献血車
「やっと終わった……」
私は
「ねえ、この後なんか用事あったりする?」
「んー、特にはないけど……。どうしたの?」
「いや、単に一緒に帰りたいなと思って」
私が後ろで腕を組みながらそう応えると、友人は授業で使った教材をリュックに仕舞いながら、良いよと返事をする。私はリュックを背負うと、友人が準備を終えるのを待つ。
「はい、お待たせ」
「それじゃあ行こっか」
友人が席を立って私にそう言うと、一緒に教室を出て校門へと歩き始めた。
◇◆◇◆
……帰ったらまずは今日出された課題を片づけないとな。それが終わったら思う存分ゲームやろっと!
私はそう思いながら、歩みを進める。すると、隣を歩いていた友人が何かを見つけたようで、私の肩をちょんちょんと叩いてきた。
「なんかあそこに人だかりができてない?」
「へ? あ、ホントだ」
友人の指さす方を見てみると、確かに人だかりができている。何だろうと思いながら遠巻きに眺めていると、友人が話し始めた。
「ねえ、ちょっと行ってみようよ!」
「えぇ……。 私、まだ課題残ってるんだけど……」
「そんなの後でやれば良いじゃん! ほら、行くよ」
「はいはい、分かりましたよー」
私は友人に手を引かれ、人だかりの方まで移動する。
……早く帰ってゲームしたいのに。
私は面倒くさそうな表情をしながら、渋々ついていく。すると、とある一台の車が視界に入る。
もう少し近づいてみると、それはよくある献血車だった。
何をそんなに集まっているのだろう、と首を傾げていると、とあるポスターが目に留まった。
「え、噓でしょ⁉」
「急にどしたの?」
「あ、あのポスターって私がやってるゲームのやつじゃん!」
「あ、確かに、よく梨花が布教してくるやつだ」
私は献血車の傍に飾られているポスターを凝視する。確かに自分のやっているゲームのキャラだ。しかし、献血車とコラボするなんてネットに書いてあっただろうか。私はすぐさまポケットからスマホを取り出し、検索する。すると、ネット記事に献血車とのコラボの詳細があがっていた。私は内心驚愕しつつも、その記事をタップして内容を確認していく。
「ま、マジか……」
「今度はどしたの?」
私がスマホ画面を凝視しながらボソッと呟くと、友人が呆れた表情をしながら訊いてきた。私は満面の笑みを浮かべながら、スマホ画面を友人の方に向ける。
「今、献血受けたらゲームのオリジナルグッズが貰えるんだって!」
「あー、そう」
「何、その反応は」
「さっきまでノリ気じゃなかったくせに」
友人がジト目でこちらを見ながら言ってくる。
この献血車に私を連れてきたのは誰だよ。というか、早くしないとグッズが売り切れちゃうじゃない。
「それとこれとは別だっての! ほら、早く行くよ!」
「はいはい」
私は、不満そうにしている友人の腕を掴むと行列の方に向かって走り出した。
既に献血車の周囲には大勢の人が並んでいる。私と友人は先を越されないように急いで最後尾に並んだ。重い荷物を持ちながら走ったせいで二人とも息が上がっている。私が息を整えていると、友人が何かを思い出したようで、「あっ!」と呟いた。私は思わず友人の方に顔を向ける。
「そういや、あんた注射大丈夫なの?」
「へ? ……ヤバい。注射嫌いなことすっかり忘れてた」
「馬鹿だね~」
「ど、どうしよう……!」
グッズが欲しいあまり、注射のことをすっかり忘れていた。私は幼いころから注射が嫌いで、インフルエンザの予防注射のときはいつも母に泣きついていたのだ。
けど、今更行列から抜けるのもな……。オリジナルグッズ欲しいし。
私が内心、葛藤していると、友人が肩を叩いて前の方を指さした。私もそれにつられて前を見る。すると、自分でも驚くぐらい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「なあー⁉ もう注射まで時間ないじゃん!」
「ほら~、早くしないと順番来ちゃうよ~」
嫌いな注射を受けてグッズを手に入れるか、注射から逃げてグッズを逃すか……。
私が迷っている間にも、前の人がスタッフに案内される。列の先頭に来てしまい、もう後がない。前の人の案内が済んだのか、スタッフが私たちの元へとやってくる。
「あのー、ご案内してもよろしいでしょうか?」
スタッフが眉を下げながら、控えめに言ってきた。
あ゛ー、もう! 待たせちゃってるじゃん!
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、頭をフル回転させる。
ここでグッズを逃したら後悔するのは自分だ。でも、痛いのは嫌だ……。
私が迷っていると、友人が痺れを切らしたように口を開いた。
「ほら、もう来ちゃったよ? 痛いのなんて一瞬だから大丈夫だって」
「あー、えっと……。受けます……‼」
切羽詰まった私は、勢いよく返事をする。ちらりと友人の方に視線をやると、彼女はやっとかという表情をしながら、息を吐いていた。
優柔不断な性格で申し訳ない。わが友よ……。
私が内心で謝罪の言葉を述べていると、スタッフが話し始めた。
「かしこまりました。それではご案内しますね」
友人は私が逃げないようにするためか、私の背中を押しながら、スタッフの後を歩いていく。
ここまで来たら、流石の私も逃げないっての……。
私たちは、諸々の検査を受け終わると、別のスタッフから献血車の方へと案内される。
中に案内された私たちは、献血を担当する男性医師と対面する。医師から席に座るように言われたので、私と友人は病院の診察室などでよく見る丸椅子に腰かけた。
「本日はよろしくお願います」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「それでは関口さんの方から献血しますので、このタオルの上に利き手とは反対の腕を乗せてください」
「わ、分かりました」
医師に言われた通り、私はタオルの上に左腕を乗せる。若干、緊張気味なのは仕方ないだろう。だって痛いの嫌なんだから。
私が腕を乗せたのを確認すると、医師はアルコール綿を袋から取り出して、注射部位を消毒していく。
このひんやりとした感覚がもう無理! これから注射始めますよの合図みたいで怖いんだよね……。
そんな私を友人は口元を抑えながら見ている。そんなに私の怖がる姿が見たいのか。
ジト目で友人の方を向いていると、医師は注射針を袋から出し終わったようで、血管の位置を確かめて打とうとしている。
それを見た私は思わず、身体を強張らせてしまう。
「はい、肩の力抜いてくださいよ。すぐ終わりますから」
医師はそう言うと、注射針を私の腕に刺し始めた。
早く終われ早く終われ早く終われ……!
私は打ち終わるまでの瞬間、目を瞑りながら心の中でそう念じる。
「あれ? 上手く取れない。血管の位置が違ったか、角度がおかしかったかな。すいませんが、もう一度やらせてください」
「はい⁉」
「ぷっ……」
医師がそう言うので、私は思わず、半分キレたような声を出してしまった。私の後ろ隣で聞いていた友人は吹き出してしまっている。
誰だよ。すぐ終わるって言ったやつは……!
私は怒りを覚えながら友人の方を振り向く。私の表情を見た友人はごめんごめんと言いながらも、お腹を抱えて笑っている。後でシバいてやるから覚えてろよ。
「じっとしててくださいよ。次で終わらしますので」
「は、はい……」
医師は一旦抜いた注射針をごみ箱に捨ててから、新しい注射針にセットし直す。
再び悪夢の時間が訪れた私は顔を強張らせて、献血が終わるのを待つ。
「はい。終わりましたよ」
「はぁ……。ありがとうございました」
私は医師にお礼を言うと、席を立って献血車の出口に向かう。友人出てくるのを待っていると、五分もしないうちにやってきた。私たちはそのまま受付のあるテントの方に足を進めるのだった。
そして、献血が無事終了し、その帰り道。
「いや~、お疲れ様」
「ホント散々だったよ……。誰かさんが一瞬で終わるっていうから受けたのに」
「ごめんって! いや、まさか打ち直すことになるとは思ってなかったんだもん」
「ま、良いけどね」
友人が両手を合わせて、謝罪と言い訳を話しているのをよそ目に、私は献血参加者に贈られるゲームのキーホルダーを手に取って眺める。
注射はこれからも嫌いだし、自分から行くなんてこと絶対ないだろうけど、グッズがゲットできたし良いかな。
私は満足そうな笑みを浮かべながら、自宅への道を歩くのだった。
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