはため息をつく。

(ダメね、こんなんじゃいつまでたってもE級のまんまだよ、もっと強くならないと、単純な力だけじゃない心も鍛えないと、そうよ、あたしは強くなるんだから!)

 シルヴィはそう決心すると、勢い良く起き上がる。

「よし、决めた、あたし明日からもっとちゃんと訓練しよう、そして、絶対上級ハンターになってやるんだから!」

 シルヴィはそう叫ぶと、とりあえず明日のために眠るのであった。

 *

「ご苦労さまでした!」

 警察署でジャックを引き渡したリューヤは、警察署を出ると道端のベンチに腰掛けた。

「それにしてもさっきは危なかった、お前がいなかったら2人を助けられなかったぞ」

 リューヤは言う、まるで誰かに話しかけるような口調だが相手の姿は見えない。

 その時、リューヤの服の胸の部分がもぞもぞと動くと、中から一匹のリスに似た生物が顔を出した。

 似た生物というのも、げっ歯類の特徴である前歯がなく、代わりに細かい牙が生えていて、耳はピンと尖り、尻尾は幾分細い。とリスではない特徴を持っているからだ。

 体毛も一見灰色のように見えるが、近づいて見れば、鮮やかな銀色をしていることがわかる。

 首には白いスカーフを巻いていており、リューヤとお揃いのようだ。

「えへへ、でも、あいつの術の分析をするのに、ちょっと手間取っちゃった……」

 そう言って可愛らしく舌を出すのは、先ほどシルヴィとクロードを助けた謎の声の主、その正体はなんとこのリスに似た生物だった。

 この生物は、リューヤのパートナーで、名を『ピリア』という、過去の記憶をなくしており自らの正体すらわからない謎の生物だが、とある事件でリューヤと出会いそれ以来リューヤの相棒を自称しいつも一緒にいる、ピリアは既存の術とは違う不思議な能力を使うことが出来、先程のマジックキャンセラーもその一つだった。

「お前でも分析に時間がかかるクラスの術を使えるとは、なかなかの実力者だったということだな、まったく、ギルドもそんなやつの捕獲をフリー依頼なんかにするなよな……」

 リューヤが呆れ気味に言う。

「そうだね、でもこれであの2人も危険な目に遭って懲りたんじゃないかなぁ」

 そう言って笑うピリア。

「だといいんだがな、あの2人、揃って無鉄砲っぽい感じがしたからな」

「えへ、リューヤがそういうこと言っちゃう? 無鉄砲さならリューヤも負けてないと思うけど」

 そう言っていたずらっぽく笑いながらリューヤを見上げるピリア。

「おい、それはどういう意味だ?」

 そう言いながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべるリューヤ。

「えー? 知らなーい、自分で考えればー」

 そう言うとリューヤの胸に顔を押し付けてじゃれるピリア。

「まったく……」

 と、言いながら立ち上がる。

「もう出発する?」

「ああ、いつまでもこの町にいても仕方ないだろう、あの2人のことは少し気になるが、ついて回るわけにもいかないしな、それに俺たちは指名手配犯を捕まえに来ただけだ、長居する理由もない」

 リューヤの言葉にピリアはうんうんと首を振る。

「そうだね、ねぇそれじゃさ、次はヘムシティとか行かない? あそこって美味しいものがいっぱいあるらしいし」

 ピリアが楽しそうに提案する。

「そうだな、いいかもしれないな」

 そう言って微笑むと、リューヤは歩き出した。

 *

 翌朝、ホテルをチェックアウトしたシルヴィは同じくチェックアウトしたクロードから声を掛けられる。

 そして、朝食がてら色々話すために定食屋にやってきた。

「見ろよ、さっそくジャックの逮捕がニュースになってるぜ」

 クロードが右手に箸を持ちつつ、左手で携帯デバイスを操作しニュースサイトを見ながら言った。

「そりゃそうでしょ、ジャックは国際的な極悪犯人だもん」

 シルヴィが焼肉定食を食べながら答える。

 ちなみにクロードが食べているのはハンバーグ定食である。

 シルヴィは、こいつ意外と子供っぽいものが好きなのね~などと思いつつ、箸を動かす。

「でも、ハンターが捕まえたとはどこにも書いてないな、リューヤの名前も出てない」

「警察も体面があるからね、ギルドとの契約で公表しないことにでもなってんでしょう」

 シルヴィが言う。

「まあ、そんなところか。無意味なプライドって奴かね?」

 クロードが皮肉げに言う。

「それにしても、リューヤって何者なんだろうな」

 続けて、思い出したように呟くクロード。

 その言葉にシルヴィは箸をぴこぴこ動かしながら言う。

「確かに気になるわね、ギルドの情報にも大したことが載ってないし、それにあの謎の声も気になるわ」

「また会えりゃいいんだけどな」

「そうね、でも、ハンター続けてればきっとまた会う機会が訪れるわよ」

 シルヴィが笑顔で言う。

 根拠はない、しかし、彼女には確信があったのだ。あの男、リューヤとはまた会うことになる、それも限りなく近いうちに……と。

「そうだよな……」

 クロードが呟くように言った。

「どうでもいいけどさ、クロード。食事中に携帯デバイスでニュース見るとか行儀の悪い真似やめなさいよね!」

「なんだよいきなり。固いこと言うなよ」

 シルヴィの言葉にクロードが苦笑しながら言う。

 すると、シルヴィは頬を膨らませる。

「だってマナー違反でしょ? そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」

 シルヴィの言葉にクロードは顔をしかめる。

「関係あんのか? そんなの」

 クロードの言葉にシルヴィは呆れたようにため息をつく。

「紳士的な男ってのはねぇ、それだけでポイント高いのよ? 少なくともあたしは好感持つけどなぁ?」

 そう言って上目遣いに見つめるシルヴィにクロードは少しドキッとする。

(やっぱりこいつ、可愛いな……)

 心の中で呟きつつ、「そうかい」とだけ言って視線を逸らすのだった。

 そして、食事を終えた2人は今後の話を始めた。

「それで、お前はこれからどうするんだ?」

 クロードの問いにシルヴィはあっさりと答える。

「どうって、また旅に戻るだけよ」

「ん? お前旅行者タイプのハンターなのか?」

 クロードが言う。

 ハンターというものは基本的に2種類のタイプの活動方式がある、一つは一つの町にとどまりそこを拠点に活動するもの、この活動方式のメリットはなんと言っても安定感だろう、依頼をこなしていれば生活に困ることはない、デメリットとしては機動力に欠けること、移動ができないので新しい土地や珍しいものには出くわしにくいということだろうか。

 もう一つは各地を旅しながら、土地々々で依頼をこなすタイプである、この方式のメリットは拠点活動方式とは真逆で機動力に富んでいることである、各地を回ることでその土地々々の名物などにも触れられるために、旅行者気分でこの活動方式を選ぶ新人ハンターも多い、デメリットはやはり安定感の無さだろう、装備などもいちいち現地で調達する必要があるので金が掛かるというのもある。

 総じて安定感を求めるベテランなどは拠点固定方式を選び、新人は旅行者方式を選ぶことが多い。

 シルヴィも新人の例に漏れず旅行者方式を選んでいた、最も彼女の場合は自分の生まれ育った町を離れたいという個人的な理由もあったのだが……。

「そうよ、あたしは旅行者タイプ、ハンター家業ついでに世界を旅するって楽しいでしょ、だからあたしはこっちを選んだの」

 シルヴィはそう言って笑う。

「なんだオレと同じじゃないか、やっぱり一つの町にとどまるよりもそっちのが面白いよな!」

 クロードが嬉しそうに言う。

「やっぱりあんたもそうだったんだ」

 シルヴィは最初にクロードに会ったときからそう感じていた、そもそもクロードにこのあたりの土地勘があったのならば、ジャックを探すのにあんな非効率な方法をとる必要はなかったはずだ。

「そっか、お互い旅行者タイプか……」

「あんたが今何考えてるか当ててあげましょうか?」

 呟くようなクロードの言葉に、シルヴィはニヤッと笑いながら言う。

「へぇ、わかるのか? なら当ててみてくれよ」

 多少挑戦的な響きを含めながら言うクロード。

 シルヴィは笑みを崩さないままに、人差し指を立てて言う。

「ズバリ、あんたはあたしについてきて欲しいと思ってるわね?」

 自信満々に言うシルヴィにクロードは一瞬ぽかんとしてしまうがすぐに笑い出す。

「……ははっ! 確かにその通りだよ、よくわかったな!」

 すると、シルヴィは自慢げに胸を張った。

 そして、立てた指を振りながら続ける。

「ふふん♪簡単よ、あんたの考えそうなことは大体わかるわ♪」

「まあ、自分が分かりやすいか分かりにくいかと言われたら、そりゃ分かりやすい方だと思うが。それじゃまるでオレが単純バカみたいじゃ……」

「いいわよ」

 傷ついたようにぶつぶつ言うクロードの言葉を遮るようにシルヴィが発した端的な一言に、クロードは思わず黙り込む。

「え?」

 聞き返すクロードに構わず、シルヴィはそのまま言葉を続ける。

「あんたと一緒に行ってあげてもいいって言ってるのよ」

 そう言ってにっこりと微笑むシルヴィを見て、クロードは唖然とする。

「い、いいのか?」

 戸惑いながら尋ねるクロードに、シルヴィは頷く。

「ええ、旅は道連れって言うし、今回の事で自分の未熟さを思い知ったのよあたし。あんたもあたしも半人前だけどさ、半人前が二人いれば一人前になれるかもしれないじゃない? それにあんたと一緒の方が楽しそうだしね」

 そう言ってシルヴィは悪戯っぽく笑う。

「あ、言っとくけどホテルの部屋とかはちゃんと別々だからね」

 付け足すように言ったシルヴィに、クロードは苦笑する。

「分かってるよ、そういうのはちゃんとわきまえるぜ。オレは」

「ほんとかしらねぇ~」

 そうケラケラと笑うシルヴィ、そんなシルヴィにクロードは「まいったね」と頭を掻いていたが、ふと真剣な表情を作りシルヴィに右手を差し出した。

 そして言う。

「改めてよろしく頼むよ、相棒」

 クロードの言葉にシルヴィは一瞬きょとんとするが、すぐにまた笑顔になり差し出されたクロードの右手をぎゅっと握る。

「うん、よろしくね!」

 こうして、二人は旅路を共にすることになったのである。

「さて、それじゃさっそく相棒としての初めての仕事をしてもらおうかしら」

 いきなり声を低くしてそんなことを言うシルヴィ。

「な、なんだよ」

 若干引き気味になりながら答えるクロードに、シルヴィはニヤリと笑って言った。

「あたしが困ってたら、助けてくれるんでしょ?」

 その言葉にクロードはやれやれといった様子で首を振る。

「わかったよ、それで何をすればいいんだ?」

 クロードの問いに、シルヴィは嬉しそうに笑うと、自分の前に置かれた伝票をスッと差し出した。

「……オレが払うのか……」

「そ、言っとくけど今回だけじゃないわよ? 今後旅費に関しては全部あんた持ちだからよろしく♪」

 そう言ってニッコリ笑うシルヴィに、クロードは顔を青くして抗議する。

「おい、それはないだろ!!」

「大丈夫よ、あたしそこまでお金かかる女じゃないから。いいでしょ、あたしみたいな可愛い女の子と旅が出来るんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ♪」

 そう言ってウィンクしてくるシルヴィに、クロードは「むぅ……」とうめき声を上げ黙り込んでしまった。

(確かに一理あるし、シルヴィは可愛いと思うけど……自分で言うか普通?)

 心の中でそう呟くクロードだったが、口に出すことはなかった。

 代わりに「ふ……」と笑うと、立ち上がりつつ言った。

「わかりましたよ、お姫様。どこまでもお供いたしますよ」

 そう言って恭しくお辞儀をするクロードに、シルヴィは満足そうに頷くと、伝票を手に立ち上がった。

「よろしい! それじゃ、早速行きましょ」

 シルヴィはそう言って意気揚々と歩き出す。

 その顔にはこれから始まる冒険への期待に満ち溢れていたのだった。

「ああ、そうだな」

 そう言ってクロードも立ち上がると、シルヴィの後を追って歩き出した。


 こうしてイーソスタウンでの事件は幕を閉じたのであった、しかし、これはこれから始まる物語の、ほんのプロローグにしか過ぎなかったのだった。

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