第16話

 仲直りをした次の日の朝。俺はいつも通りの時間に学校に向かい、先を歩く結香を見つける。普通に追い掛けて挨拶をしたいけど、昨日の事があったから、ちょっと恥ずかしい。


 そう思った俺は駆け寄ると、結香の頭を軽く触れる程度にポンポンと叩き、「おはよ」と挨拶をした。


 結香はあからさまに不満そうな表情を浮かべ、ポンポンとされた髪を触りながら、隣に並ぶ俺の方へと顔を向けた。


「おはよぉ……ちょっと亮ちゃん、人前でそんな事しないでくれる? 気持ち悪い」


 気持ち悪いなんて言っているけど、結香の運命の赤い糸はモジモジしている。気持ち悪いというより、恥ずかしいといった所か。


「人前じゃなければ良いのか?」

「それは……まぁ……恋人同士なんだし? しつこくなければ良いよ」

「分かったよ」

「──そういやさ」

「なに?」

「考えたら俺達、恋人同士! ってこと、あんまりしてないな」

「なによ、いきなり」

「いや、結香から恋人同士って言葉を聞いたら、そう思ってさ」

「……別に焦らなくても良いんじゃない? そのうち、そういうこともあるわよ」

「そのうちね……」

「納得いってないご様子ね」

「だってさ、お前の赤い糸も興味津々だろ?」


 そう。結香の赤い糸は、言葉とは違う様子で、ジッと俺の赤い糸を見つめている。


「バッ……言葉に出さないでよ……まぁ、ねぇ……興味ない事はないけど、いきなりエッ、な展開に進展するのもおかしなものでしょ?」

「エって何?」

「それ言わせるの!? わざとじゃないよね?」

「わざとじゃないよ」


 結香は疑うような眼差しを向けながらも「──エッチな展開よ……」とエッチだけ小声で言った。


「ハッ? エッチってお前……俺はそこまで言ってない」

「ちょっ!? そうなの!? 周りの友達とかそんな話をしているのを良く耳にするから、てっきり亮ちゃんもそれを望んでいるのかと……は、恥ずかしい……」


 結香は顔を真っ赤にさせ、両手で頬を抑えながら、赤い糸と一緒に顔を背ける。悶絶するぐらい可愛い結香を見た俺は、冬だというのに体が熱くなってきた。俺達は本当……こういう所がまだまだウブだよな。


「おい、俺も恥ずかしくて変な汗、出て来たぞ」

「いちいち言うな! と、とにかく事情は分かりましたと。それで亮ちゃん的には何がしたいの?」

「ん~……具体的に何がしたい! って訳ではないけど、そうだな……あ!」

「どうしたの?」

「今度の日曜日。うちの両親、1日旅行で居ないんだ。だから一日一緒に過ごさないか?」

「……」


 結香は無言で俺を見つめて、何か言いたそうな顔をしている。何を言いたいかは大体、想像できるけど「何だよ、その冷たい目は?」と聞いてみる。


「別にぃ。さっきはそこまでって言ったのに……なんて思ってないよ」

「あのな、俺だって男だ。機会があるなら……って何を言ってんだ俺は……そうじゃなくて、俺はただ一緒に過ごし時間が長ければ、恋人らしいことっていうのも見えてくるんじゃないかな? って思っただけだよ」

「ふーん……まぁ、良いよ。どうせ日曜日は用事ないだろうし」

「やった。予定では土曜日の夜に出掛けるみたいだから、朝には両親は居ないと思う」

「了解」


 ※※※


 その日の夕方。部活が終わり、一人で帰っていると後ろから圭介に呼び止められる。


「おー、圭介。お前も帰りか」

「おう。部活、頑張っているみたいだな」

「うん。結香に発破を掛けられているから」

「そうか。仲直りできて良かったな、朝からイチャイチャしやがって」

「見てたのか!?」

「うん、しっかりと」

「まさか会話まで……?」

「いや、邪魔しちゃ悪いと思って離れてたから、流石に会話までは良く分からなかったけど、お前らの楽しそうな表情で分かったよ」

「はは……良かった。そういえばあの時、部活をサボってまで俺にアドバイスくれてありがとな」


 俺がそう言うと、圭介は照れ臭いのか顔を背けた──そのまま黙り込む圭介を俺はみつめ、照れ臭いにしては影がある気がして、そのまま様子を見る事にした。


「いや……礼を言われるようなことしてないよ」

「そうかな?」

「そうだよ。だって俺……正直に言うと自分の為にお前を後押ししてきたんだ」

「え……? 自分のためって、どういうことだ?」

「悪い……俺、ずっと前から藤井の事が好きだったんだ。だからお前と結香ちゃんが付き合っていてくれないと困ると思って、それで……」


 急な展開に俺は言葉を失う。圭介が藤井さんを? でも結香が御弁当を作ってくれたあの時……。


「お前には興味無いって言ったけど、あれは情けない俺を知られたくなくてついた嘘だったんだ……だから藤井がお前を応援していたって聞いちまって、渡したくない気持ちが込み上げてきて……お前を誘導するようなことをしてしまった。ごめん」


 それを聞いた俺は「こいつ」と言いながら圭介の腕をコツリッと突く。


「正直、利用されていたみたいで、ちょっぴりショックを隠せないけどさ……お前の藤井さんを想う気持ちが伝わってきたし、結果、お前に助けられて結香と付き合ってる訳だから、許してやるよ」

「亮……ありがとう」

「おう! ──ところで一つ気になっている事があるんだけど……」

「なんだ?」

「圭介。体育祭の次の日、藤井さんと会話をしていた事、石井に話してないよな?」

「いや、そんな不利になりそうなこと、俺が話す訳ないだろ?」

「だ、だよな。疑うようなこと言って、悪い。お前はこんな俺と付き合ってくれる唯一の親友だからさ……確認しておきたくて」

「心配になる様な事を口にした俺が悪いんだ、気にするな。それと自分の事をこんなとか言うなよ。お前は俺にとっても最高の親友だよ」

「ありがとう」


 なんだか照れ臭い気持ちを抱えながらも、俺達は楽しく会話をしながら帰る。もし運命の赤い糸の様に友情の糸があるとするならば、きっと俺は圭介と繋がっているだろうと感じながら……。

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