第28話

「それにしても驚いたな」

「恥ずかしい思いをしたのは亮ちゃんのせいだからね!」

「そういうお前だって、ノリノリで俺の赤い糸と遊んでいただろ? それより、ちょっと気になる事があるんだけど」

「なに?」

「俺達、何で圭介たちの赤い糸まで見える様になったんだろ?」

「あぁ、それね。亮ちゃんはどうだったか分からないけど、初詣の時に私は自分のお願いとは別に、心の片隅で二人の生末も見てみたいと思ってた。だからじゃないかな?」

「なるほど、そこまで一緒な事を考えていたのか」


 俺が返事をすると結香は何故か、ゆっくりと足を止める。俺も合わせて足を止め「どうした?」


「亮ちゃん、この後なにか予定ある?」

「お前にチョコを貰うために部活まで休んだんだ。ある訳ないだろ?」

「ふふ、そうよね。じゃあ寄り道していかない? ここを曲がると古びた喫茶店があるの。そこならゆっくり出来そうだしさ」

「へぇー、そうなのか。知らなかった。じゃあ行ってみるか」


 ──数分歩くと、ここやってるのか? と思う程、手入れのされていない喫茶店に辿り着く。確かにここなら、入る客も少なそうだ。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」と、年老いた女性がカウンターから話しかけてきて、俺達は店の奥へと向かう。


「ここで良いよね?」

「うん」


 俺達は席に座り、まずメニューを手に取った。


「ここのコーヒーが安いのに美味しいの。それにする?」

「あぁ、じゃあそれにする」


 俺が返事をすると、結香は店員の女性を呼んで注文してくれる。


「もう少し亮ちゃんと話がしたかったの。亮ちゃんはその……私がいつ頃から亮ちゃんの事を意識し始めたか分かる?」

「え? ……そうだな、初詣の時にはもうハッキリと運命の赤い糸は見えていたから、それより前だとすると──やっぱり俺が美しい薔薇の話をしたときか?」

「惜しい! それよりもうちょっとだけ後だよ」

「それよりちょっと後? ちょっと後に俺、何かしたっけ?」

「うん!」


 結香が返事をしたところで、店員さんがコーヒーを届けてくれる。


 俺はテーブルの上に置いてあるミルクポーションやガムシロップが入っている容器に手を伸ばしたが「とりあえずブラックで飲んでみたら?」と、結香に提案されたので手を引っ込める。


「あぁ、そうだな」


 俺はコーヒーカップを手に取ると、口へと近づける。その時、芳ばしい匂いが漂ってきて、いつも飲んでいるコーヒーより美味しそうだと感じる。


 フー……フー……と冷ましながら、一口飲み込むと「ニガッ! それに濃いな、これ……」


「ふふふふ」

「お前、嬉しそうに笑っている所をみると、これが苦いことを知っていて頼んだな?」

「えぇ、そうよ」


「ったく、悪戯っ子だな」と俺は言いながら、ミルクポーションが入っている容器に手を伸ばす。


「あ、ちょっと待って」

「なに? 結香の頼みでも流石にこのままは飲めないぞ」

「うぅん、そうじゃなくて。その前にさっきの話の続きをさせて」

「あ、あぁ……どうぞ。俺も早く聞きたい」

「亮ちゃん。私が言い返せるようになってから、私の悪口を言ってた男の子を隠れて成敗してくれたでしょ?」

「!!!! ……知ってたのか?」

「うん、女の情報網を甘く見ないでよね」

「あはははは……」

「それから亮ちゃんのことを意識するようになった……と、同時に避け始めた……」


 思い返してみれば、確かにそれぐらいだったかもしれない。結香と関わるのが少なくなって、気持ちが分からなくなってきたのは……。


「照れくさいのもあったけど……私のせいで亮ちゃんが傷つくのが怖くて、距離を置いて様子を見るようにしたっていうのもあるの」

「そうだったのか……」

「だから、ごめんなさい。バレンタインデーのチョコも『幼馴染だからって何であんたにやらなきゃいけないのよ!』なんて言って、あげられなくて……」

「いや、大丈夫だよ」


 俺が返事をしたところで、店員さんがパンケーキを運んできて、結香の前に置く。コーヒーのついでに、あとこれって頼んでいたのは、これだったのか……。


 パンケーキの上には大量の生クリームが乗っていて、バナナやブルーベリー、そしてミントが乗っている。その更に上にチョコシロップが掛けられていて、横には二枚の板チョコが添えられていた。


 美味しそうだけど「結構、大きくて甘そうだな。一人で食べられるのか?」


「まっさかぁ。一緒に食べるんだよ」

「え、じゃあこれが……」

「うん、私からのバレンタインデーチョコなのです」

「あぁ……そういう事か」


 結香はパンケーキを半分にして別の皿に移すと、俺に差し出してくれる。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「本当は手作りチョコとか、色々と考えたんだけど……失敗しても嫌だし、無難に美味しいって知ってる店にした」

「なるほど。でも俺は失敗しているチョコでも、結香が作ってくれたものならちゃんと食べるぞ」

「ふふ、亮ちゃんならそう言ってくれると思ったけどさ、今日という日を失敗で終わらせたくなかったから、そうしたかったの!」

「お、おぅ。そうか」


 結香は手提げバッグの方に手をやると……二つ折りのメッセージカード? を取り出す。色はピンクで真ん中に大きく赤いハートが描かれている可愛いカードだ。


 結香はそれをスッと俺の方に突き出すと「ん。どうぞ」


「ここで開けて良いの?」

「うん……」


 結香は恥ずかしそうに俯き加減でそう返事をしたが、許可を貰ったので開けてみる。そこにはカラフルな蛍光ペンを使って、リボンなどが書かれていて、中央に『亮ちゃん、いつもありがとう。大好きだよ』と書かれていた。


 それをみて泣きたくなるほど嬉しくて、メッセージカードを持っている手が震える。結香は照れ臭そうに頬を掻きながら「そういえば、花火大会の時に伝えてなかったなぁ……って思って書いてみた──どうかな?」


 当然、俺達の運命の赤い糸は繋がっていて、ハートを作っているぐらいだから、お互いの気持ちは分かっている。分かってはいるけど、口に出すのも大切だと思った俺は──。


「もちろん、最高に嬉しいよ」

「良かった……」

「俺も同じ気持ちだからね」

「うん……!」

「さぁて……美味しそうなパンケーキを食べるかな」

「あ、そうだ。食べて、食べて」

「いただきまーす」


 パンケーキのお味は、見た目通り甘かったけど、濃くて苦いコーヒーと一緒に食べる事で最高に美味しくて忘れられない味になった。


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