第41話
土曜日になり、結香から許可を貰った俺は、圭介が指定してきた居酒屋に向かった。早い時間の割には居酒屋は混んでいて、ガヤガヤと賑わっていた。俺はカウンター近くに座っている圭介を見つけると、店員に連れがいることを告げて、店の奥へと進む。
「よう、圭介。お待たせ」
「来たな。飯の方は?」
「食ってない」
俺はそう返事をして圭介と向き合う様に座る。
「じゃあ、焼き鳥の盛り合わせを頼むか?」
「いいね」
「亮はビールいけたっけ?」
「おう。いける、いける」
「分かった。他に何か食べたい物あるか?」
「そうだな……フライドポテトなんてどうだ?」
「いいねぇ、鶏の唐揚げも頼んでおくか?」
「良いけど、サッパリしたものも欲しくねぇ?」
「じゃあ……枝豆を頼むか?」
「賛成」
「よし。すみませーん」
流れる様に食べたい物が決まり、圭介が店員さんを呼んで注文してくれる。
圭介はメニューを元の位置に戻すと「さて……最近どうだ?」
「どうって?」
「家庭とか仕事とか、上手くいってる?」
「まぁ……いってる方じゃない?」
「ふーん……」
「何だよ?」
「別に」
そこで会話が途切れ、お互い沈黙を保っていると店員さんが生中を運んでくる。圭介は二つとも受け取ると、一つを俺の方へと渡してくれる。
「来たぞー、ほら」
「ありがとう」
「まずは一口飲むか?」
「そうだな」
「じゃあ……何に乾杯するか?」
「別に何でも良いんじゃない? ってか、乾杯いるか?」
「いるだろ。じゃあ……久しぶりに会えた事にカンパーイ」
「カンパーイ」
俺達はグラスを突き合わせると、ゴクゴクゴク……とビールを飲んでいく。久しぶりに外で飲むキンキンに冷えたビールは上手くて、止まらない。
「プハッ……上手い!」
「おぉ、良い飲みっぷりだな亮」
「やっぱりビールは外が上手いな?」
「ふふ。あぁ、そうだな」
「ところで圭介。いきなり飲みに誘ってくるなんてどうしたんだ?」
「あー……実はちょっと愚痴りたくて」
「なんだ、そういう事か。だったら早く言えば良いのに。それで、何があったんだ?」
「実は──」
圭介は会社や家での事を話し出す。その内容は共感できることがあって、俺は口を出さずにはいられなくなって……。
「分かる! そう言う時にさ──」
圭介が気持ちいい相槌を打ってくれるから、俺はお酒を飲みながら調子に乗って、一人で喋り続けていた。
「──あぁ……わりぃ。お前の愚痴を聞くどころか俺が愚痴ってた」
「大丈夫だよ。男にしか分からない事だってあるだろ?」
「……あぁ、そうだな」
男にしか分からない事か……その言葉に俺は何故か清水さんとの会話を思い出す。浮気はしていないけど、運命の赤い糸を反応させてしまった事に後ろめたさのようなものを感じているのかもしれない。
圭介は何も言わずに枝豆をつまみ……麦焼酎のボトルを手に取ると、水割りを作って渡してくれる。
「ありがとう」
「あぁ」
「……あのさ」
「ん?」
俺は圭介が作ってくれた水割りをグイっと口にすると、「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ」
「おう、ドンドンどうぞ」
「俺……いま若い女の子を教育しているんだけどさ」
「へぇ、可愛い子か?」
「どちらかというと綺麗な子かな」
「そりゃ羨ましい。でも性格が悪いのか?」
「いやぁ、凄くいい子だよ。だからかな……? 最近、結香と上手くいっていないのもあって、気を許して少し心を寄せてしまう時があって……」
それを聞いた圭介は驚いた様子で目を見開いたが、直ぐに表情を戻して、自分の水割りをクイッと飲んだ。
「圭介、驚いたか?」
「あぁ」
「だよな。自分でも驚いてる」
「それで……その子と何かしたのか?」
「いや、何も」
「気持ちはどうなんだ?」
「変わらない。仲の良い友達って感じ」
「そうか……」
圭介は水割りが入ったグラスをテーブルに置くと、残っていた最後の焼き鳥に手を伸ばし、食べ始める。
打ち明けたことによって、少し気持ちが楽に感じたけど、圭介がどう思ったのか知りたい所がある……俺は黙って圭介が喋るまで様子を見る事にした──。
「まぁ……男なんだから、そういう事もあるだろ」
「……だ、だよな!?」
「でも──」
「でも?」
圭介は口に残った焼き鳥を流し込むかのように、グイグイと焼酎の水割りを飲む。そして飲み干したグラスをテーブルに置きながら「ここからは俺の我儘なんだけど良いか?」
「あ、あぁ……」
「俺は……多少、気持ちが離れてしまう時があっても、お前たち二人には、最後まで繋がっていて欲しいと思ってる」
「……どうして?」
「高校の時に初詣でお前たちの赤い糸が見える様になった理由、それは羨ましかったから……お前たちの様になれますようにって、あのとき俺と美波は願った。だから……俺、いや俺達の我儘なんだけど、お前達はずっと俺達の憧れの夫婦であって欲しいんだ」
「そういう事だったのか……ありがとう」
「いや、別に……」
珍しく照れくさそうに頬を掻いている圭介をおかずにしながら、俺は最後に残っている鳥の唐揚げを口に放り込む。
「さて……これで満足か?」
「あぁ」
「じゃあ、会計を済ましてくるよ」
圭介はそう言って立ち上がり、テーブルの上にあったレシートを手にする。
「え? じゃあ、いま渡すよ。いくらだ?」
「いらないよ。今日はおごりだ」
「なんで?」
「もう貰ってるからだよ」
「貰ってるって誰に?」
「誰にって……美波に決まってるだろ。付き合って貰うんだから、奢ってあげなさいよって言われたの!」
「そう……ご馳走様」
「おう!」
──それから数分して俺達は店を出る。店に出入りする人の邪魔にならない様に端に避けると「それじゃ、また飲みに行こうぜ。今度は俺が奢るよ」と圭介に言った。
「おう、楽しみにしてるよ」
圭介はそう返事をして、俺に背を向ける……だけど直ぐにこちらを振り返った。
「どうした? 何か言い忘れたのか?」
「あぁ。男にしか分からない不満もあるけど……お前達にしか分からない不満だってあると思うんだ。忙しいのは分かるけど、たまには二人で話し合いをする時間を作った方が良いと思うよ」
「あ……あぁ、そうだな。最近、そんな時間を取っていなかった。ありがとう」
「おぅ」
俺に背を向けながら手を振る圭介を見送りながら、昔の事を思い出す。圭介と友達になったのは忘れもしない高校一年の時のこと……。
中学の時に結香の悪口を言っていた男と喧嘩をしたまでは良かった。だけどそいつはなかなかネチネチした性格の奴で、高校になって俺達と同じクラスになっても、すれ違い様に俺の悪口を言ってニヤニヤする奴だった。
そんなある日。奴はいつもの様に俺に悪口を言ってきた。俺は高校にもなって喧嘩をしたくなかったから、グッと堪えてそのまま奴の隣を通り過ぎた。
すると後ろから「てめぇ!」って声が聞こえてきた。ビックリした俺は直ぐに後ろを振り向き、誰に対していったのか確認した。叫んだのは圭介だった。
「お前らに何があったかは知らないけどさ……いつも一方的に悪口言ってやがって、気分悪いんだよッ!」
そう言ってくれた圭介に、奴は怒った表情で口を開いたが、圭介が既にクラスの人気者であることを考慮してなのか、直ぐに口を閉ざして不満顔を浮かべて去っていった。俺はそれを見た後、圭介に駆け寄る。
「ありがとう、圭介君」
「いや、別に……さっき言った通り俺は、自分が見ていて気分が悪かっただけだから」
奴は他の生徒にも嫌がらせをしていたのか、その日から何となくクラスの雰囲気が変わった気がする。理由は良く分からないが奴は突然、転校することになり、俺は安心して高校生活を過ごせる様になった。
だから……圭介が、本当に自分が見ていて気分が悪かっただけで言ってくれたのかは分からないけど、俺は今でも圭介に感謝している。
圭介……今日の事も含めて、いつまでもこんな俺に付き合ってくれて、ありがとな。俺は感傷に浸りながら、ゆっくりと家へと帰った──。
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