第34話
月日は流れ、俺は無事に高校を卒業して、県外の大学に進む。結香は高校を卒業した後は地元の工場に就職していた。
俺はいま、アパートで一人暮らしをしていて、夜になって急に寂しくなってしまったので自分の部屋の座布団に座り、結香に電話をしていた。
「結香、仕事の方は順調?」
「うん。優しい先輩にフォローしてもらってるから、何とかやれてる。亮ちゃんの方こそ大丈夫なの? 単位はちゃんと取れてる?」
「今のところは順調だよ」
「そう。なら良かった」
「……でもさ、小テストとかちょくちょくあるし、気分転換したい気分」
「そうなんだ。私も毎日、同じ繰り返しだし気分転換したいなぁ」
「やっぱりそんな感じなのか。出来ることなら、休みの日に結香の所に行きたいけど、お金が結構、掛かるからなぁ……バイトでもするか」
「え、大丈夫なの!?」
急に結香が大袈裟に声のボリュームを上げるので、ちょっとムッとする。
「あのな、確かに俺は人見知りではあるけど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そ、そうだよね。一人暮らしで頑張ってるわけだし……」
「そうそう」
「あ、そろそろ寝る準備しなきゃ。電話切るよ?」
「あぁ。付き合ってくれて、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。また電話してね」
プツンッと電話が切れ、俺も電話を切る。そのまま携帯を持ちながら、アパートの近くで何か良いバイトが無いか、探すことにした。
──それから数日後。アパートの近くでカラオケ屋のバイトを見つけた俺は、そこで働くことにした。高校生の時は部活一筋だったから、働くなんて初めてで、色々と戸惑う事はあったけど、佐藤さんという30代後半の男性で、ベテランな先輩に教えて貰いながら、徐々に慣れていった。そんなある日──。
「おう、葉月君。101号室の片付け終わったか」
「はい」
「戻って来たところ悪いが、今度は303号室に行ってくれるか?」
「はい、分かりました」
俺は手に持っていた空いたグラスなどを流し台に置くと、佐藤さんの言う通り、310号室に向かう──。
このカラオケ店は土地が狭いこともあって、三階まで存在する。つまり310号室は最上階の一番奥になる。通常は1階から人を入れているので、俺はまだ3階まで来たことが無かった。といっても構造は同じだし、空いたグラスなどを片付けるだけだから問題は無い。
「あれ……?」
309号室の前を通ると、ドアが閉まっている事に違和感を覚えて立ち止まる。おかしいな、使ってない部屋はドアを開けておくのに……。
309号室は佐藤さんが30分ほど前に片付けていて、それから誰も入れていないはずだから、佐藤さんが開け忘れたのか? それともお客さんが酔っ払って違う部屋に入ってしまったとか? いずれにしても確認はしておくか。
通路から部屋の様子はよく見えないけど、角度によっては見えるところもある。もしかしたら、俺が知らなかっただけで、本当にお客さんが入っているかもしれないので、俺はドアを開けずに、慎重に通路から中を見る事にした。
すると──ヤバっ! 俺は見てはいけないものを見てしまい、動揺しながらその場を離れる──そして落ち着かない気持ちで310号室を片付けると、サッサと調理室へと戻った。
「お、葉月君。戻ったか。注文の方はいま落ち着いたから、少し休もう」
「あ……はい」
「……葉月君? 何かあった?」
「え? どうしてです?」
「いやぁ、返事に元気なかったから」
「あぁ……何でもないですよ」
「そう」
佐藤さんは返事をすると、周りの人に裏口の外で煙草吸ってくると声を掛け始める──。
「さて、葉月君。君は煙草を吸わないけど付き合ってよ。話し相手が欲しいんだ」
「あ、はい。分かりました」
──言われた通り俺は佐藤さんと一緒に外に出る。佐藤さんは上着のポケットから煙草とライターを取り出すと、煙草をくわえて火を点けた。
佐藤さんはフー……と、煙を吐き出しては、また煙草をくわえてスゥー……っと吸い込む。話し相手が欲しいと言った割には、俺の方を見ずに壁を見つめていた。俺はそれを黙って見守る。
「──葉月君、さっき何か見た?」
「……何かって?」
「例えば女子高生のバイトと店長が××《チョメチョメ》してるとことか」
「!!!!」
俺がさっき309号室で目撃したのはまさにそれだった。でも、そんなことを正直に言って良いのか? 迷った俺は「いやぁ…………」と、言葉を濁す。
「隠さなくても大丈夫だよ。古くから勤めている人は店長がそういう人だって皆、知ってる」
「そうだったんですね……でもよくですね。各個室には監視カメラが付いているのに……」
「あいつは店長だぞ。そんなのどうとでも出来ちまうんだよ」
「なるほど……」
俺だって子供じゃない。世の中にはそういう事もあるってことは知っている。だけど、実際にそういう事があることを目撃してしまって、ショックを隠せないでいる。
「店長って……40代ぐらいですよね? 奥さんは……?」
「いるよ。しかも二人の子持ちだ」
「!」
それを聞いて俺は更に驚く。佐藤さんは短くなった煙草を灰皿に押し付けると、俺の方に視線を向けた。
「……若いね」
「え?」
「そういうのは許せないって表情をしてる」
「あぁ……」
佐藤さんは人生経験豊富のようで、俺の感情を言い当てる。確かに俺のいまの気持ちを一言で言い表すなら許せないが正解だ。
佐藤さんは俺に近づくと肩を二回優しく叩き「若い頃は血の気が多くて真面目だから、そういうのも悪くないとは思うが、人生、そういう事もあるんだって柔軟に考えないと、そのうち潰れちまうぜ」と言って、先に店の中に入っていった。
佐藤さんの見た目は
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