短編集
桜月零歌
幽現界の番人
幽現界───それはこの世とあの世の間に存在する世界。あの世に行くための準備期間必ずしもという訳ではないが、死んだ人は最低でも死後、四十九日間はそこに留まらなければならない。そして、その四十九日間を心置きなく過ごせるようにと、サポートセンターが幽現界には存在している。
そこで働く一人の職員には【番人】という役割を与えられていた。【番人】の役割は幽現界に入ってくる者を招くか否かを判別し、この世界で生活に当たっての規則を説明することだった。
これはそんな【番人】の日常を描いた物語である。
「それでは幽現界での生活をお楽しみください」
【番人】は説明の最後に、礼儀正しくお決まりの常套句をここにやってくる【お客様】に向けて言い、幽現界への扉を開いた。
憂鬱そうにその扉の向こうへ進んでいく【お客様】を見送ったら、一通りの仕事はおしまいだ。日々、絶え間なくやってくる【お客様】に対して誠実に対応しなければならないので、この仕事に基本休みという休みはない。そんな過酷な状況の中、働いていれば誰だって逃げ出したくなるし、実際これまで【番人】の役割から逃げ出した者は数え切れないぐらいいた。しかし、この【番人】は飽きもせずに黙々と働いていた。
いつものように営業スマイルを貫きながら、いつでも【お客様】へ対応できるようにと心掛けていた。しかし次の瞬間、そのスマイルは僅かながらに揺らいでしまう。
「あの~、すいません」
そう聞いてきた男は至って普通のなりをした者だったが、【番人】は明らかに他の【お客様】とは違う気配を感じた。
「はい。なんでしょうか?」
取り敢えず、向こうから声をかけてきたので応えることにする。
「ここってどこですか?」
そう男は【番人】に向かって聞いてきた。この世界に始めてきた【お客様】は誰だって最初は戸惑うので、第一声がこのようになることは稀ではない。なので、この世界を軽く説明する。
「俺、死んじゃったんですか!?」
それを聞いた男は驚きの声を漏らした。まぁ、これも良くあることなので、冷静に対処しつつ、死んだ者が順番に記録される本を取り出した。そしてペラペラと該当するであろうページを開いく。しかし、何も載っておらず、白紙のままだ。とにかく、事情を聞かないことには話は進まないと判断した【番人】は、男からここに来るまでのことを聞いてみることに。一通り話を聞き終わると、【番人】は即座に結論を男に話す。
「あ、これは幽体離脱ですね」
それを聞いた瞬間、男はまたもや驚きの声を上げた。しかし、【番人】はかれこれ数百年はここで役目を果たしているので、対して驚くこともない。時折、こういう場面に遭遇するからだ。幽現界というものはあの世とこの世の間に存在している。それ故にこの場所は不安定な存在。だから、生きた人間が迷い込むことも不思議ではなく、そうと分かれば対処するのは簡単だった。
【番人】は男に手続きの書類を渡し、サインを求める。そして、すぐさま男を現世行きの扉へと帰した。変に長時間滞在されては幽現界の噂がこの世に広まってしまう可能性があるので、こういう時は迅速な対応が求められる。そういう時のためにも【番人】という存在は欠かせないのだ。
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