第37話

 更に年月が流れ、俺は無事に大学を卒業し、結香と同じではないが、地元の製造業に就職した。結香とはすぐに結婚をしたかったが……話し合って結婚式の費用やその後の事を考えて、三年後に結婚をすることにした。


 そんなある日の日曜日──今日は結香の誕生日という事で、俺達はイルミネーションを観に遠出をしていた。


「亮ちゃん、誕生日プレゼントにマフラーくれて、ありがとね。お蔭で首元が凄く暖かいよ」

「いえいえ、どう致しまして」


 俺は前のデートの時に結香が寒そうにしていたのを思い出し、カシミアのマフラーをプレゼントしていた。


「イルミネーション、綺麗だね……」

「そうだね、遠くまで来た甲斐があったね」

「ねぇ」


 見渡す限りのイルミネーションが施されているけど、俺達はゆっくりと青を基調とした光のトンネルを通っていく──あまりに綺麗な光景にウットリとしているのか、結香は何も話さずに歩いていた。俺はそんな結香の邪魔をしない様に、合わせて黙って歩く。


「──ねぇ、亮ちゃん」

「ん?」

「……この雰囲気の時に話す事じゃないかもなんだけど、ちょっと聞いても良い?」

「どうぞ」

「お金の方……貯まった?」

「あぁ……貯まってきてるよ。結香の方はどうなんだ?」

「私の方も貯まってきてる」

「そう……」


 そこで会話が途切れ、俺達は黙ったままイルミネーションを見ていく。本当は結香がその先、何を言いたいのかは分かっていた。


 だけど俺は話を進めず「あ、結香。あそこにハートの形をしたトンネルがある。行ってみようぜ」と、指差して話を逸らした。


「あ、本当だ。可愛いね、行ってみよう」

「あぁ」


 ──ハートの形をしたトンネルに向かっている途中、ちょっと不安げな表情を浮かべている結香の手を握る。


「結香、焦らなくても大丈夫だから」

「……うん、ありがとう。亮ちゃん!」


 結香はそれだけで何が言いたいのか分かってくれた様で、可愛い笑顔を見せてくれた。


 ※※※


 ──それから三ヵ月ほど経った、ある日の日曜日。俺達は買い物デートをした後に、高校のバレンタインの時に入った喫茶店で、コーヒーと一緒にパンケーキを食べて楽しんでいた。


「ねぇ、亮ちゃん。何で朝からソワソワしてるの?」

「バレたか」

「そりゃバレるよ。亮ちゃんの赤い糸もソワソワしてるんだから」

「だって久しぶりにデートなんだから、ソワソワだってするだろ」

「あぁ、そういう事ね」


 ふぅ、上手く誤魔化せたぜ。デートだからソワソワしているのは確かなんだけど、落ち着かなかったのは別に理由がある。


 俺は上着のジャケットのポケットに手を突っ込み、その理由となる物があるか確かめてから「……結香。貰って欲しいものがあるんだけど」


「え、なになに」

「これだよ」


 俺はポケットから婚約指輪が入ったケースを取り出すと、結香の前に差し出しパカッと開く。最初は結香と一緒に買いに行こうかと迷っていたけど、それは結婚指輪にして、婚約指輪は一人で選んで買っていたのだ。


 指輪を選ぶのは思ったよりも簡単だった。お店に行って、女性の店員さんに俺達を象徴する『運命の赤い糸をモチーフにしたデザインのものはありますか?』と聞いて持って来て貰ったのだ。


 最初はそれを言った瞬間、無かったらどうしようかと思ったけど、店員さんはニコニコしながら、ピンクゴールドのラインが1本スッと入った指輪を持って来てくれた。それがこの指輪になる。


「結香、遅くなってごめん。俺と結婚して欲しい」

「亮ちゃん、ありがとう……私で良ければ喜んで」


 結香は濁すことなく照れ臭そうな顔を浮かべながらも、嬉しそうに俺の婚約指輪を受け取る。そんな結香を見れただけでも、幸せで胸がいっぱいになり、自然と笑顔が零れ落ちる。


「着けてみて良い?」

「どうぞ、どうぞ。飾られるより、着けてもらった方が嬉しい」

「じゃあ……」


 結香はケースから指輪を取り出すと、落とさない様にしている様で、指輪をゆっくりと左手の薬指に嵌めていく……俺はピッタリだと分かっていても、落ち着かない気持ちでそれを見守っていた。


「わぁ、ピッタリ。流石、亮ちゃん!」

「そうだろ、そうだろ」

「ふふん。亮ちゃんの運命の赤い糸で、サイズを測っていた甲斐があったね!」


 ドヤ顔でそういう結香に憎たらしいと思いつつ驚きながら「結香、お前……気付いていたのか?」


「うん。イルミネーションデートの時にハートのトンネルがあるって、私の視線を逸らそうとした時ね。私の運命の赤い糸が気付いちゃったの、ごめんなさい」

「あはは……だからって言うなよな。じゃあ何、今日、ソワソワしていた理由も分かっちゃってたりしたの?」

「何となくだけどね。亮ちゃん、デートの途中にしきりにポケットに手を突っ込んで、ゴソゴソやってたからさ、もしかして……って思っちゃった訳」

「負けたよ」

「残念ながら女の勘で気付いちゃったけどさ……嬉しい気持ちは全然、変わらないよ!」

「お、おぅ……そりゃどうも」


 結香のその言葉と最っ高に可愛い笑顔に、悔しい気持ちは帳消しにされる。


「ところで亮ちゃん」

「なんだ」

「私は両親に三年後に結婚をするかも? って伝えていて、両親はそれを聞いて好きにして良いよって言ってくれていたんだけど、亮ちゃんの方はどうなの?」

「あぁ……えっと……まだ何も言ってない」

「えぇ……何で言ってないの?」

「そんな怖い顔するなよ。家の両親は大丈夫だって。結香の事は幼い頃から知ってるし、うちらが付き合ってる事だって知ってるんだから」

「本当に大丈夫?」

「うぅ……念を押されると心配になる。帰ったらちゃんと話し合うよ」

「うん、そうしてよ。拗れる様だったら、ちゃんと私も一緒に立ち会うからさ」

「分かったよ」

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