第45話
結香と子供たちについて話してから数週間が経った日曜日。俺は今日もソファに座り、のんびりとテレビを観ていた。そこへ結香がやってくる。
「ねぇ、亮ちゃん。ダイニングと廊下を繋ぐ引き戸なんだけど、また上手く閉まらなくなってきてて……」
「そっかぁ……この家も古いからなぁ…………そろそろ新しい家でも建てるか?」
「え……!?」
「俺、1人っ子だったし、部屋の数だって今のままじゃ足りないだろ? どうせ、子供達は自分の部屋が欲しい! ってなるんだから」
「そりゃ、なると思うけど……良いの?」
「うん。ただ金があればだけど……」
「あるある! その日の為に若い頃から働いて、貯めてきたんだから!」
「ふふ、流石だな。じゃあ少しずつ、話を進めていこうか」
「うん!」
──こうして俺達は家を建てる準備を始める。少しずつとは言ったけど、話はドンドンと進み、間取りを決定する前まであっという間だった。もしかしたら結香は俺や両親に遠慮して、計画は立てていたものの切り出せなかったのかもしれない。
「亮ちゃん、間取りの説明をするから聞いててね」
「うん」
俺達はいま、ダイニングの椅子に座り二人で間取りの確認をしている。その間取りには何となく見覚えがあって……ゲームに似ている事に気付いた!
「ってことは、ここは三人目の部屋?」
「……ばかぁ。そんな訳ないじゃない。ここは亮ちゃん。あなたの部屋だよ」
「え?」
「欲しいんでしょ?」
「そりゃ……欲しいけど、良いのか?」
「良いに決まってるじゃない。亮ちゃんだって一生懸命、働いてくれているんだから、その権利は十分にあるよ!」
それを聞いた俺は直ぐに立ち上がり、嬉しさのあまり後ろから結香を抱き締める。
「ありがとう!」
「ちょ、ちょっとぉ……離れて頂戴!」
「はいはい、分かったよ」
俺はすんなりと結香から離れ、自分が座っていた所に戻る。何故なら、運命の赤い糸が繋がった事で、結香も嬉しいと思ってくれている事が分かったからだ。
「結香」
「ん?」
「この家はきっと俺達の理想通りの家になると思うよ」
「うん、そうだね! なんせ高校の時から考えていた家だもんね!」
※※※
──それから十数年の月日が流れる。家の方は無事に完成していて、俺達は何の揉め事もなく平和に暮らしていた。
「亮ちゃん、夕飯を作るから手伝って貰って良いですか?」
「あぁ、良いよ」
俺はダイニングで携帯を見ながらくつろいでいたが、結香に頼まれて席を立つ。そして結香の居る台所へと向かった──。
「何をすればいいの?」
「ニンジンを乱切りして鍋に入れて」
「了解」
俺はニンジンを袋から取り出すと、水洗いしてから切り始める──。
「なぁ、結香」
「ん?」
「さっきふと思ったんだけど……最近、敬語が混じるのはなんでなんだ?」
「あ~……それはね、なんて言ったら良いんだろ? 若い頃は親しい気持ちに近かったんだけど、こうして手伝って貰えるようになってきて、その気持ちが感謝? 尊敬? に変わってきて、敬語を使いたくなってきたの」
「そういう事だったのか、てっきり愛想を尽かされてしまったのかと心配してしまったよ」
「ふふ……」
結香は微笑むと、玉ねぎを炒めている手を止めて、チラッと俺の方に小指を見せてくる。
「こうやって繋がっているだから、そんな事ないって分かっているくせに、何言っちゃってるんですか?」
「それでも心配になる時はなるだろ?」
「確かに」
「そっかぁ……だったら俺も敬語を使った方が良いかな? 結香には感謝してるし」
「……無理して合わせなくても良いんじゃない? ──それに私的にはそのままでいて欲しいかな」
「何で?」
「え……何でって……いつまでも憧れの存在で居て欲しいからよ」
「! お、おぅ……それなら今まで通りで過ごすか」
結香は照れくさい様で俺の方に顔を向けずに黙々と料理をしている。俺も顔が熱くなるのを感じるぐらい恥ずかしくて、黙ってニンジンを切っていく──。
「ちょっと、亮ちゃん。切ってとはお願いしたけど、全部切っちゃうつもり?」
「あぁ……悪い」
「ふふ……まったくもう……」
結香が優しくそう言ったところで、アーちゃんが俺達の方を見て、立ち止まる。眉をひそめるながら何か言いたそうな顔をしていたので「どうした? 御腹が空いたのか? 御飯はまだだぞ」と話しかけた。
「そうじゃないよ、お母さん達がイチャイチャしてたのが気になっただけ!」
「別にイチャイチャなんてしてないぞ? 普通に料理を作っていただけだ」
「娘の私からはそう見えたの! まったく……いつもいつも私達の前でイチャイチャして……お母さん達ってさ、幼馴染だったんでしょ? 昔から運命の赤い糸で繋がってたんじゃないの?」
娘にそう言われて俺は驚き、結香の方に顔を向ける。結香も驚いた様で俺の方に顔を向けていた。そして二人同時に微笑む。
「なによぉ……二人同時に笑顔になって」
「ふ、ふ、ふ、とうとう気付かれてしまったか。そうなのだよ、俺達は運命の赤い糸で結ばれているのだよ!」
俺はふざけながらそう言って、アーちゃんの方に手の甲を向けて見せる。チラッと結香の方に視線を向けたが、さすがに結香は乗ってはくれなかった。
「はッ!? 何言っちゃってるの!? そういう恥ずかしいから、やめてよね!!」
アーちゃんは俺に向かって言いたい事だけ言って、居間の方へと歩いて行った。何だかツンツンしている所が昔の結香を見ている様で、怒られているのに悪い気はしなかった。いや、むしろ……。
「亮ちゃん。亮ちゃんの性格から、からかいたくなる気持ちは分かるけど、程々にしてあげてくださいね、お年頃なんだから」
「はいはい、分かったよ」
「本当に分かってる? あまりしつこい事すると、嫌われるよ」
「うッ……それはヤダ」
「だったら、大人しく私だけにしておきなさい」
「え……?」
結香の意味深な言葉に、何か返そうかと思ったけど、ダイニングの方から冷たい視線を感じて、口を閉じる。結香も視線を感じ取った様で気まずそうに黙っていた。
「──亮ちゃん、続きは後でしようね」
「お、おぅ」
──この日、子供たちが寝静まったのを見計らい、俺達は久しぶりに夜の会話を楽しむのであった。
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