夜間タクシー
八月十六日。夜間タクシーの運転手である俺こと
車内は乗ってくるお客さんのために冷房を効かせてはいるが、いかんせん自分は長袖を着ているからか、いつもよりも暑いなと感じる。
──夏場に長袖の着用を要求してくるタクシー会社に文句を言いたいところだけど、四六時中車内に入れるだけまだマシか。
そう考えていると、二時五十三分に無線が入ってきた。
『〇〇駅前のタクシー乗り場に向かってください』
俺は無線から流れてくる声に応えながら、次のお客さんのいる場所へと車を走らせる。
タクシー乗り場に来ると、髪の長い色白の女性が待っていた。ひとまず車内から降りて、お客さんを乗せるために後部座席の扉を開ける。
「ありがとうございます」
女性はボソボソと低い声でお礼を言って座席へと座った。
その様子を見届けると俺は運転席へと戻り、女性に目的地を聞く。
「都内の〇〇霊園までお願いします」
そう言った女性に俺は一瞬、なんでだろうと驚いた表情を浮かべてしまう。
女性が言った霊園は山奥にあり、今日の営業は終了しているはずだった。
俺は内心、こんな時間に閉園した霊園に何の用だと思ってしまう。どうしてそんなところに行きたいのか聞いてみたかったが、お客さんに失礼だと思い直し、目的地へと車を走らせた。
数十分後、タクシーは霊園に続く山道に入った。すると、沈黙が広がっていた車内に突然呻き声が響く。
野生動物の声かと最初は思ったが、よくよく聞いてみるとそれは後部座席に座っている女性から聞こえていた。
車のルームミラー越しに女性を様子見てみると、色白だった肌が青白く変色している。
それはまるで幽霊を思わせるかのようだった。声をかけようかと思ったが、下手に触れてしまえばどうなるか分からない恐怖から声を出せない。加えて、山道に入ってからやけに車内が寒くなったように感じる。
今は深夜だが、最近は夜でも暑い日が続いているので、これは流石におかしいと思いつつ、車を走らせた。
霊園に近づくにつれてどんどん悪化していき、車内の温度は真冬のような寒さになっていく。呻き声も同様に大きくなって、寒さと大きい音のダブルコンボを喰らった俺は頭痛に襲われていた。
早くこの女性を車内から降ろしたい一心で霊園へと向かう。
そして十数分後、なんとか目的地に着いたので、後部座席にいる彼女に向かって声をかける。
しかし、数秒待っても返事がない。どうしたのだろうと後ろを振り向くも、そこに女性の姿はなかった。
驚きのあまり、声が出なくなった俺はすぐさま、タクシー会社へと無線をつなげて今まで起こったことを話す。
だが、二時五十三分にこの車内に無線を入れたという履歴は残っていなかった。
気づくと朝日が顔を出していて、うっそうとした霊園にも光が入ってくる。
一応今日の仕事はこれで終わりなので、俺は再びタクシーを走らせ会社へと戻るのだった。
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