第39話

 話し合いをしてから、数ヶ月。俺達はトントンと結婚する準備を進め──無事に結婚をした。


 住む場所は最初、二人だけで何処かに住もうかと考えていたのだけど、両親が結婚前に突然、今の暮らしに飽きたから新しい土地で暮らしたいと言い出して、引っ越しすることになり、結婚後すぐに今の家を引き渡してくれた。


 それが本音だったのか、両親は何も言わないし、上手に本音を隠す人達なので分からなかったけど、不自然なほど順調に引っ越ししていったので、きっと俺達の為を思って、計画を立てて家を引き渡してくれたのだと思ってる。


 だから俺は遠慮なく今まで住んでいた家を譲ってもらい、そこで結香と二人だけで結婚生活を送ることにした。


 それから更に時は過ぎ──俺は順調に会社に貢献して、主任にまでさせてもらった。それで忙しくなってしまったが、二人目の子供が産まれたばかりだし、稼がなければいけないのもあって、給料が上がるのは有難いことではあった。


「葉月君。ちょっと良いかい?」と、パソコン仕事をしていた俺に話しかけてきたのは、課長だった。


 その隣には容姿がどことなく結香に似ている若い美女が立っていて、俺は慌てて立ち上がると二人と向き合う様に体を向けた。


「あ、はい。大丈夫です」

「この間、話をした新人の清水さんだ」

「あ、どうも。教育係を任された葉月です。宜しくお願いします」


 俺が自己紹介をしてお辞儀をすると、清水さんはニコッと可愛い笑顔をみせ「こちらこそ、宜しくお願いします」とお辞儀を返す。


「じゃあ、宜しく頼むよ。葉月君」

「はい!」


 俺は返事をした後、「えっと……」と、口に出しながら、やりかけの仕事を保存する。


 うちの課に来るのが女性だとは聞いていたけど、まさかこんなに美人な子が来るとは……最初に確認しておくべきだった。来る前からやって貰いたい事は考えていたつもりだけど、なんだか学生時代に戻ったかのようにドキドキしてしまい、すっぽ抜けてしまう。


「まずは……そうだな、現場を見て回ろうか?」

「はい!」

「おっとその前に、手順書を回収しないと……段取り悪くて、ごめんね」

「いーえ」


 新人だっていうのに、度胸があるのか妙に落ち着いている子だな……バイトとかで慣れているのか? いずれにしても俺の方がテンパっていて恥ずかしい……俺の方が先輩なんだから、しっかりしなくては!

 

 ※※※


「葉月主任、頼まれていた書類できました」

「おぉ、もう出来たの。ありがとう、清水さん。机に置いておいて」

「はい!」


 清水さんが入社してから半年以上が経過している。清水さんはスポンジが水を吸う様にグングンと仕事を覚えてくれて、いつも笑顔で、分からない事はちゃんと聞くし、周りへの配慮もしてくれるので、コミュニケーション能力が高いのが分かるから、安心して一つの仕事を完全に任せられる事が出来ていた。


「あ、清水さん。髪の毛切ったんだ」

「分かります?」

「そりゃ長かったのに、ショートボブ? まで短くなっていたら気付くよ」

「ですよねー。似合ってますか?」

「うん」

「ありがとうございます!」


 そんな彼女の性格に助けられてなのか、不思議と俺はすぐに緊張することは無くなり、むしろ自分からコミュニケーションを取りたくなる程、前向きな気持ちになれていた。


「あ、葉月主任。その書類、もしかしてコピーが必要です?」

「あぁ、うん。後でコピーしようかと思ってる」

「じゃあ私がしておきますよ。いまから行くので」

「本当に? 助かる」


 俺は机の上にある書類の束を掴むと、清水さんに差し出す……すると渡し方が悪かったようで、清水さんの温かくてスベスベの手が俺の汗ばんだ手に触れてしまう。


「あ、ごめん!」

「いえ、大丈夫ですよ」


 清水さんは笑顔を見せながら書類を持ち直すと、直ぐに俺に背を向けコピー機の方へと行ってしまった。俺は少し焦った気持ちを落ち着かせながら清水さんを見送る。


 教育係だから清水さんとは接することも多くて、妬みからなのか周りから変な噂をされているとチラッと耳にした事があるけど……俺には家族がいるし、清水さんの事は女友達がいるとしたら、こんな感じだろうな程度の気持ちしか持っていない。それにあんなに美人な清水さんだ。俺なんか眼中にないのは分かるし、そんなくだらない噂を立てるなんて彼女に失礼だろとさえ思える。


「──葉月さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「葉月、俺は帰るぞ。明日の資料頼むな」

「あ、はい」


 就業時間が過ぎ、次々と人が帰っていく……俺はまだ自分の席に座り、仕事を続けた。そこへ、清水さんが駆け足で帰ってくる。


「葉月主任、ごめんなさい。待たせてしまって」

「気にしなくても大丈夫だよ。それより今日の仕事はこれで終わりだから、帰って良いよ。お疲れ様です」

「分かりました。お疲れ様です」


 清水さんはそう言ってお辞儀をしてから、出入り口に向かって歩いていく。俺は見送ることなく、直ぐにパソコンに視線を向け、仕事の続きを始めた。


 ──少しすると、妙に静かだと感じた俺は視線を出入り口に向けた。すると、そこにはまだ帰らないで、こちらをジッと見ている清水さんが目に入った。


「どうしたの? 帰って良いよ」

「葉月主任は残業ですか?」

「あぁ、課長に明日の報告書を手直しして貰ったから、直してから帰るつもりだよ」

「そうですか……手伝います?」

「え……」


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