第10話

 御祭り当日。一緒に登校する事すら恥ずかしがる結香だから、俺達は別々に待ち合わせ場所である公園入口に向かった。どうせ帰りは一緒に帰るのだから、同じだと思うのだけど、結香の中では違うらしい。


 公園に着くと大勢の人が来ていて、ガヤガヤと賑わっていた。まだ花火まで1時間以上も前なのに、結構の人が来てるな……まぁ屋台があるからだろうけど。


 俺は辺りをキョロキョロと見渡しながら、結香を探す──すると、チャラい二人組の男が結香を挟んで立っていて、一人は結香の手首を掴んでいた!


 何してんだ、あいつ等!!! 俺は急いで結香に向かって駆け寄る。


「お姉さんさぁ、男と待ち合わせなんて嘘なんだろ? さっきから俺達みてたけど、誰も来ないじゃん。一緒に遊ぼうぜ」

「ちょっと離してッ! 気持ち悪いッ!!」

「気持ち悪いだとッ!?」


 結香は男の手を振り解こうと暴れているが、男は強く握っている様で離さない。


「いっ痛いッ! 痛いってばッ!!」


 結香がそう悲鳴を上げ、俺は頭に血が上り離しやがれッ!!! と、叫ぼうと思ったが──グッと堪える。


 相手は二人……変に怒らせ一方的にボコられて、結香が連れ去られでもしたら厄介だ。俺は大きく深呼吸をして冷静を装い、チャラ男たちに近づく。


「すみません、ツレがどうかしたんですか?」

「あ? 本当に男がいたのかよ」


 結香の手を掴んでいるチャラ男はそう言って、チラッともう一人の方に視線を向ける。もう一人のチャラ男は、周りを確認すると黙って首を横に振った。


「だったら、いいや」


 結香の手を掴んでいたチャラ男はすんなり手を離し、もう一人のチャラ男と共に奥へと進んでいく。俺は胸を撫で下ろした。


 結香が俺に近づき、キッと睨みつける様に俺を見つめた──と思ったら、今度は俺の胸に顔を埋める。


「何でもっと早く来ないのよ!! 馬鹿ッ……!」

「ごめん……」

「さっきのあんたのせいだからね!」

「うん、そうだね」

「だから……私が落ち着くまで私の顔を隠してなさいよ!」

「──うん、そうするよ」


 俺の黒い甚平の隙間から冷たいものを感じる。きっと今、結香は怖くて泣いているんだ。俺は結香が落ち着くまで、周りの人に顔が見えないように、結香の頭を両手で包みながら、空を見上げる。


 ──数分して、結香は落ち着いたのか俺から離れようとする。俺は結香の頭から両手を離した。


「──結香、大丈夫なのか?」

「う、うん……」

「そう……じゃあ行こうか?」

「そうね」


 俺達は並んで歩き出し、屋台が立ち並んでいる方へと向かう──いつもなら胸を弾ませながら屋台を見ていくのに、あいつ等のせいで台無しだ。


 結香の事が気になりチラッと視線を向けると、結香も同じ気持ちの様で、暗い面持ちのまま屋台を見ないで俯き加減で歩いていた。


 こういう時は、さっきの出来事とは全く関係ない話をするのが良いよな。


「お、結香。今回の甚平は浴衣並みに派手な花柄だな。黒がメインだから花柄が映えて、とっても綺麗に見える」


 俺がそう言うと、ようやく結香は笑顔を見せる。


「でしょ~、亮ちゃんの“くせに”良く分かってるじゃない」

「“くせに”は余計だよ」

「ふふ」


 結香は小さい頃から、夏祭りは甚平を着て来ていた。近所でやる事もあり、お手軽に夏祭りを楽しめて好きという理由らしい。


 それに値段もお手頃という事もあり、結香は毎年の様に新しいのを買っていた。それを褒めるのは俺の役目で、ちょっと不機嫌な時でも、直ぐに機嫌が直る程、結香は甚平を褒められるのが好きだった。だから今回も──。


「あ! 亮ちゃん、亮ちゃん。チョコバナナ食べて良い?」


 ほら、もう顔を上げてキラキラと目を輝かせながら、チョコバナナを見ている。


「まだ夕飯も食べてないのに、デザートいくのかよ?」

「別に良いじゃん、そんなの!」

「まぁ……美味しいから良いけどよ」

「でしょでしょ、行くわよ」


 結香はそう言って、チョコバナナが売られている屋台の方へと駆けていく。


「おいおい、そんなに急がなくても、チョコバナナは逃げないぞ」


 まったく……まだまだ子供だな。そう思いながらも俺はいつもの様に胸を弾ませることが出来ていた。

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