第38話

 その日の夜──恥ずかしかったけど、俺は居間に両親を集めて結香にプロポーズをしたことを告白する。すると……親父は喜んでくれると思いきや眉間にシワを寄せていた。


「それで、お前達はいつ結婚するつもりなんだ?」

「具体的な日時とかは決めてない。まずは式場選びをして、空いている日を確認しなきゃだし……でも、お金の方は大丈夫だから、俺は直ぐにしたいと思ってる」

「直ぐにだと?」

「何か問題あるのか? 親父や母さんだって、結香の事は昔から知ってるだろ?」

「知っているが、深くは関わった事ないだろ? もしかしたら、しばらく一緒に住むことだってあるかもしれないのに、お互い知らないのは問題だろ」


 俺はそれを言われ、返す言葉が思い浮かばなくて黙り込む……確かに何かが起きてお金が無くなった時に、その可能性だって出てくるかもしれない。


「じゃあ……どうすればいい?」

「いつでも良い。色々と決める前に、家で話し合おう」

「分かった。伝えておく」


 ※※※


 その日の寝る前に俺は結香に電話をして、親父との会話を伝える。まさかこうなるとは思っていなかった俺は、結香に謝り来てもらえるようにお願いした。結香はそれを聞いて素直に受け入れてくれた──そして、次の日曜日を迎える。


 俺達は話し合いをするために、ダイニングに集まり座っている。俺の隣に結香、向かい側には両親が座っている状況だ。


 あくまで今日は話し合いだけだから、結香にはラフな恰好で良いと伝えてあったが、結香はセミフォーマル? に近いピンクのワンピースを着て来てくれていた。普段の結香はどちらかというとシックな柄が好きなのだけど、場に合わせてくれたのだろう。滅多に見られない結香の姿をみて、これはこれで可愛いと俺は心の中で呟くのだった。


「結香ちゃん。今日は来てくれて、ありがとう」と、親父が言って頭を下げると、皆合わせて頭を下げる。


「さて……早速、本題に入ろうか。まずはお互いの気持ちを聞かせて貰おうか。亮、お前が思う結香ちゃんの好きな所を言ってみろ」

「はい!? いきなりかよ!」


 突然、そんな事を言われて困った俺は、助けを求めるかのように結香にチラッと視線を向ける。結香は興味津々の様で目をキラキラさせて、運命の赤い糸と一緒に俺を見つめている。ダメだ、これじゃ当てにならない。


「えっと……そうだなぁ…………」

「ちょっと亮ちゃん。そこは悩むところ?」

「そうだぞ。結婚するというのに、そこは悩むところじゃないだろ」


 俺が無難な答えを探して悩んでいる所に、痺れを切らした結香は俺に味方するどころか、口を挟んでくる。親父は親父で乗ってきやがって……まったく結香の奴、分かってるのか? お互いと言っているんだから、お前もこうなるんだぞ。


「さぁ、どうした?」

「え、可愛い……」

「それは昔から分かっているだろ? 他には?」

「他ぁ? ……性格が好み」

「例えば?」

「え……可愛いのはもちろんだけど……ちょっとツンとしていて素直じゃないところ……とか?」

「お前……そんな趣味だったのか」

「おい、言わせといて引くなよな! それに親父だって、似たような物だろ」


 俺はそう言って母さんの方に顔を向けると、母さんは『あらぁ……』と言いそうな雰囲気で恥ずかしそうに両手を頬っぺたに当てる。


 それを察してなのか、親父はコホンと咳払いをして「じゃあ、次は結香ちゃんに聞いてみようか」と誤魔化した。


「はい」

「結香ちゃんは、亮のどんなところに惚れたんだ?」

「外見的なところもそうですが……一番は性格。一言でいうなら優しい所です」


 俺の様に照れくさくてモジモジするかと思いきや、結香はすんなりと話し出す。照れながら話す結香を見たかっただけにちょっと悔しいが、こういう時の女性って強いなと感心させられた。


「私は何度も亮ちゃんに助けてもらった事があります。その積み重ねがあったからこそ、私は亮ちゃんと一緒に居ると居心地が良いと感じる事が出来て……結ばれたいと思いました」

「なるほどね。亮と違って、しっかりした子だ」

「うっせぇ」

「さて……亮。こんなに可愛くてしっかりした子だ。しっかりと守り抜く自信はあるのか?」

「もちろん、あるよ。なぁ、結香」

「うん」


 俺は左手を上げ、両親に手の甲を見せながら、結香に視線を送る。結香はそれに気づいた様で頷くと、俺と同じ動きをした。


「親父達には見えていないと思うけど、いま俺達の小指には運命の赤い糸が出ていて繋がっている。こいつ等がいるから、きっと大丈夫だと信じてる」


 両親からしてみれば見えていないのだから、なに子供みたいなことを言ってんだと思われているかもしれない。だけど俺達は本気だし、これで伝わらないなら、今までの思い出を分かってもらえるまで話せばいい。


 ……様子を見るまでもなく、親父は直ぐにニコッと笑顔を見せる。それだけで答えは分かった。


「分かった。残念だけど、お前達の運命の赤い糸は目で見る事は出来なかったけど、繋がっている気持ちは感じ取れたよ」と、親父は言って母さんの方に顔を向ける。


「母さんは何か聞きたい事あるかい?」

「いいえ、特にないですよ」

「じゃあ、話し合いはここまでにして、御昼でも食べに行こうか。結香ちゃんは食べたい物あるかい?」

「食べたい物ですか……私は特に……」

「そんなこと言ってると、息子の希望で肉になってしまうよ?」

「はい、大丈夫です。私も肉料理好きなので」

「ふふふ、そうか。じゃあ出掛けよう」


 ──それから俺達は美味しいステーキを一緒に食べ、解散となった。その間の会話は、まるで結婚の話を避けるかのように世間話をするだけだった。


 話し合いがしたいと言い出すから、もっと現実的な話をしたいのかと思ったんだけど……結局、俺達の気持ちを聞き出すだけだったな。一体、何が目的だったのか、俺には分からなかった。

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