第33話

 季節が流れ、冬となる。俺は受験勉強を頑張り過ぎて、体調を崩してベッドで横になって天井を見つめていた。


 こんな時に両親は出張で誰もいない。夕飯はどうしようか? 食べる気はあまりしないから、このまま食べずに過ごそうか? そんなことを考えていると、家のチャイムが鳴る。


 いま一体、何時だ? 俺はそう思って上半身を起こすと、ベッドの上に置いてあった携帯を手に取る。


「四時チョイ過ぎかぁ……授業が終わって、家に帰ってくるぐらいの時間帯だな。ということは……」


 俺はチャイムを鳴らしたのが結香だと思い、確かめるために電話をしてみた。


「あ、結香。いまチャイムを鳴らしたのは結香?」

「そうだよ」

「学校は終わったのか?」

「うん、だから御見舞に来た。具合は大丈夫?」

「うん。熱は測ってないけど、こうして話していても苦しくないし、多分、微熱」

「そう……御飯の方は大丈夫? 食べられそう?」

「あー……どうだろ? いまはあまり食べる気しない」

「そうなんだ。亮ちゃんの両親って、明日にならないと帰って来ないんでしょ?」

「あぁ」

「だったら、夜になるまで居てあげる。家に御邪魔して良い?」

「俺は良いけど、結香は良いのか?」

「うん、大丈夫」

「分かった。じゃあお願いするけど、俺の部屋には入らない方が良いぞ」

「うん、分かった。そうする」


 俺は電話を切ると、近くに携帯を置き、横になる。


 すると直ぐに「お邪魔しまーす!」と、元気な結香の声が聞こえてきて、家の中に入って来たのが分かった。


 俺は大人しく天井を見つめてボォーとしていたが……結香が家に居る安心からか、直ぐに眠たくなっていった──。


「コンコンコン……亮ちゃん、起きてる?」と、結香が優しくドアをノックする音が聞こえ、俺は目を覚ます。


「あー……うん、起きてる」

「お腹の方はどう? 空いた?」

「さっきより大分、スッキリしてる。これなら食べられそうだな」

「そう! じゃあ御粥を作って来てあげる!」

「おう、頼むよ」

「任せといて!」


 廊下を元気よく走る音が聞こえてきて、結香の表情が目に浮かぶ。頼られて嬉しかったのか、それとも俺が食べられるようになって嬉しかったのか、そこの所は分からないけれど、俺はその気持ちだけで元気を貰えた。


「──亮ちゃん、御粥を持って来たよ」

「ありがとう。自分で運ぶから廊下に置いといてくれ」

「分かった」


 ──俺は廊下から足音が離れていくのを確認すると、ベッドから起き上がり、結香の作ってくれた御粥を取りに行く。



 梅干しの御粥かぁ。結香の作ってくれた御粥は出来たてで、美味しそうな湯気を立てている。真ん中に崩して乗せてくれている梅干しの酸っぱさを想像すると、勝手にヨダレが込み上げてきて、グゥ……とお腹を鳴らした。


 俺は早々に御粥が乗ったお盆を持って、自分の学習机に向かう──。


「いただきまーす」と、手を合わせスプーンで食べ始めていると、廊下から「亮ちゃん、ゆっくり食べなよ~」と結香の声が聞こえてきた。


「あれ? 結香。下に行ったんじゃないのか?」

「行ったけど、直ぐに戻って来た」

「なんで?」

「亮ちゃんが、調子に乗ってガツガツ食べないか心配だったから」

「俺は子供かよ!」

「だって亮ちゃん、時々、子供みたいなことすることあるでしょ!」


 ……確かに。そう思った俺は「はいはい。分かりましたよ」と素直に返事をして、ふー……ふー……しながら、ゆっくり食べ始める。


「……あれ? 結香。もしかして、まだ廊下に居る?」

「いるよー。良く分かったね」

「だって静かだったから」

「なるほどね」

「食べ終わったら自分で廊下に出せるし、大丈夫だぞ」

「いやぁ……そこを心配してるからじゃなくて、その……フーフーしてあげられないでしょ? だからせめて、寂しくない様に一緒に居てあげようと思って……」


 おい、俺の彼女。可愛すぎないか? 俺は前世でどんな徳を積んできたんだ。


 俺は嬉しい気持ちが込み上げてきて、いくらでもそこに居て欲しい気持ちになったけど「……結香、その気持ちは嬉しいけど廊下は寒いだろ? 風邪引いたらいけないから、下に行った方が良いぞ」


「え…………ヤダ」

「どうして?」


 俺がそう聞くと、結香の運命の赤い糸がドアの隙間からススス……と入ってくる。


「だってぇ……近くに居るのに、亮ちゃんを感じられないのは寂しいから……」

「……まったく仕方ないなぁ。だったら食べ終わるまで俺の運命の赤い糸と繋がる事を許可しよう」

「うん……!」


 上から目線からそう言ったものの、俺の運命の赤い糸はノリノリで結香の赤い糸と繋がりにいく。


 結香の顔を見ながら言えないのは残念だけど、俺は「結香。わざわざ家に来て御粥を作ってくれて、ありがとう。美味しいよ」と、ありのままの気持ちを伝えた。


「……彼女なんだから、当然だよ」

「彼女かぁ……」

「なぁに?」

「いや、幼馴染が長かったから、彼女って言葉に慣れてなくて、くすぐったかっただけ」

「あぁ……ふふ、確かにくすぐったいね」

「だろ?」


 ──こうして俺達は御飯を食べている間、運命の赤い糸を繋げて会話を楽しんだ。運命の赤い糸に体を温かくする効果はないけれど、その間、体はポッカポカだった。

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