天の川

 今日は7月7日。世間一般では七夕と呼ばれている日だ。そして、今日は私が3カ月かけて準備してきた、企画イベント・七夕フェスティバルの日でもあった。けど、今日は生憎のゲリラ豪雨。通常は外で屋台や短冊を飾る用の笹を設置して開催する予定だったのだが、外は土砂降りの雨なので、結局、屋台や笹は屋内会場へ設営することに。


 万が一を考えて、雨天でも決行できるように会場を押さえておいて正解だった。

 

 私は手に持っていたバインダー用紙に次々とチェックを入れていく。今は、どこの設営がどのぐらい終わったか確認作業をしている。後、残っているのは屋外の設営のようだ。すると、同僚の1人が入口の自動扉から入って来た。手には雨合羽を持っている。

 

「外の設営完了したぞ~」

「お疲れ様。これで設営の方は全部終わりっと。それで、問題は……」


 バインダーを近くの長机に置くと、集客リストに目を向ける。このゲリラ豪雨の影響で、事前予約者数の5分の1がキャンセルになっていた。加えて、電車もストップしているらしい。天気予報によれば、この後から雨脚が弱まって、開場の15時には運転が再開されるようなのだが、それでも客足が減ることは否めないだろう。


「谷山ー、またキャンセルだ」


 後ろの方から先輩がやって来る。彼女の手にはスマホが握られており、そこには七夕フェスティバルのホームページが表示されていた。

 

「どうする? 電車も止まってるから、このままじゃ更にキャンセルが増えることになるぞ」

「そうですね……。やっぱり、今日いらっしゃるお客さんを何とかして増やすしかないかと」

「だよな。と言っても、今度はどう客足を増やすかが問題になってくるんだが……」


 先輩はそう言いながら、スマホで検索をかけ始めた。私もどうにかできないか集客リストをじっと見ながら考え始める。


 客足を伸ばすにはインパクトのあるものが必要になってくるけど、どうしたらいいんだろう。お客さんが思わず参加したくなるような何か……。


 私は視線を上げて何か使えるものはないかと会場内を見回す。すると、入口の傘立てに目がいった。


「あ、これだ」

「なんか思いついたのか?」

「傘だよ傘」

「傘? 一体何する気だ?」

「まぁまぁ。今から説明するから。先輩。ちょっとスマホお借りしても?」

「ん? ほらよ」


 先輩からスマホを手渡されると、さっそく検索画面に文字を打ち込んでいき、とある画像を2人に見せる。そこには色とりどりの半透明のビニール傘がワイヤーで宙に釣り上げられていた。太陽の光が差し込んでいて、傘が光っているように見える。

 

「これです。『アンブレラスカイ』って言って、文化祭の飾りつけとかでよくやられてるんですよ。映えるって若い人たちに人気で」

「その手があったか」

「はい! 幸い、ここの会場は三階まであって、コの字型に建てられているので、飾る際の心配もありません」

「けど、こんな大量の傘どうやって集めるんだ? ワイヤーなら会場内の倉庫にでもあるだろうけど……」

 

 それはそうだ。開場まで後3時間しかないというのに、大量の傘をどこから持ってきたら良いのやら……。取り敢えず、売ってそうなところを調べてみよう。


 私は引き続き、先輩のスマホで検索をかけてみる。どうやら、ショッピングモールやホームセンターなどに売っているらしい。だが、このゲリラ豪雨で近くのショッピングモールやホームセンターは閉まっている。


「売ってるところはどこも雨の影響で閉まってますね……」

「こんなときの通販だろ?」

「あ、そっか」

 

 同僚からそう言われ、ハッとする。私は某通販サイトのページを開け、『カラービニール傘』と検索を掛けた。どうやら速達便であれば2時間後に到着するらしい。だが、ここでまた問題が1つ。

 

「お金の方はどうしましょう……」

「それなら、会社が出してくれるよ。注文と連絡はアタシの方でやっておくから、お前らは先に準備してろ」

「了解です!」


 すぐトランシーバーで会場スタッフの人たちに連絡を入れ、同僚と共に会場内の倉庫の方へ向かった。倉庫内にあるワイヤーを見つけると、階段を上って3階まで行く。そして、スタッフの人たちと手分けしてワイヤーを建物の間に通していった。

 

 2時間が経過し、半透明のカラービニール傘が会場に届いた。急いでダンボールを開封し、開けた傘をワイヤーに通していく。そうして、一通りの飾りつけが完了したかに思えたが、同僚が出来上がったアンブレラスカイを見上げながら言いだした。


「あれ? 思ったよりもしょぼいな」

「それ言っちゃ駄目でしょ。まぁでもそこら中曇天だし、暗さ的にほぼ夜みたいなもんだから」

「夜ね……。なら、ライトで照らせば何とかなるんじゃないか? ほら、この会場って定期的にライトアップしてたりするだろ?」

「あ、なるほど。 それだったら、確か倉庫へワイヤー取りに行ったとき、20台ぐらいいあったはず……」


 私はそう呟くと、周囲にいたスタッフへ協力を仰ぎながら倉庫の方へ走っていく。そうして、ライトをアンブレラスカイに設置し終わり、スイッチをオンにしてみる。すると、思った通りに光り始めた。


「ふぅ……これで大丈夫でしょ」

「お疲れ。後は開場を待つだけだな」

「ですね。これで客足が伸びれば良いんですが……」

 

 時刻は15時。電車の運転が思ったよりも早めに再開されたおかげで、会場にはぼちぼちお客さんが入って来た。当初の予定にはなかったアンブレラスカイを見て、来場したお客さんは皆、驚いた表情を浮かべているのが見える。休憩時間にスマホを見てみたら、この会場の写真がSNSにアップされていた。そこから評判になったのか、現在、当日券は予想の倍以上の売り上げを記録している。

 そして、開場から2時間が経過したころになると、七夕フェスティバルも盛り上がってきていた。笹にはたくさんの短冊がぶら下げられ、屋台にも多くの行列ができている。これもアンブレラスカイの効果だろう。上手くいったなと笑みを浮かべる。すると、やけに会場の入り口に人だかりができていることに気づいた。


「何だろうね」

「ちょっと様子見に行ってみるか」


 受付で当日券を配布していた私と先輩は後をスタッフに任せて、外の方へ向かう。自動ドアを抜けて、外に出てみたら傘が夕日に照らされて輝いていた。雨は完全に上がったらしく、傘に付いた雨粒が夕日の光で反射して、更に光が増している。


「凄いな」

「まるで天の川みたいですね」

「人工だけどな」

「一言余計だっての」

 

 私は遅れてやってきた同僚の方に言い返しながら、改めてアンブレラスカイを見上げる。まさかここまでのものになるとは思ってなかったけど、良い反響を貰えたから良かった~。

 会場に続く道を見てみたら、SNSの評判を耳にしたのか続々とお客さんがやってきている。


「さて、そろそろ戻らないと受付がパンクしそうだ」

「まだまだ祭りは始まったばっかだからな。気合い入れていくぞ」

「そうですね!」


 最後にもう1度天の川を見つめてから、再び会場の方へ戻るのだった。

 

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