大図書館の司書

 ここは世界中の本が所蔵されている大図書館。日々、世界各地から様々な人々がここを訪れている。私、イレイナはそこの代表者として司書をやっており、今は貸し出しの手続きをしていた。


「貸し出しの本はこちらですね」

 

 私はお客様から預かった本を専用の機械に通す。すると、液晶画面に書籍名や著者、この本を借りるお客様の情報などが表示された。私は慣れたようにそれらを確認していく。


「はい、貸し出し手続きが終わりました。期限内に本の返却をお願いしますね」

「分かりました」


 お客様は私から本を受け取ると、満足そうに館内から出ていった。私はそれを見届けると、次のお客様の手続きに回る。

 そうして仕事をこなしていくと、いつの間にか時計の短針が六時を指していた。長時間座っていたため、腰やら肩が凝ってしまったようだ。それをマッサージするように上半身を左右に捻っていると、閉館の合図となる音楽が流れ始める。


「はい、本日もお疲れ様でした!」

「ありがとうございます。にしても、今日もお客さん多かったですね」

「休日だから仕方ないわよ」


 私は職員の一人にそう言うと、蔵書のチェックをするために、会議室を後にした。貸し出しカウンターに着くと、私は液晶画面を操作し始める。すると、会議室のある通路の方からバタバタと足音が聞こえた。何だろうかと思って私は音のする方に顔を向ける。

 すると、先ほど会話していた職員の子が慌てたようにこちらへやってくるのが見えた。

 

「こら、館内は走らないの!」

「す、すいません!」


 職員の子――ルクスは私が注意すると、走るのをやめて歩き始めた。私がそんなに慌ててどうしたのかと訊くと、ルクスは困惑した表情で話し始める。


「実は、今日返却された本を整理していたところ、その中の一冊に引っ掻いたような跡が見つかりまして」

「引っ掻いたような跡?」

「これです」


 ルクスは手に持っている本を私に見せてくれた。

 

 なるほど。見た感じ表紙だけがやられているようね。それなら取り換えれば済む話だし。

 

 私は一通り、本の中身を確認していく。表紙以外には特に問題ないようだ。

 

「これぐらいなら表紙だけ取り換えれば大丈夫よ。予備の表紙ってあるわよね?」

「あ、はい。それなら倉庫のほうに」

「分かったわ。表紙は私が取り換えておくから、あなたは先に戻っておいて」

「了解しました!」


 私はルクスにそう言うと、本を持って倉庫の方へと歩き出した。


 

 この図書館にはいくつか倉庫がある。本が破損したとき用に、予備の表紙や印刷用紙などがここに保管されているのだ。

 私はマスターキーで倉庫の鍵を開けると、 中に入っていく。電気をつけてから、目的の表紙が保管されているブースに向かう。


「あ、あった」


 私は表紙の入ったダンボールを見つけると、開封して表紙を一枚取り出す。引っ掻かいた跡のついた表紙を外して、新しいものに取り換えていく。

 

 引っ掻いた跡なんてよくあるし、不注意で引っ掻いちゃったか単なるいたずらでしょ。

 

 私は引っ掻き傷ができた理由を考えながら、他にもあった不良品の取り換え作業していく。


「これでよし」


 私はきちんと取り換えが完了したのを確認すると、倉庫を後にした。

 

 ◇◆◇◆


 引っ掻き傷の件から一カ月。またしても、ルクスが私の元へやってきた。

 

 今月で何回目よ……。

 

 私はまたかと思いながら、ルクスに声をかける。


「また例の引っ搔き傷?」

「あ、そうです」

「全く……そろそろいたずらじゃ片づけられなくなってきてるわね。こうなったら犯人を探し出してやりましょう」

「ですね。僕も協力します」


 善は急げだ。これ以上被害が増えないようにも、私はさっそく貸し出し履歴を漁る。引っ掻き傷のあった本は全部で七冊。その七冊の本の履歴を調べれば、誰が引っ掻き傷をつけたのか特定できるはずだ。

 順番に履歴を見ていくこと数十分。


「みーつけた」


 該当する名前を発見した私は、その人が何時ごろに本を借りているかを確認する。

 

 時間帯的には、夕方が多いかな。今の時間はっと……。

 

 館内に設置されているデジタル時計を見ると、十五時と表示されている。私は時計から再び液晶画面に視線を移すと、返却された本の入ったワゴンを押しているルクスを発見した。


「どうでした?」

「この分なら、今日中に片がつきそうね」

「本当ですか! それは良かった」

 

 ルクスは胸を撫でおろすと、そのまま本の整理するために本棚の方へと歩いていく。私はそれを見届けると、一旦カウンターを離れようと席を立つのだった。


 そして、迎えた夕方。私は再びカウンターに戻って貸し出し手続きの作業をしていた。すると、引っ掻いた跡が残っている本が返却ボックスに入っているのを見つける。私はすぐにカウンターから出て、返却した張本人を探し出すために走り出した。

 

 え、館内は走っちゃ駄目だって? 今は非常時だから、走っても大丈夫よ。

 

 少し辺りを見回すと、引っ掻き傷をつけた犯人は逃げようと図書館内を走っていた。ここの図書館では日々、さまざまなトラブルが発生している。それらの対処に当たるのも司書の仕事だ。私は長年鍛えた足を駆使して、後ろから犯人を追いかける。

 そして、曲がり角を曲がろうとした瞬間、何かと衝突したような音とルクスの驚く声がした。

 私はすぐさま、ルクスの方へと向かう。

 

「あ、イレイナさん! これは一体?」

「あ、ヤバい……」


 私が駆け付けると同時にルクスが声をかけてきた。ルクスの押していたワゴンの前には、小学生ぐらいの少年が地面に尻餅をついている。状況を把握した私はルクスに対してこう言った。

 

「この子が例の件の犯人よ」

「って、まだ子供じゃないですか!」

「とにかく、事情は会議室で聞くから。良いわね?」

「は、はい……」

 

 私は地面に座り込んでいる少年へ目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

 見たところ、目立った怪我もなさそうね。

 

 少年の状態を確認した私は、ルクスに通常業務へ戻るように伝える。それを済ませてから、私は少年と一緒に会議室へ向かった。


◇◆◇◆


 会議室に入って、空いている席に少年を座らせる。少年が着席するのを確認してから、私は彼と対面する形で椅子に腰かけた。

 

「それで、なんでこんなことしたの?」


 私はさっそく、引っ掻き傷の入った本を少年に見せる。彼はそれを見ると、顔を俯かせた。

 

 ……まあ、言いたくないか。でもこの傷、表紙のかなり奥まで入ってるのよね……。……ん?


「ねえ、もしかしてあなたペット飼ってるんじゃない?」

「え、あ、はい。猫を飼ってます」


 やっぱり。ってことはこの傷にも納得がいくわね。

 

 ようやく合点のいった私は、再度、少年に質問を投げかける。

 

「ということは、この本の傷は猫ちゃんがやったんじゃないかしら?」

「そ、そうです。僕が読み終わった本をソファの上に置いていたら、猫がおもちゃと勘違いして引っ掻いちゃったみたいで、それで……」

「引っ掻き傷ができたと。にしても、なんでそれを隠してたのよ?」


 私が疑問を口にすると、少年は再び顔を下げて黙ってしまった。返事を待ってみるが、なかなか口を開こうとしない。

 困り果てた私は、少年からどう聞き出そうか頭の中で考えていると、後ろから声がかかった。

 

「多分、それは言いづらかったからじゃないですか?」

「あ、ルクス」


 私がルクスの存在に気づくと同時に、少年がはっと顔を上げる。

 

 この様子じゃ図星ね。

 

 そう思いながら、私はルクスの分の椅子を用意する。

 

「本の整理が終わったので、入ろうと思ったんですけどタイミングが掴めなくて……」

「なるほどね。それで言いづらかったって?」


 ルクスは椅子に腰を下ろしながらそう言った。

 

 なかなか入って来なかった理由はそれか。

 

 私は話を戻すように、ルクスが言っていた言葉を訊き返す。


「ほら、誰しもやましいことをしたら隠したくなるときってあるじゃないですか。それと同じですよ」

「あー、そういうことね」


 つまり目の前の少年は、引っ掻き傷をつけたのが自分だと知られたくなかったから、敢えて何も言わずに返却ボックスへ返したのだ。

 

 まあ、これをやったのが猫だと分かって良かったけど。そうじゃなかったら、今頃本に傷をつけた代償としてアッパーを喰らわせてたわ。


 私の考えていることを何となく察したのか、ルクスが青い顔をしている。けど、本を傷つけるやつは誰であろうと許さない。私は本を守るために司書をやってるんだから。

 っと、今はそんなことどうでも良い。

 

「とにかく、何かやらかしたりしたら、すぐに報告すること。良い? 分かった?」

「は、はい」

「よし、それじゃあもう帰っていいわよ。あ、そうだ。本はきちんと猫の手の届かないところに仕舞いなさいよ」

「分かりました!」


 少年は勢いよく返事をすると、手の空いているルクスと一緒に会議室を出ていく。私はそれを見届けると、椅子を元に戻して同じく会議室を出ていった。

 

 こうして、再び平穏が訪れた大図書館。私は今日も図書館業務に追われながら一日を過ごすのだった。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る