10月31日

 十月三十一日。私、白川しらかわほのかはスクランブル交差点を歩いていた。断じて渋谷で行われるハロウィンを楽しみに来たわけではない。通学のために来ているのだ。

 今日はハロウィンということもあってか、いつもより三倍の人が来ていた。朝から大盛りあがりの人たちを見て、私はうんざりして思わず顔をしかめてしまう。そんな中をしばらく歩いて、比較的人通りのない道に出ると学校が見えた。

 

 ――やっとついた。


 そう安堵していると、後ろから声がかかる。


「やっほー、ほのか! 今日はいつにもまして人が多いね。 そっちは大丈夫だった?」

「大丈夫なわけないでしょ……。私がハロウィン苦手なの知ってるくせに、分かりきったこと言わないで」

「あー、ごめんごめん。 私が悪かったから機嫌直してよ」

「はいはい」


 そう謝るのは、小学生の頃からの幼馴染の西矢にしやまり。私がハロウィン嫌いなことを知ってか、わざとそんなことを言ってくるまりに、気怠げに返事をする。

 私は何もこういったイベントごとが嫌いというわけではない。体育祭や文化祭、クリスマスなどと言った行事は好きで、むしろ一番誰よりも楽しんでるタイプの人間だ。けど、ハロウィンとなるとそうはいかないのである。

 ここで少し昔の話をするとしよう。



◇◆◇◆


 

 私が小学二年生だった頃、その日はちょうどハロウィンだった。私は昔から甘いお菓子が大好きで、毎日のように学校から帰ってはお菓子を頬張っていた。

 あ、虫歯は今までに一度もできたことがないので、そこは安心してほしい。まぁそれはともかく。

 学校が終わると、私はいつも以上にダッシュで家へと向かった。今日はお母さんがハロウィンだからと、手作りクッキーを作って待っているのだ。

 

「お母さん、ただいまー!」

 

 私は、わくわくしながら玄関の扉を開けてそう言った。早くお菓子にありつきたいと思い、速攻で手を洗ってうがいをする。

それらが終わるとすぐにテーブルに座って、クッキーが出てくるのを待った。

 しかし、まだかなまだかな~と待っているのに、一向にクッキーが運ばれてくる気配がない。

 

「お母さーん! クッキーまだー?」

 

 どうしたのだろうと、私はお母さんに声をかけた。すると、お母さんがキッチンからこっちに向かってくる。けど、その表情は浮かないものだった。

 

「ほのか……。ごめんなさい」

「え……? 急にどうしたのお母さん」

 

 突然の謝罪に驚く私。どうしたのか訪ねてみると、お母さんはこう答えた。


「ほのかが帰ってくる少し前に、ハロウィンの仮装をした子供たちがたくさん家に来てね。『トリックオアトリート!お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』って言われたんだけど、家にあるお菓子をあげても人数分が足りなかったのよ。そうしたら、子供の一人が泣き出しちゃって。思わず手作りクッキーを渡してしまったの。本当にごめんなさい」 


 それを聞いた瞬間、まだ幼かった私は子供ながらにお母さんに気を使わせないよう、笑顔で大丈夫だよ! と言った。その場はそう取り繕った私だが、少しして自分の部屋に戻ると涙が溢れてしまった。なんで顔も知らない子たちに家のお菓子を奪われなきゃいけないの? そう思った私はかれこれ一時間は泣いていた。

 その時からだ。私がハロウィンを嫌いになったのは。




◇◆◇◆



 今日は午前中授業だったので、早く学校が終わった。あまり遅くなると変な輩に絡まれるだろうと学校側が配慮してくれたらしい。早く帰ろうと通学路を歩いていると、行きに通った時よりも人が更に増えていた。


――仕方ないとは思うけど、流石に多すぎでしょ。ハロウィンの何が楽しいんだか。


 内心ボヤきながら、私は早くこの場から離れようと歩く速度を上げる。

 それから歩き続けること五分。やっと騒がしい表通りを抜けることができた。


「はぁ……。疲れる」


 早歩きをしていたからか、前傾姿勢になってしまっていたようだ。俯いていた顔を前を上げると、何やら雰囲気の良さげなお店が視界に入った。さっきまで騒がしい表通りを歩いて来たからか、休憩がてら寄ってみようと、さっそくお店の中に入ってみる。


「いらっしゃいませ~」


 来店してきた私に向かって発せられた声を聞き流しながら、店内を見渡す。

 すると、ちょっとしたアクセサリーや小物などが置いてあった。どうやらここは雑貨屋のようで、この店もハロウィン仕様に品物や店内が飾られている。

 またハロウィンかと呆れかえっていたとき、あるものが目に入った。


『店内の商品を五千円以上お買い上げのお客様には、当店特製のハロウィンクッキーをプレゼント!数量限定なのでお早めに!』


――おお! これは是非ともゲットせねば!


 甘いもの好きな私がやらずしてどうする⁉️ とやる気スイッチが入った私は、店内を周り始める。まだ時刻はお昼なので、人はそう多くない。

 今ならいける! そう思った私は、片っ端から自分の欲しいものや使えそうなものを買い物かごへと入れていく。このお店の商品は思ったよりも値段が安い。そうなると、自然と品物の数も増えていった。

 その結果、私は十三品の商品を買うことになり、ハロウィンクッキーを無事に手に入れることができた。


 ――これは配慮してくれた学校に感謝だな。


 小学二年生の頃の恨みは消えたわけではないが、少しだけハロウィンは楽しいものだと感じることが出来た。私は店員から商品の入った袋を受け取ると、満面の笑みで店を後にしたのだった。


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