第44話
それから更に年月が過ぎる──仕事の方は順調で、清水さんとは指示を出す時にサラッとコミュニケーションを取るぐらいで、後はそんなに関わることは無くなっていた。
ほんの一瞬とはいえ、清水さんに気持ちを許すような事にならない様に、結香のことをきちんと意識して、清水さんは友達ではなく、仕事の仲間と割り切る事で上手く線引きが出来た証拠なのかもしれない。
今日は休日。俺はソファに座り、のんびりとテレビを観ていた。そこへ結香が近づいて来て、別段、寒くも無いのに、服が擦れるぐらい近くに座った。
「ねぇねぇ、亮ちゃん。私が買ってあげたライトノベルあったじゃない?」
「結香が買ってくれたライトノベル?」
俺はテレビに夢中になり、それが何なのか直ぐに思い出せなかった。あ……それじゃ駄目だ。結香と話し合いをしたとき、結香は話している時ぐらい、なるべく私に集中してといっていた。いま思えば可愛い注文だ。
俺はテレビを消して、結香の方に顔を向ける。そして「……あぁ、高校の時に俺を部屋に閉じ込めて渡してくれたやつか」と思い出しことを口にした。結香は思った通り、顔を真っ赤にさせる。
「あれは、亮ちゃんが私のタオルをクンクンしたからでしょ!」
「結香だって、最終的にはしてただろ?」
「それは、そうだけど……あぁ、もう! 余計なことまで思い出さなくていい!」
「イヒヒヒヒ」
「いやらしい笑い方ね、まったく……それよりそのライトノベルだけど、続編が出るらしいよ」
「へぇー、じゃあ発売されたら買ってみるか?」
「そうね、気になる」
話が途切れた所で、長女のアーちゃんがジーっとこちらを見ているのに気付く。絵本を持っているし、読んで欲しいのかな?
「どうしたの、アーちゃん。読んで欲しいのかい?」と、俺が声を掛けると、アーちゃんは首を横に振る。
「違うよ」
「じゃあ、パパとママに用事があるの?」
「うぅん、そうじゃない。ただ見てただけ~」
アーちゃんはそれだけ言うと、ダイニングの方へと歩いて行った。
「……見てただけって、何を見てたんだろうね?」
「さぁ?」
俺は深くは考えず、テレビを点ける。結香もテレビを観ようとしている様で、座ったまま動かなかった──テレビを観続けていると、ふとアーちゃんのさっきの行動が気になった俺は、思った事を結香に話そうと口を開く。
「──子供ってさ、たまに何もないところを指差したり、ジッと見つめたりするって言うじゃん?」
「うん、聞いたことあるね」
「さっきのあれかな?」
「さぁ……どうだろ?」
「仮にそうだったとして、何が見えているんだろ? 幽霊とか?」
「やめてよ」
「じゃあ……」
他のものと考えた時、真っ先に思い浮かんだのを口にしようと結香の方に顔を向ける。すると結香も俺に何か伝えたかったようで、顔を見合わせる結果となった。そして出て来た言葉が……。
「運命の赤い糸!」
二人同時に同じことを言うもんだから、俺達は笑顔を交わし声を出して笑う。これぞ夫婦! って感じで楽しい気持ちが込み上げてくる。
「だったら、どうする?」と、俺が結香に聞くと、結香は照れ臭そうに頬を掻く。
「どうするって……それが本当なら、ちょっと困っちゃうかな?」
「そうだよなぁ……照れ臭いよな」
「うんうん」
というのも、結香が俺に近づいてくる時、結香の赤い糸がルンルンで動いていたのは知っていたし、それを知っていた俺はさっきからずっと赤い糸を繋げながら、会話をしていたのだ。
ここだけに限った話ではなく、俺達は子供達には見えないからと、堂々と運命の赤い糸で手を繋ぐことはある。特に話し合いをしてから、その回数は増えてきた。
圭介たちの様に後から見えてました~って言われることだって十分に考えられる。だったらここで──。
「アーちゃんに聞いてみる?」
「あー……うん。試しに聞いてみようか」
「よし。じゃあ早速、聞いてみよう」
俺達はソファから立ち上がると、ダイニングで椅子に座りながら本を読んでいるアーちゃんの所へと向かう──二人でアーちゃんの横に立つと、アーちゃんは読みかけの絵本をテーブルに置き、不思議そうにこちらを見上げた。
「パパ、ママ。どうしたの?」
結香はそこで口を開かず、俺の腕を肘で突いてくる。きっと照れ臭いからと俺に任せようとしているのだろう。だったら仕方ない。
「アーちゃん、ちょっと良いかな?」
「うん」
「アーちゃんは、パパとママの小指の間に何か見える?」
俺はそう言って、アーちゃんが分かりやすい様に小指を見せる。チラッと結香に視線を向けると、結香も同じ様に小指を立てていた。もちろん、恥ずかしいけど運命の赤い糸は繋がった状態だ。
「パパとママの小指の間ぁ? 何にも見えないけど何かあるの?」
逆に聞かれてしまい焦った俺は結香と顔を見合わせた後「いやぁ……何も無いよ。アーちゃんがさっき俺達の方を見ていたから、何かあるのかと思って聞いただけ」
「あぁ。それはママたち、寒い時も暑い時も、いつも一緒で仲良しさんだなって思っただけ」
「!!!!」
運命の赤い糸が見えていなかったとはいえ、子供にそう言われ、顔から火が出るほど恥ずかしい。
「あはは……そうだったんだね」とだけ俺は残し、俺達は平静を装いながら逃げる様にその場を離れ、リビングへと移動する。
「……あ~、ビックリした。あんな風に思われていたんだね」
「ほんとビックリ……これから、どうする?」
「どうするって……どうもしなくて良いだろ。今まで通りで良いんじゃね?」
「だ、だよね」
俺達はとりあえず「ふー……」と息を整え、ソファに座る。
「──あの子達が大きくなったら、ちょっと目の前でイチャイチャしないでよ! とか言われちゃうのかな……?」
「あぁ……思春期になったら、有り得るかもね」
「そっかぁ……」
「そんな寂しそうにしなくても良いんじゃないか? 俺達には運命の赤い糸があるんだし」
「……そうね」
結香はそう返事をしたけど、何だか物足りなさそうな表情を浮かべている。俺はスッと手を伸ばし、恋人繋ぎになる様に結香の指の隙間に自分の指を入れてキュッと結香の手を握った。
「じゃあ……子供たちがそうなる前に、こうやって楽しもうか」
「ちょっとぉ、またアーちゃんがこっちに来たらどうするの?」
「その時はその時だ」
「……もう、すぐ調子に乗るんだから」
結香はそう言いつつも、俺の手を振り解く所か満足そうな笑顔を浮かべている。まったく、いつもの通り素直じゃない可愛い奴だ。
「──ねぇ、亮ちゃん」
「なに?」
「もし子供たちが大きくなって、恋愛をするようになったら、亮ちゃんはあの神社の事を教える?」
「教えないかな」
「あら、即答ね。なんで?」
「だってさ、楽しみを奪ったら可哀想だし、見える様になりたいか決めるのは、俺達じゃなくて子供達だろ?」
「……うん、そうだね」
「まぁ……もし悩んでいる様だったら、ソッとヒントを与える事はあるかもね」
「あぁ、私もそうするかも!」
──こうして俺達は子供たちの未来を予想しながら、今日一日、楽しい時を過ごした。
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