クレエの窓

桜が散り、青々とした緑の葉が色づき始めた頃。作家である僕はいつものように、街中の一角にひっそりと建つカフェへと入る。そのカフェの名は喫茶「クレエの巣」。名前の通りそのカフェは作家や絵描き、漫画家など創作をする人たちの溜まり場だ。その内部の一角には「クレエの窓」という大きな窓から外の景色を一望できる空間があった。そこは創作に行き詰まった人がインスピレーションを湧かせる為に作られた場所で、私はいつもそこに座って執筆作業をしている。

 今日は原稿の締切に追われていた。期限が一週間後なので、それまでに中編小説を書ききらないといけない。何か良いアイデアが思い浮かばないものかと思いつつ、外の景色を見ていると、気づけば夕方になっていた。窓の外に目をやると、道路を挟んだ向かい側の公園で四人の小学生が遊具で遊んでいた。いつも決まった時間に姿を見るので、学校帰りなのだろう。筆を動かしながら、この店のおすすめであるコーヒーを片手に微笑ましい光景を見るのもまた良いものだと感じた。

そして翌日。ギリギリ原稿を出し終わり、またいつもの席で自分へのご褒美としてケーキを食べていた。仕事終わりに甘いものを食べるのは最高だと思いながら作家仲間と談笑をしていると、窓の外には昨日と同様、小学生たちが遊んでいる光景が見えた。そして、その傍には若い男性がいた。僕には見覚えがないので情報通の作家仲間に聞いてみると、「あの兄ちゃんはここ最近公園に来るようになって、小学生たちと一緒に遊んでいるらしく、子供たちの間ではちょっとした噂になってる」

と返された。しかし、風貌は良い人のそうに見えたので特に気に留めず、最後に取って置いた苺を食べ終えてその日は店を出た。

それから1週間経った頃、僕の元に新しい原稿依頼が来たため、アイデアを探すために「クレエの巣」を訪れていた。その日は夕方になっても良いネタが思い浮かばず、ぼーっと窓の外を見ていた。すると、いつもは四人いた小学生が一人減っていた。家の用事か何かで先に家に帰ったのだろうかと、頬杖をつきながら回らない頭で考えていると、情報通の作家仲間が話しかけてきた。

「今度はどうした?」

そいつは、いつも何かしらどうでもいいような情報を持ってくるので、半分呆れながらそう返す。

「今日のニュース見たか?」

僕は最近原稿で手一杯だったせいでテレビを見る余裕すらなかった。それにニュースと言っても、特段珍しいものを流しているわけでもないだろうと思いつつ、僕は見てないと答えた。

「見てないのかよ!?」

「見てなかったら何かおかしいのか?」

「別におかしくはないが、今日、あの公園で遊んでた小学生の一人が遺体で発見されたんだよ。誘拐だとさ」

そいつの話した内容に戸惑いつつも、僕は当然の疑問をぶつける。

「犯人は?」

「あの、若い兄ちゃんだよ」

それを聞いた途端、なるほどなと妙に納得してしまった。しかし、それと同時に何故気づいてあげられなかったんだろうという後悔の念が頭の中を駆け巡っていった。小説を読んだり、書いていたらある程度の予測はつくのだ。あの時、少しでも怪しいと感じてさえすれば、事件は起こらなかったのかもしれない。でも、例えそう思っていたとしても、行動には移せていなかっただろう。いくら子供であろうと赤の他人にそこまでする義理はないし、自分はそのような立派な正義感は持ち合わせていない。そう妙に冷えた頭で考えながら僕はつらつらと筆を走らせた。

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