第23話
次の日の朝。起きた頃には結香の姿は無かった。流石に昨日の夜の出来事が恥ずかしくなって、帰ってしまったのだろう。残念であると同時に俺もちょっぴり安心している──という事で、俺は学校に行く準備を済ませ、一人で学校に向かった。
「おーい、亮」と、後ろから圭介の声が聞こえ、俺は足を止めて振り返る。
「おはよう、圭介」
「おはよう」
「今日は結香ちゃんと一緒じゃないのか?」
「……ちょっとねぇ」
親友とはいえ流石に昨日、あんなことがあったとは、恥ずかしくて口には出来ない。
「ははん……さては痴話喧嘩でもしたな? どうだ!?」
「まぁ……そんな所かな」
「そうか、そうか。仲が良いのは良い事だが程々にしておけよ」
「おう、ありがとう」
足を止めていた俺達はゆっくり足並み揃えて歩き出す。するとピカンッ! と、一つの案が浮かんだ。
「あ……」
「亮、どうした?」
「あ、いや。そうなんだよ、痴話喧嘩しちゃったんだよ」
「うん、それは聞いた」
「もう直ぐ冬休みじゃん?」
「そうだな」
「だから、仲直りを兼ねて縁結びで有名な神社へ結香を初詣に誘いたい訳よ」
「良いんじゃないか?」
「そこで圭介に頼みがある! 今のままじゃ気まずいから、一緒に付いてきてくれ!」
「はぁ? まぁ……それは構わないけど、それって俺も気まずくないか?」
「ふふん、そこは誰か誘っておくからさ」
「誰かって誰だよ?」
「決まったら連絡する」
「……分かった。付き合ってやるよ」
「サンキュー!」
年が明けるまでまだあるのに、ちょっと強引だったかな? でも、どうやって圭介を誘うか悩んでいたから、すんなり受け入れてくれて良かった。後は痴話喧嘩したっていう嘘がバレない様にする事と、藤井さんを誘わなければ。
──いつもの時間で部活が終わり、俺は部室でジャージから制服に着替えると外に出る。すると、ポツポツ雨が降ってきた。ふふん、でも大丈夫。俺はこんな事があろうかと、通学鞄にしているリュックの中に折り畳み傘を常備しているのだ!
俺は傘をさすと、寄り道もせずに帰り道を歩き始める──本屋がある通りを歩いていると……見覚えのある女子が本屋の前で立っているのが目に入った。その女子は俺の足音に気付いた様で視線をこちらに向けてくる。
「お、亮ちゃん。ちゃんと部活をしてきたな。えらい、えらい」
「結香、こんな時間にこんな所で何をやってんだ?」
「教室で友達と話していて、途中、本屋に寄ろうって話になって、さっきまで友達と本屋の中に居た」
「その友達は?」
「走って帰ったよ」
「結香は?」
「亮ちゃんがリュックの中に折り畳み傘を常備しているのは知ってるし、真面目に部活しているなら、そろそろここを通るだろうなぁ……って思って待ってた」
「なかなか賢い奴だな」
「でしょ!? という訳で……私も入れてちょーだい!」
「ダメだ」
「えぇ……彼女が頼んでるのにダメってどういう事よ?」
結香は両手を腰に当て、怒った表情で俺を見つめる。
「いま俺とお前は痴話喧嘩をしている事になっているんだ。だから、すまん!」と、俺は心を鬼にして? 歩き始める。すると直ぐに結香が俺の腕を掴み止めに入った。
「ちょ、ちょっとぉ……それはどういう事?」
「ふぅー……実はだな──」
俺は辺りを見渡してから今朝の会話を結香に説明する。説明が終わった所で結香はポンっと両手を合わせた。
「なるほど、そんな事があったのね」
「という訳で──」
「コラコラコラ……亮ちゃん、もう少し考えてみなさいよ。圭介君は学校の近くの交差点で曲がるから、こっちには歩いてこないでしょ?」
「確かにそうだけど、圭介が本屋に用事があるかもしれないだろ?」
「それはあるか……でも見つかったって良いじゃない。いまここで仲直り出来たけど、圭介君と一緒に初詣に行きたい気持ちは変わらないから~とか言って誘えば良いだけでしょ? まだ日にちはあるんだし」
「あー……」
「あー……って……」
結香は頭を抱えるかのように片手を頭に乗せる。でも直ぐに手を離し「まぁ良いわ。これで解決したから入れて頂戴」
「仕方ないな、入れてやるよ」
「仕方ないは余計です!」
結香はそう言って、俺が差し出した傘の下に入り、押し退けるかのようにグイっと俺の腕に自分の肩を密着させる。ちょっと強引だけど、そこがまた可愛くて、俺は傘を持っていて結香の手を握れない左手の代わりに運命の赤い糸で、結香の右手を握っていた。
「──あ、そうだ。結香に一つ頼みがあるんだけど」
「初詣のことで?」
「そうそう」
「どうせ、照れちゃって藤井さんを誘えないから、誘っておいてくれないか? とか、言うんでしょ?」
「当たり、良く分かったな。まさか、赤い糸が見えるだけじゃなく、心まで読める能力まで手に入れたのか?」
俺が冗談で心臓を隠すジェスチャーを見せたというのに、結香はこちらを見もせずツーンとした態度で歩き続ける。
「そんなの無くたって、亮ちゃんの事なら大体、想像つくわよ。だって亮ちゃん、昔から美人には弱いもんねぇ」
「ヤキモチ焼くのは良いけどさ、そんな嫌味っぽく言わないでくれよ」
「ヤ、ヤキモチなんて焼いてないわよ。事実を言っただけ!」
「あ、そう。確かに俺は美人には弱い。弱いけど結香、お前は勘違いしている事がある」
「なによ?」
「美人だけど平気な女子はいる」
「は? 誰よ?」
「欲しがりだな……お前。結香だよ」
俺が結香の名前を口にした瞬間、結香は目を丸くして蒸気でも発しそうなぐらい顔を赤くする。そして、こちらを向いたかと思うと、両手で俺を突き飛ばしてきた。
「おいおい、危ないだろ」
「あー……もう最悪。亮ちゃんが変な事を言いだすから濡れちゃった!」
「事実を言っただけで、変な事じゃないだろ──ほら」
俺はそう言って、傘を差し出す。結香はまだ怒ったような表情を浮かべながらも、傘の下に入って来た。
「自分で美しい薔薇って言ってたのに……」
「う・る・さ・い! それ以上、言ったら本当に怒るよ?」
「はいはい、それは怖いのでここまでにしておきます。話は大分それてしまったが……藤井さんの件は?」
「いいよ。引き受けてあげる」
「良かった。ありがとう」
「うん」
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