第30話

 ──文化祭当日。俺は買い出し係だったので、買ってきたものを教室へと運んでいた。結香も買い出し係で俺と一緒に荷物を持ってくれている。


 俺は教室の前で立ち止まると、結香から荷物を受け取り「結香、すぐ終わると思うからここで待っていてくれ。圭介に渡してくる」


「うん、分かった」


 俺は教室に入るとカーテンで仕切られているホール担当者の控室へと入った。すると執事姿の圭介が出迎えてくれた。


「おぉ、亮。丁度良かった」

「はい、言われたのは全部、買ってきたから」

「サンキュー!」


 圭介は荷物を受け取ると「亮も執事役になれば良かったのに、そうすればきっと結香ちゃんも喜んだと思うぞ」


 当初、メイド喫茶という事だから、男子生徒は裏方に回るはずだったが、それじゃ不公平という事もあり、希望すれば男子生徒も執事の恰好をしてホールを担当することが出来る事が決まった。


「そうかな……? それに見てる感じイケメンに限る! って、雰囲気あるし、どのみち俺には出来なかったよ」

「お前って時々そういうこと言うけど、お前が思っているより、悪くないと思うぞ?」

「ありがとう。どのみち接客するのは苦手だから、やらなかったよ。ところでここに入る前に、藤井さんのメイド姿がチラッと見えたんだが、ぶっちぎりで可愛かったぞ」


 俺がそう言うと、キリッとしている圭介の顔が、だらしない程に緩む。非常に分かりやすい奴だ。


「だろぉ? 俺はあいつの姿をずっと見ていたかったから執事役を選んだんだ」

「ふふ、ご馳走様」

「結香ちゃんは残念だったな。きっと人気者のメイドさんになれただろうに」

「そうだな。まぁ……でも、本人が嫌がっているんだから仕方ない。それに今はそれで良かったと思っているよ」

「なんで?」

「人気者になったら、嫉妬心でどうにかなりそうだったからな!」

「なるほど、そういう見方もあったか」

「さて、そろそろ俺は行くよ?」

「あぁ、もう終わりの方だから買い物を頼むことは無いだろうし、大丈夫だと思うよ」

「わかった。もし何か急に欲しくなったら電話くれ」

「おう」


 ──俺が廊下に出ると、結香は俺に合わせて歩き出す。


「他に買い物を頼まれた?」

「うぅん、大丈夫そう。欲しかったら電話くれって圭介には伝えてあるから、それまで自由だな」

「じゃあ、何をしようか?」

「うーん……特に何がしたいって決めてないんだよね。結香は何かしたいことある?」

「私もない」

「そっかぁ」

 

 結香は上着のブレザーから文化祭のスケジュールを取り出し、見始める。


「……今の時間だと、体育館のステージパフォーマンスでダンスをやってるみたい。行ってみる? 運が良ければアイドル姿になった女子生徒が観られるかもよ?」

「ふーん……じゃあ、やる事ないし行ってみようか」


 俺達が到着すると、黒のワンピースにピンクのフリルが付いた衣装を着た女の子たちが5人、ステージに出てくる所だった。おそらくあれが結香の言っていたアイドル姿になった女子高生達だろう。


「それではダンス部の発表になります」と、司会の男の子が言うとノリのいいBGMが流れ、女の子たちが踊り始める。俺達はとりあえず用意されていたパイプ椅子に座った。


「亮ちゃん、可愛い衣装だね」

「そうだね」

「……さすがダンス部。キレッキレだね」

「うん。本当にアイドルグループを見ている様だ」

「──亮ちゃん、私に遠慮しないでもっとステージの近くで観て良いんだよ?」


 確かに熱狂的のファンのように、ステージの前まで行って、腕を突きあげながら騒いでいる男子生徒が沢山いる。


「いや、ここで良いよ」


 あぁいうノリが好きではないのを抜きにしても、俺は行こうとは思えない。つまらない男と思われるかもしれないが、俺は基本、アイドルとかは好きじゃないんだ。


「そう。まぁ亮ちゃん、目立つの好きじゃないもんね」

「うん」


 ──ダンス部のダンスが終わり、10分間の休憩が入る。俺はこのまま居るのか聞こうと結香の方に顔を向ける。結香も何か俺に聞こうとしていたのか、目が合った。


「どうした?」

「ねぇ、亮ちゃん。亮ちゃんはアイドルに興味無いの?」

「あぁ……興味ないよ」

「どうして?」

「どうしてって……自分でもどうしてだろ? って考えた時期があってさ、その答えが目の前にアイドルがいるのに、テレビの中の届かない女の子なんかに興味なんて沸く訳ないなって思った訳」


 それを聞いた結香は目を見開きながら自分を指差す。俺は黙ってウンウンと二回頷いた。みるみる結香の顔が赤くなっていく。


「ちょ、ちょっと! すぐそうやって冗談いうのやめてよね!」と、結香は言いながら立ち上がる。


「どこか行くのか?」

「ジュースを買ってくる!」

「おう、そうか。じゃあ俺のも頼むよ」


 結香は聞こえているのか、いないのか良く分からないけど、体育館の外に向かってスタスタと歩いて行ってしまった。


「冗談なんかじゃ無いんだけどな……」と俺は呟きながら、結香が買って来てくれるだろうジュースを待つことにした。

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