第36話
二年ほどの年月が流れる──俺は単位の取得や就職活動の準備が忙しくて、結香とはなかなか会えない日々を送っていた。だけど、今日は地元の居酒屋でクラス会が開かれるという事で、久しぶりに会うことが出来ることになっている。
居酒屋へは一緒に行きたかったけど、結香は仕事があるから間に合わないかもしれないという事で、一緒に行くことは出来ず、俺は一人で向かった──。
「いらっしゃいませ」
「山本で予約が入っていると思いますが……」
「山本様ですね。こちらへどうぞ」
店員さんの後についていき……割と広い大部屋へと案内される。これだけ大きい部屋を取ったという事は、今日はクラスの大半が集まるのかもしれない。
「お、葉月君。来たな。先に会費を払ってくれ」と、話し掛けてくれたのは今日の幹事であり、高校の時にリレーでアンカーを務めたムードメーカーの山本君だ。
「分かった」
俺は財布から会費を取り出すと、山本君に渡す。山本君は会費を受け取ると「悪りぃ。女子に近い方はもう人が居るんだ。奥の席に座ってくれ」
確かに狙ってはいないだろうが、右は男子、左は女子って形で分かれていて、中央はもう陽キャラ達で埋まっている。まぁ、こうなる事は想定していたから仕方がない。
「あ、うん。分かった」
俺は返事をして、奥へと進む。まぁ、俺も酒が入ったからってペラペラ喋るタイプではないし、端の方が落ち着いて良いけど。残念なのは結香と随分、離れてしまいそうって事だけだな。
……少し黙って待っていると、他の女子と一緒に結香が現れる。相変わらずポニーテールなのは変わらないが、茶髪でウェーブになっていて、可愛い髪型になっている。服装は、高校の時に俺とデートした時の事を覚えていてくれたのだろう。紺色のフリルスリーブの服を着てきてくれていた。
不思議だな。あの時だって、そんなに子供だって感じなかったのに、今こうして大人になった結香をみると、惚れ直してしまうぐらい大人っぽくて綺麗に感じる。
そんな結香に熱い視線を送っていると、結香はそれに気付いたのかこちらに視線を向ける。そしてニコッと笑顔を見せると、小さく手を振ってきた。結香の運命の赤い糸も手を振る様に動いている所をみると、視線というより赤い糸同士で察知したのかもしれない。
俺は皆の前で恥ずかしかったので、チラッと手だけ挙げて挨拶して、直ぐに視線を逸らす。でも運命の赤い糸だけは、結香たちの様に手を振っていた。
……結香から視線を逸らした俺だが、結香がどこに座るかは気になり、視線を結香たちの方に戻す。結香は……同じ列の一番奥へと座った。これじゃ、結香の表情を見ながら食べるのも難しそうだ。
「──皆さん、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました。それでは時間となりましたので、B組のクラス会を始めさせていただきます」
山本君が仕切ってくれて、乾杯の合図と共にクラス会が始まる。始まる前から、話し声は聞こえていたけど、更にザワザワと騒がしくなった──俺はとりあえず、周りの話に耳を傾けながら、運ばれてくる料理を楽しむ。
──30分程経過して、料理が運ばれてくるのが緩やかになると、元クラスメイトの中には動き出す人たちが現れる。俺はそのタイミングを窺っていたけど……結香の周りにはまだ人が多く、とても隣に座れる様な雰囲気は無かった。こうして客観的に結香を見ていると男女関係なく、いかに学生時代、人気者だったか分かる。
彼氏なんだから割って入る事ぐらいはしたって良いとは思うけど……俺にはそんな勇気はない。だから大人しく、その場でチビチビと残ったウーロンハイを飲んでいた。そこへ、結構飲んでいるのかフラフラしながら山本君が正面にやってきて、空いていた俺の前に座る。
「葉月君、飲んでる?」
「うん、飲んでるよ」
「なんだ、ほとんど残ってないじゃないか。なに飲んでるの?」
「ウーロンハイ」
「すみませーん。ウーロンハイ1つお願いしまーす!」
さすが陽キャラの山本君。恥ずかしげもなく大声で注文をしてくれる。
「ありがとう、山本君」
「おう。えっと……葉月君との思い出は……そう! リレー! えっと……」
「二年だよ」
「そうだ。二年だ! あの時、圭介じゃなく俺がアンカーかよ!? ってメッチャビビってたんだけど、葉月君がちゃんと繋いでくれたお蔭で気持ちよく走れたよぉ、ありがとな」
「いやぁ……みんな頑張ったからだよ」
「石井じゃ絶対に言わないセリフだな」
「そういえば、石井はどうしたの?」
「本当かどうか知らないが、仕事だと」
「へぇー……」
俺が返事をしたところで店員さんがウーロンハイを持って来てくれる。山本君がそれを受け取ると俺の方に差し出してくれた。
「はい」
「ありがとう」
「そういや、それぐらいだっけ?」
「何が?」
「葉月君と奥山さんが付き合い始めたの」
「あー……うん、大体それぐらい」
「飽きないの?」
「──え……? 飽きる?」
「だって、小さい頃から幼馴染で、今でもまだ付き合ってるんでしょ? 俺なら飽きそうだなって思って」
「……」
想像もしたこともない事を言われて、返答に困っていると、隣に誰か座る音がする。視線を向けると、その正体はさっきまで陽キャラ軍団と話していた圭介だった。
圭介も酔っ払っている様で俺の背中をバンバン叩くと「こいつが飽きるなんて有り得ないだろ。だってこいつ等は今でも運命の赤い糸で結ばれてるんだからよぉ」と大声で言った。
それは事実なんだけど! そんな大声でバラさなくても……俺は周りの様子を見られないぐらい恥ずかしくて、汗を拭き出しながら下を向く。きっと結香も、そんな状況だろう。
ヒューヒューと野次が飛ぶ中、圭介は堂々と席を立ち、自慢げに親指で自分を指しながら「もちろん! 俺だって美波とそんな関係だぞ!」
「クラス一の美女を捕まえて高校卒業してすぐにデキ婚したやつが、そうじゃなければ避難の嵐だぞ!」
「そうだ、そうだ。山本、もっと言ってやれ!」
圭介のお蔭で話が逸れてくれたので、俺はウーロンハイをチビっと飲んでホッと落ち着く。
飽きるかぁ……高校を卒業して、大学に通いながらバイトもして……そんな中、店長と女子高生が浮気をしている所を目撃してしまう事もあった。だから山本君の考えがおかしいとかではなく、確かに飽きるという考えは、誰にも存在するのかもしれない。
そうだったとしても俺は……結香とはそうなりたくはない。その気持ちを込めながら、俺は運命の赤い糸をススス……と、結香の方へと這わしていく……。
結香も同じ気持ちだった様で、距離など関係なく、俺達はいつもの様に運命の赤い糸を繋げる。そして……そんな可愛い運命の赤い糸たちの動きをみて、クスッと笑顔を交わした。
こいつ
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