第32話
文化祭が終わった数日後の昼休み。俺が教室に向かって廊下を歩いていると、結香が正面から話しかけてくる。
「亮ちゃん、ちょっと良い?」
「おう、大丈夫だぞ」
「今週の日曜日なんだけど、家に遊びに来ない? 御昼前から夕方まで両親がいないの」
「日曜日かぁ……」
「ん? 何か予定があるの?」
「予定というかぁ……新作のゲームソフトが出るから、一日中遊びたいなぁ……って考えていたんだよね」
「あぁ、そう」
結香は素っ気なく返事をし、腰に手を当て、ホッペをプクッと膨らませて明らかに不機嫌な態度を見せる。
「一体、何をそんなに怒っているんだい?」
「私がせっかく亮ちゃんの喜びそうな事をしてあげようと思っていたのに。ゲームに負けたからよ!」
「喜びそうなこと? え、なに? もしかしてエッなこと!?」
「バカ。すぐそうやって、そっち方面に持って行こうとする。残念ながら、違いますよ!」
「そっかぁ……そうじゃなくても気になる! 遊びに行くよ」
「じゃあ、決まり!」
結香は嬉しそうにそう言って、両手をポンっと合わせる。そして俺に背を向けると、ご機嫌だと分かるぐらい赤い糸を犬の尻尾の様に振りながら歩いて行った。
日曜日に何があるのか楽しみではあるけど、俺にとっては、そういう結香が見えるだけでも、十分に喜ぶことなんだけどな。俺はそう思いながら、結香を見送った。
──日曜日になり、俺は約束通り結香の家へと向かった。玄関の前に立ち、チャイムを鳴らして待っていると、ガチャっとドアが開く。
すると結香が出て来たのだが……結香の姿に驚いて「お前……その恰好、どうしたんだよ?」
「えへへへ……」
結香はメイド服を着て、俺を出迎えてくれたのだ。文化祭でクラスメイトが着ていた様なロングスカートではなく、太ももがチラッと見えるぐらいに短いスカートで、カチューシャまで頭に付けてくれている。
「絶対に嫌じゃなかったのか?」
「うん。皆の前では絶対に嫌。だけど、亮ちゃんの前では大丈夫…………だよ?」
「最後に長い間があって自信なさげだったのは何故だ?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ!」
「あはははは。そうか、そうか」
「まったく……」
「でも、似合ってるぞ。ここだけの話、クラスメイト達より断然に可愛く見える!」
俺がいつもの調子で結香を褒めると、結香は照れ臭そうに俯き加減で「あ、ありがとう……」
「それじゃ、入って良いか?」
「はい、どうぞ。いらっしゃい……じゃなくて。お帰りなさいませ~、ご主人様~」
結香はそう言いながら笑顔で手を振ると、案内するかのように部屋の中へと手を向ける。
「こりゃ、どうも。お邪魔しますよ」
メイド喫茶なんて行った事ない俺は、どう対応して良いのか分からず、とりあえずオッサンみたいに言いながら中へと入れて貰った。結香の案内に従い部屋の奥へと進み、ダイニングに到着すると、結香と俺は立ち止まる──。
結香は手のひらを上にしてダイニングチェアに向けると「こちらにお座りくださいませ、ご主人様~」
俺は何が起きるのか楽しみにしながら、結香の言われた通り、ダイニングチェアに座る。
「ご主人様は初めてのお帰りになりますね? ご主人様の好きな様にお呼びしますが、何と呼べばいいですか?」
「そうだな…………じゃあ、亮様で!」
「かしこまりました。亮ちゃんですね」
「おいおい、いつも通りじゃ勿体ないと思ったから様にしたのに、それじゃいつも通りじゃないか」
俺はツッコミを入れてみたが、結香は「少々、お待ちくださいませ。亮ちゃん、準備して参ります」と、無視をしてキッチンの方へと行ってしまった。なんて店員だ……。
「お待たせしました、亮ちゃん」
結香はそう言いながら、持って来たオムライスをテーブルに置く。オムライスの玉子はフワフワに焼かれていて、中央には定番のハートが描かれている。本当のお店のオムライスみたいに綺麗にハートが描かれているから、練習してくれたのかもしれない。飲み物は……水ではなく、コップにコーラを入れてくれていた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」と、結香は行こうとするので、俺は「ちょ、ちょっと待った店員さん」と声を掛けた。
「どうかされましたか?」
「美味しくなる魔法を忘れてませんか?」
「あぁ!」
結香は本当に忘れていた様で、両手をポンっと合わせると「忘れてた」
「こらこら、そんなんじゃメイド喫茶で働けないぞ」
「いや、だから働かないって。これは亮ちゃんだけにやってるんだから」
結香は何も気にせずに言ったのだろうけど、独占欲が強めの俺にとっては嬉しい言葉だ。
「ありがとう」
「どう致しまして。亮ちゃん、ちょっと待ってくださいね。美味しくなる魔法を掛けて差し上げますから……」
結香は指でハートを作ると、胸の前で左右に動かし「美味しくな~れ、萌え萌えキューン!」と、ハートをオムライスに突き出す。
「はい! これで美味しくなりましたよ、亮ちゃんご主人様! どうぞ召し上がり下さいませ~」
「お、おぅ。ありがとう」
やっている本人も恥ずかしいだろうけど、それを受けている俺も何だか恥ずかしくなって来たぞ。俺は本当のメイド喫茶は無理だな。まぁ、こんな可愛い彼女が居るんだから、いかんけど。
「では、頂きます!」と、俺は両手を合わせ、スプーンを手に取ると、オムライスを一口食べる。
「いかがですか? 亮ちゃん」
「上手い。こりゃ、お世辞抜きでうちの親より上手いよ!」
「ふふ、ありがとうございます」
──あまりの美味しさにガツガツ食べていると、結香は黙って向かい側に座る。そして満足そうな笑顔を浮かべながら両手で頬付けを突き、俺を見つめる。
本当のメイド喫茶の事は知らんけど、多分、ここまで一緒に居てくれないだろう。そう思うと照れくさい所はあるものの、特別な感情を抱かずにはいられなかった。
「一生懸命に作ったので、残さず食べて下さいね。ご主人様」
「おう、残す訳ないだろ」
「ふふ……亮ちゃんなら、そう言ってくれると思ってましたわ。ところでこの後はどうしましょうか? オプションでチェキを用意してありますが、やりますか?」
「もちろん!」
「ふふふ、ご主人様なら、そう言うと思っておりました。本日は、初のお帰りなのでサービスでタダにしておきますね!」
「お! 良心的な店だねぇ。また来たくなってしまうよ」
「ありがとうございます。では、ご主人様が食べ終わったところでカメラをお持ちしますね」
「あぁ、宜しく頼むよ」
──しばらくして俺が食べ終わると、結香は食器を片付けてくれる。その後、居間の方へと移動し……カメラを持って戻って来た。
「では亮ちゃんご主人様。ご希望のポーズはありますか?」
「じゃあ…………あ、片手でハートを作って合わせるのをやりたい」
俺がそう言うと結香は眉をひそめて嫌そうな表情を浮かべる。
「嫌なのか?」
「別に亮ちゃんとハートを合わせるのは良いんだけど、写真だと後で恥ずかしいから……」
「あー……そういうこと。だったら片想いハートをやろう!」
「片想いハート?」
「俺がハートを作るから、結香は親指を立ててグッドポーズをするやつ」
「あぁ……友達がやってたのを見た事ある。でもそれって亮ちゃんは満足なの?」
「いや、満足じゃない」
「ん? どういう事?」
「満足じゃないから、結香にはそれを使って貰う」
俺が指差した方向を結香はみて、納得した様子でポンと両手を合わせ、ニコッと微笑んだ。
「なるほど、その手があったか!」
「だろ?」
「じゃあ早速、チェキを撮ろう!」
俺はハートマークを片手で作り、結香は片手でグッドポーズをする。ここまでは普通の片想いハート。だけど俺達は、結香の運命の赤い糸を使って、見事に両想いのハートを作り上げた。そこでパシャリと写真を撮る。
「どう? 写ってない?」
「うん、写ってないよ」
「じゃあさ、今度は二人ともピースして、お互いの赤い糸を使って真ん中でハートを作ろうよ」
「良いね! やろう、やろう」
こうして俺達は様々なポーズをしながら、運命の赤い糸を繋げてチェキを撮っていった。もちろん、チェキには赤い糸は写ってないけど、俺達にはしっかりと写っている様に見えていた。きっとこれは一つの思い出の形として残る事だろう。
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