第42話

 家に帰ると何故か部屋の電気が点いていて、いつも子供と一緒に寝ている結香がダイニングにある椅子に座って、携帯を触っていた。


「結香、どうしたんだ?」

「別に……洗濯物を回してから寝ようかと思って待ってただけ」

「あぁ、そうか。ごめん」

「……それで? どうだったの?」

「どうだったって?」

「圭介君との飲み会……楽しかった?」

「あぁ、楽しかったよ。ありがとう」

「そう……早くお風呂に入っちゃってね。その後に洗濯するから」

「分かった。そうする」


 俺が返事をすると結香はリビングに行こうと思ったのか、スッと立ち上がる。


「あ、結香」

「なに?」

「今日はあれだからさ……明日の夜、子供たちが寝た後に少し話がしたいんだけど良いかな?」

「話? ……長くならないなら別に良いけど」

「それは分からないけど、なるべくそうなるようにする」

「分かった」


 ※※※


 次の日の夜。寝る準備を済ませて俺は、ダイニングで座りながら結香が来るのを待っていた。ダイニングは凄く静かで、カチ……カチ……と時計の音だけが響いている状態だ。


 別に結香と話し合うのは初めてではないし、緊張する様な話をするつもりは無いのに、手に汗が滲むほど凄くドキドキしている。恋愛のようなドキドキではなく、何だかこの話し合いで悪い方向に進んでしまうのではないかと、不安に感じている時の様な嫌なドキドキだ。


 気晴らしにテレビでも点けようかと、テーブルの上にあるチャンネルに手を伸ばしたところで、ダイニングと廊下を繋ぐドアがガラガラ……と、開く。そして浮かない表情をした結香が入って来た。


「お待たせ。子供たち、寝たよ」

「ありがとう」


 結香は俺の正面に座ったが、目を合わせずに「それで……話って何?」


「大した話じゃないんだけど……ここ最近、話をする事が少なくなって来たし、その……赤い糸も繋がらなくなって来たじゃないか。だから、結香は俺に不満を持っているのかと思って……」


 それを聞いた結香は鼻から息を吸い込み、イライラを落ち着かせるかのように鼻から吐き出す。


「ハッキリ言うけど、不満はあるよ。でもさ、それを亮ちゃんに言ったところで亮ちゃんは忙しいでしょ?」

「それは……そうだけど……」

「じゃあこの話は終わりにしない? これ以上、聞いちゃうと後悔することになるよ?」


 つまり……結香は今まで俺が忙しいからと気を遣って我慢していてくれたって事だよな? 確かに、ここから先を聞いてしまえば今より忙しくなるかもしれない。だけど……本当に結香に甘えたままで良いのか?


「──とりあえず聞かせてよ、結香の不満に思うこと」

「……分かった」


 それからお互いの愚痴の言い合いが始まる──納得いくこともあれば、もちろん納得いかない事もあって、ヒートアップして怒鳴り合いにまで発展していったけど……いつの間にか、お互い何も気にせずに本音を吐き出していた。


 長年、付き合ってきたけれど……俺はこんなにもまだ、結香のことを知らなかったのだと思い知らされる。


「──という事だから、亮ちゃん。これからそうして下さい」

「分かった。出来るだけそうするようにする」

「出来るだけじゃなくて、そうして!」

「分かった。そうする」


 話し合いの末……お互いの妥協点が見つかってきて、話が落ち着く。恋人同士の時には多少、お互いの嫌な所が見え隠れしても、逃げる事は出来た。


 でも家族はそうはいかない。ずっと一緒に居る以上、こうして妥協点を見つけて解決していくしかないんだ。それが分かっただけでも、話し合いをして良かったと思う。


「さて……俺はもう満足したし、もう寝ようか?」


 俺がそう言って立ち上がったのに、結香はまだ話し足りない事があるのか、俯き加減で座ったままでいる。


「どうした?」

「亮ちゃん、あのさ……亮ちゃんが残業の時に疑うようなこと言って、ごめんなさい」

「あ、あぁ……」

「学生時代の様に近くにいないし、亮ちゃんの言う通り、最近、赤い糸が繋がらないのもあって……正直、焦りや不安が募っていたの。今日だって、離婚の話をされるんじゃないかと、不安で手が震えてた」

「……そうだったのか」

 

 俺は薄っすら涙を浮かべている結香に近づき、後ろからソッと抱き締める。正直、いままで運命の赤い糸が見えているからこそ油断して、時が経てばいつかは繋がると思っていた。だけど、それじゃ駄目だったんだ。


「ごめん……今度からは君が不安にならない様に、ちゃんと意思表示する」

「うん……ありがとう」


 しっかり反省して、誓ったところで俺達の運命の赤い糸はまだ弱々しいけど、久しぶりに繋がる。それを見た俺達は言うまでもなく、自然と笑顔を交わしていた。

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