第11話

 俺達は家に帰ると直ぐに俺の部屋へと向かった。俺はフローリングの床の上に買ってきたタコ焼きや、焼きソバが入った袋を置くと、まず窓を開けて、扇風機を回した。


「亮ちゃん、何から食べる?」

「とりあえず全部、床に並べれば良いんじゃね」

「あー、そうね」


 結香はそう返事をして、コンビニで買ってきたジュースを並べる。俺は結香の正面に座ると、焼きそばを袋から取り出し、床に並べた。


「──では頂きます」

「頂きます」


 スゥー……っと鼻で息を吸い込み、ソースの匂いを味わいながら俺達は割り箸を手に取り、食べ始める──。


「屋台の食べ物って、やっぱりうめぇな」

「そうだね。何でこんなに美味しく感じるだろ?」

「さぁ?」

「──ねぇ、亮ちゃん。食べ終わったら花火が始まる前に聞きたい事があるんだけど、良いかな?」

「聞きたい事? 今じゃ駄目なの?」

「うーん……食べながらするような話じゃないから……」

「ふーん……」


 食べながらするような話じゃないって何だ? 下品な話しか思いつかないのだが……俺は気になりつつも、その話題に触れることなく食べ進めた。


 ──俺達は夕飯を食べ終わり、空になったトレーを片付け始める。


「なぁ、結香。さっきの話って何?」

「その前に片付けようよ。それに──」


 結香はそう言ってティッシュを1枚とると俺に差し出してくる。


「口の周りのノリを拭いてよ。まったく子供ね……」


 どの口がそれを言うのか……俺はそう思いながらもティッシュを受け取り、口の周りを拭いた。


「あのさ──」と、結香が口を開いたかと思えば、何か言いにくい事があるのか、結香はすぐに口を閉じる。


「ん? どうした?」

「亮ちゃんさ……ここ最近、藤井さんと何かあった?」

「!」


 あぁ……そういう事……そりゃ食べながら話したくないわな。


「何かあった程ではないけど、体育祭の次の日に話しかけられた程度だよ」

「そ、そう……変なこと聞いて、ごめんね」

「いや、別に良いけど」

 

 俺がそう答えると、結香は俯き加減で黙り込む──結香のやつ、石井にはあぁ言ってたけど、ちゃんとヤキモチを焼いてたのかよ!!!!


 恥ずかし過ぎてなのか、俺と顔を合わせられないのも可愛すぎるだろッ!!!


「えっと……亮ちゃん。もう食べ終わったし、蚊取り線香を焚いておく?」

「え? ──あ、そうだね。花火が始まったら網戸も開けるからね」

「そうそう」


 俺は立ち上がり、蚊取り線香に火を付け準備を始める──。


「なぁ、結香。花火が始まるまで、あと20分ぐらいあるけど、どうする? ゲームでもする?」

「──うぅん、そんな短い時間じゃ楽しめないから、二人で星でも眺めてようよ」

「分かった」


 俺は蚊取り線香に火を付けると、星が見える様に窓側に移動した──すると結香は体温が伝わってきそうなぐらい近くにやってきて、黙って俺の横に座る。


 おいおいおい……いつもは素っ気なく距離を置くのに今日の結香は妙に素直なじゃないかい!? 何だか昔の結香に戻ったようだ。


「星……綺麗だね」

「あ……うん、そうだね」


 結香と一緒に星を眺めるのは、何も初めてではない。だけど今日はいつもと違う恋愛よりの空気が流れているからか、会話が続かないほどドキドキしている。


「──美しい薔薇には棘がある。だから私には棘があるじゃない?」

「は?」

「何よ、その反応! もしかして忘れたの!?」


 結香はそう言って、フグの様に可愛らしくホッペをプクッと膨らませる。忘れる訳ない……。


「ちゃんと覚えてるって、俺が中学の時に言った言葉だろ?」

「そう……」


 中学一年になるまで結香は素直で大人しい性格だった。それは良いのだが、言い返したりしないからと、調子に乗ったクラスメイトが結香を悲しませるような事をしてきて、結香は一時期、塞ぎ込んでた時期があった。


 それを見兼ねて俺が結香に言ったセリフが、美しい薔薇には棘がある。だからお前に棘があったって良いんじゃないか? 嫌なこと言われたりされたら、もっとやり返したって良いんだぞ! だった。

 

 それがキッカケで今のツンデレ結香が出来上がり、赤い糸が見えない時期は悩んだりもしたが、いまは良い思い出だ。


「私ね……亮ちゃんのあの言葉があったから、言い返せるようにはなったけど……亮ちゃんに対しても素直に接しられなくなってきて……ずっと前から、このままで良いのかな? って、悩んでた。さっきだって本当は亮ちゃんに助けて貰って、真っ先にありがとうって言いたかったんだよね……でも素直になれなくて、あんなことを言っちゃった……ごめんね」

「うぅん、大丈夫だよ」

「だからね、決心したんだ……」


 結香は俺の方に体を向け、トロンとした上目遣いで俺を見つめる。すると結香の赤い糸がシュルリと俺の体の方へと伸びてきて、太ももを撫でるように通り、俺の上半身へゆっくりと巻き付いていった。


「そんな事で悩むぐらいなら、昔の私の様に素直になろうって……」

「結香……」

「だから亮ちゃんも素直になろうよ。ね?」

「え……それってどういう事?」

「私とキスしたいんでしょ? ずっと見えてるんだよ、亮ちゃんの赤い糸が私の唇の方を見て待機してるの」

「!!!!」


 驚きのあまり声が出ない。結香も俺の運命の赤い糸が見えていたのかよ……。


「──いつから見えていたんだ?」

「中学二年の初詣から」


 一緒じゃねぇか……だとしたら、結香もあの時、同じことを願っていたのか?


「そうなんだ……」

「だから知ってるよ、亮ちゃんが石井君の事を心配して様子を見に来た事や、授業中に私に向かってくる赤い糸を必死に止めた事まで全部ね」


 結香はそう言って俺の両手を取り、互いの指が挟まる様に手を握る。そして静かに目を閉じた。


 結香の赤い糸が行けと言わんばかりに、自分をツンツンと指している。


「亮ちゃんも、私の見えてるんでしょ?」

「う、うん……」


 俺は覚悟を決め、ゴクッと唾を飲み込んだ。


 今度は俺の赤い糸が結香に向かって伸びて行って、お尻から胸……そして透明感のある白くて綺麗なうなじを、優しく撫でる様に上がっていく。なんだか自分で触っている様で恥ずかしい。


 ずっと我慢をしてきたからか、俺は吸い込まれる様に結香に近づく──そこでドーンッ!! と、花火の破裂音が鳴り響いたが、俺は勢いに身を任せ、結香肩を抱き寄せて、柔らかくて気持ち良い結香の唇に初めてのキスを交わした。


 こんなに絡み合い、愛し合っているんだ……結ばれない方が無理だよな。俺達の運命の赤い糸は、もう離さないと言わんばかりに絡み合い、一本の赤い糸となっていった──。

 

 結ばれたことは凄く嬉しいけど……今まで答えを先延ばしにしていただけあって、ツンデレ結香が居なくなっちゃうのは、ちょっと寂しい……贅沢な悩みって分かってはいるんだけどね。


 夏のせいなのか、体が火照っているせいなのか、暑くなってきて汗が滲み出てくる。離れたくないけど、そろそろ離れないと嫌われるかな?


 俺がゆっくり顔を離すと、結香もゆっくりと顔を離す。結香が目を開けると、お互いの顔を見つめながら照れ笑いを浮かべた。


 さっき結香が、素直になろうよって言ってくれたのは、キスに対してだって分かってはいるけど──


「なぁ結香、一つお願いがあるんだけど良いかな?」

「なに?」

「俺、素直な結香も好きなんだけど……ツンデレのお前も好きで……その……たまにはツンツンしてるところも見せて欲しい」

「──はぁ? もしかしてなかなか告白して来なかったのは、それがあったから?」

「まぁ……そんなところ……」

「はぁ……仕方ないわね。付き合ってあげなくもないわよ」

「サンキュー!」

「べ、別に御礼なんて良いわよ。私がそうしたいだけなんだから」

「──ふふ」

「ふふふ」

「──結香、前からずっと好きだったよ」

「うん、私もだよ」


 こうして俺達は結ばれ、肩を寄せ合い夜空に広がる盛大な花火を満喫した。


 ずっと好きだった……それには赤い糸が見えていない時も含まれている。俺は結香に例え赤い糸が見えなくなっても、ずっと好きだと伝えたかったんだ。


 まぁ……そんな事をイチイチ伝えなくても、結香には伝わっているだろうけど! だって、そうじゃなければ、お互いの赤い糸が見える奇跡が起きるはずないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る