第7話

 更に体育祭が進み、最後のクラス対抗リレーとなる。俺は関係ないのでグラウンドの端の方へと移動を始めた。


「おーい、葉月はづき。ちょっと待ってくれ」


 後ろから担任の声が聞こえてきて、俺は足を止めて振り返る。


「どうしたんですか?」

「リレーに出てくれないか?」

「は? どうして……?」

「石井が突然、具合悪いと帰ってしまったんだ」

「具合が?」


 おかしいな? さっき見かけたけど、そうは見えなかったけど……。


「まぁ……それは仕方ないと思いますけど、どうして俺なんですか? 補欠が居るはずじゃ……」

「それがな。俺はもう関係ないと帰ってしまったみたいなんだ」


 そう言って先生が苦笑いを浮かべると、司会の男の子が「──それでは二年生のクラス対抗リレーとなります。出る人は準備を始めて下さい」


 もう誰かを探している時間は無いな。仕方ない……。


「はぁ……どうせ暇だし良いですけど、俺、なんの練習もしてないですよ?」

「大丈夫だよ。体育祭なんだから、気軽に行こうぜ」

「分かりました。行ってきます」

「あぁ、頑張れよ!」

「はい!」


 確か石井が走るのは2番だったな。1番と最後の4番よりはマシだけど、汗が噴き出るぐらい緊張している。


 ──俺がスタート位置に着くと、何だか周りがザワついた気がする。クラスメイトには石井が出ない事、伝わってないのか? 緊張に不安が混ざり、更に体が固くなる。俺は落ち着かなくて隣の男子にぶつからない様に軽く準備体操を始めた。


「皆さん位置に着きましたね? では始めます。よーい──」


 司会者の男の子がスターターピストルを鳴らし、5人が一斉に走り出す。


 同じクラスの男子は誰かと話している所を見た事が無い程、大人しい男の子。だけど練習の時はズバ抜けて足が速かった。俺はドキドキしながらもレースを観察する。


 ──最後の直進に差し掛かり、今のところクラスの男子が一位で体一つ分、リードを保っている……が、バトンの受け取りミスをしてしまえば、あっという間に詰められてしまう距離だ。俺はグッと手を握り、走る準備を始める。


「ゆっくり走り出すよ!」


 他の子達は練習してきたからタイミングとかバッチリなんだろうけど、俺にはそれがない。だからその分、声を掛け合ってカバーする!


 ──それが良かったのか、他の子達と接触することなく、スムーズにバトンを受け取る事が出来た。よし、心配だったところは何とか突破したぞ!


 勢いに乗った俺はいつもより速く走れている気がする──だけど上には上がいて、二位だったクラスの男子に追い抜かれてしまった。


 ──くそッ! このままじゃドンドン離されてしまう! 


 焦った俺が更にスピードを上げようとした瞬間「亮ちゃん~、頑張れ~。負けたら承知しないぞ~」と、結香の声援が聞こえてくる。


 ふ……あんなふざけた応援でも聞こえてたのかよ。良い具合に力が抜け、カーブをスムーズに曲がりきる。あそこで更にスピードを上げていたら、バランスを崩して転んでいたかもしれない。これはリレーだ。俺が負けても次がある。グッジョブ、結香!


「──圭介!」

「任せろ!」


 俺が次の走者の圭介に声を掛けると、圭介はゆっくりと走り出し──無事にバトンを繋ぐことが出来た。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 横に退いて、息を切らしながらレースを見守る。


「おー……おー……さすが圭介」


 圭介は俺の屈辱を晴らすかのように、グングンとスピードをあげ、一位を追い越す──それどころか距離を離していった。


 ラストを走るのはクラスで三番目に足が速い男の子。でもクラスのムードメーカーだ。他のクラスがどれだけ速い子を用意しているかは分からないけど、きっと大いに盛り上がるだろう。


 ──それぞれのクラスがバトンを繋ぎ、最後のバトルとなる。一位は俺達のクラス、二位はさっきまで三位だったクラスが巻き返して二位となっている。圭介が稼いだ貯金は0に等しく、どのクラスが一位になってもおかしくない状況になっていった。


 そして──それぞれのクラスが自分たちのクラスの走者を応援し、最大に盛り上がる中、3人がほぼ同時にゴールする。一位は……なんと俺達のクラスだった!!


「やったな! おい!」と、圭介が最後の走者の男子に駆け寄る。俺も後に続いて駆け寄った。


 走ったメンバーで肩に腕を乗せ、円陣を組んで子供みたいに、はしゃぎながら喜び合う。今までこんな経験した事なかったから、凄く楽しくて、周りの目なんて全く気にならなかった。


「今日の走者が亮で良かった!」と、圭介が言うと、クラスメイトが「本当、本当」と、相づちを打つ。


「どういう事?」

「石井のやつ、協調性がないから、練習の時に一度も成功しなかったんだよ」

「今日のリレー、本当にギリだったから、あいつだったら負けてたよな」

「うんうん」


 そうだったのかぁ……クラスメイトと圭介の話を聞いて、嬉しい気持ちが込み上げてくる。


「おい、亮」

「なに?」

「あれ」


 圭介が指差した方を見ると、結香が遠慮深げに離れて立っていた。


「行ってやれよ」

「あ、うん……」


 俺は圭介の肩から腕を離すと、結香に近づく。


「もう良いの?」

「うん。そうだ結香、応援ありがとう」

「べ……別にクラスの為に応援しただけだから、御礼なんて言わないでよ」

「あ!」

「どうしたの?」

「考えたら俺……負けてるじゃん! しかも俺だけ……」


 俺がそう言うと、結香は「ふー……」と溜め息をつき、首を横に振る。


「なんだよ?」

「相手が誰だか分かってるの? 陸上部だよ、彼」

「え? そうだったの」


 何故か結香は後ろを向くと、手を後ろで組む。


「そんな彼に大差つけられなかったんだから、カッコ良かった──とまでは言わないけど、十分過ぎるぐらい頑張った方なんじゃない?」


 結香はそれだけ言い残し、ゆっくりと俺を置いて歩いて行ってしまった。きっと面と向かって言うのが照れ臭かったんだろう。


 リレーの選抜の時は散々だったけど、今日は少し、良い所を見せられたかな? そう思いながら、俺は青く澄み渡る空に向かって両腕を伸ばし、清々しい気持ちで大きく背伸びをした。

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