第15話
試合が終わり、俺達は何とか守り切り勝利する。
パワーフォワードのチームメイトは俺に近づき、肩をポンポンと優しく叩くと「短い時間だったのに、良い活躍だったな」と声を掛けてくれる。
「ありがとうございます」
「先生には事情を話しておいてやるから、彼女の所に行ってやれよ」
チームメイトはそう言って指で観覧席をさす。その先には結香が居て、俺の方をジッと見つめていた。
「はは……ありがとうございます!」と、俺は会釈をすると、観覧席に繋がる階段に向かって走り出す。
チームメイトが声を掛けてくれて良かった。そうでなければ俺、逃げ出していたかもしれない。
──観覧席に着くと、息を切らせながら辺りを見渡す。結香は……分かりやすい様に階段の側に移動してくれた様で直ぐに見つかった。俺はゆっくりと結香に近づくと、足を止める。
結香は俺と目が合うと、逸らすように俯き加減になった。拒絶……というよりは、大声を出して応援していたから、俺に会って照れ臭くなったのかもしれない。その証拠に結香の運命の赤い糸は結香の後ろに隠れながらも、顔? だけは出して、モジモジとしている。
俺の運命の赤い糸は……試合中はあんなに嬉しそうに暴れ回っていたのに、本人を目の前にして大人しくなってしまっていた。ほんと……こいつは俺の心を映し出している鏡なんだな。
結香がここに居るのは、石井の応援に来ていて、俺は幼馴染だから、そのついでに応援してくれただけかもしない。その気持ちが拭え切れていないんだ。
結香の運命の赤い糸から読み取れない以上、その答えは本人に聞いてみるしか分からない。どうする……?
いや、どうするじゃないだろ、答えはもう決まっている。いつまでもモヤモヤしていたくないし、今でもこんなに好きだからこそ、先に進みたい。例えその先が恐れている結果になってしまったとしても……。
俺はギュッと自分の両手を握ると「あ、あのさ、結香。この後って、何か用事ある?」
「うぅん、無いよ」
「じゃあさ、一緒に帰らないか? 話したい事があるんだ」
「うん、いいよ。私も話したい事があるから」
「──分かった。じゃあ着替えてくる。少ししたら体育館の玄関で待っていてくれ」
「うん」
俺は結香に背を向け、下の階にある更衣室に向かう──自分から話があると振っておいて、結香もって聞いた瞬間、直ぐに何? って、聞き返したくなる程、動揺してしまった。
焦る必要なんてないぞ、俺……落ち着け。
──俺が更衣室に入るころには、チームメイトたちは着替え終わっていて、帰る準備を始めていた。
「葉月。まだ体育館は閉まらないから、焦る必要ないぞ」と、ニヤニヤしながら顧問の先生が声を掛けてくれて、更衣室から出て行く。
「ありがとうございます」
「お疲れ、葉月」
「お疲れ様です」
次々とチームメイト達が更衣室から出て行き、最後に石井が……黙って出て行く。よし、これで落ち着いて着替えられる──俺は結香と話す事を考えながら着替えを済ませると、俺は更衣室を出て玄関へと向かった。
「──お待たせ。じゃあ帰ろうか」と、俺は歩きながら結香に声を掛ける。結香は「うん」と、返事をしながら、ゆっくりと歩き出した。
外に出ると、チラホラと雪が降っているのが見える。こんな時に……これじゃゆっくりと歩いていられないかな?
「なぁ、結香。ファミレスとか、どこか寄ってく?」
結香は黙って首を振ると「うぅん。このぐらい平気だし、寄り道せずに帰ろうよ」と、返事をして、景色を楽しむかのように、両手を後ろで組みながら、ゆっくりと歩き、空を見上げた。
「分かった。話の事なんだけど……俺から先で良い?」
「どうぞ」
「結香が帰ろうって誘ってくれた時、怒鳴ってしまって、ごめん」
「あー……あれは悲しかったなぁ」
結香は俺に意地悪をするかのように棒読みでそう言った。俺は苦笑いを浮かべながら「だから、ごめんって」
「ふふ、大丈夫だよ。だからこうして、応援に来てあげたんでしょ!」
「うん、ありがとう。俺の糸も喜ぶぐらい嬉しかったよ」
「そうだったの?」
「え? 気付かなかった?」
「うん、ちょっと遠かったから良く見えなかった」
「そっかぁ……じゃあ言うんじゃなかった」
結香はニヤッとすると、俺の腕を小突いて「何でよぉ、そういう事はバンバン言って良いと思うよ?」
俺は照れ臭くて、笑顔だけで返事を返す。良かった……とりあえず仲の良い幼馴染の関係は壊れていない様だ。問題はこれから──。
「結香。もう一つ、言っておきたい事あるんだけど、良いかな?」
「どうぞ」
「俺……怒鳴ったあの日に、石井と結香の会話を聞いていた。ごめん!」
結香は顔を正面に向ける。結香の笑顔がスゥー……っと、消えていき、俺は不安を募らせていった。たまたま見かけたとはいえ、盗み聞きをしていたのは確か。怒られようが何しようが仕方がない。
「知ってたよ。だから誤解されちゃいけないと思って、一緒に帰ろうって誘ったんだもん……」
「誤解?」
「亮ちゃん。私の運命の赤い糸、見えてたんでしょ?」
「あ、うん。見えてた」
「あれ、石井君に出したんじゃないから」
「え? じゃあ誰に出したんだよ」
結香は怒った表情で俺の方に顔を向け「亮ちゃん以外に出す訳ないでしょ! 私を尻軽女にしないで!」
結香の運命の赤い糸は、結香に同意するかのように力強く頷いている。という事は、これは本当の結香の気持ちなんだ。
「あ、あぁ……ごめん」
俺は結香の勢いに圧倒され、謝ったまでは良いけれど……話がイマイチ掴めない。結香の表情がスゥー……と、元に戻り、結香はまた顔を正面に向ける。
「亮ちゃんはさ……感情が高ぶった時に無意識に運命の赤い糸を出しちゃうことは無いの?」
あ~……振り返ってみれば「思い当たる節がある」
「それだよぉ、私が出したのは……私ね。石井の奴が顧問の先生に、あいつは練習に身が入ってないとか亮ちゃんの悪口を言って、スタメンから外すように言ってるって噂を友達から聞いてたの」
「なに! それが本当なら許せんッ!」
「でしょ!? だから真相を確かめようと、亮ちゃんのことを考えながら石井と話していたら、糸が勝手に出て来ちゃったの!」
「お、おぅ……そうだったのかぁ。なんか、ごめん」
結香は顔を赤くしながら、自分の顔を手でパタパタと扇ぎだし「本当よ! あ~、もう。恥ずかしいなぁ……こんなことを言わせないでよね、まったく」
「申し訳ない……」
「私が一緒に帰るのを断ったのは、小学校の頃からずっと負けず嫌いで頑張り屋さんの亮ちゃんを側で見て来たからこそ、練習試合とはいえ、中途半端なことして後悔するようなことになって欲しくない気持ちがあったからなんだよ」
「そうだったのか……ありがとう」
「うん!」
結香は俺の腕とソッと触れるぐらい近づき「本当は一緒に帰りたいのを必死に我慢してたんだぞ!」と言って、キュッと俺の手を握る。
ポカポカする気持ちとは裏腹に、結香の手は凄く冷たくヒンヤリしていた。体育館の中は暖房が効いていたとはいえ、動いていなかった結香にとっては寒かったのだろう。そんな中、一生懸命応援をしてくれた結香に感謝しつつ、結香を疑ってしまった事を深く反省した。
そして……俺はより一層、大好きだという気持ちを募らせる。その気持ちに応えるかの様に、俺達の運命の赤い糸は、絡み合いながら結ばれ……また一本の太い赤い糸に変わるのだった。
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