第5話

 学校が指定している緑のジャージに着替え、グラウンドに行くと、大勢の生徒達が集まっていて、友達と会話をしたり、準備体操をしたりと各々の時間を過ごしていた。


 えっと……結香は来ているかな。周りを見渡すと、目の前を石井が通る。石井の後ろには三人のクラスメイトの女子が後を追いかけている様だった。


「ねぇねぇ、石井君。今日のリレー、頑張ってね」


 一人の生徒が話しかけるけど、石井は顔色一つ変えずに「あぁ……」と、素っ気なく返事をしていた。


 それでも周りの女子達はキャッキャと嬉しそうだ。分かってはいたが、石井って結構、モテるんだよな……急に不安な気持ちが込み上げ来る。


 俺はそれを振り払うかのように首を振ると、始まる前に結香に声を掛けようと歩き出した──が、直ぐに「おーい、そろそろ集まれ~」と、担任の声が聞こえてくる。


 タイミングが悪かったな。仕方ない、結香に話しかけるのは後にするか。


 ※※※


 体育祭は順調に進み、昼休みになる。俺は結香に話しかけるタイミングを逃していて、まだ話しかけられずにいた。


 体育祭は全学年が一斉にやるので、どこかで空く時間は存在する。でも昼休み以上に時間が空くことは無い。


 もし俺が石井だったら、昼休みの間に告白するだろう。俺はキョロキョロと辺りを見渡し、石井と結香を探す。クラスメイト達が続々と教室に向かって歩いていく中、二人の姿は見当たらなかった。


 俺はグラウンドで立ち止まりながら、これからどうしようか考える──確かに結香が石井に対して、運命の赤い糸を出した事は無い。だけど……だけどこれからはどうだ? 告白されたり、何かキッカケがあったら、出てくる事だってあり得るんじゃないか?


 ──そう思うと不安な気持ちが込み上げてきて、居ても立っても居られなくなってきた。俺は心配して出て来ていた俺の赤い糸に、「あいつ等、どこ行ったんだろうな」と聞いてみる。


 すると不思議な事に俺の赤い糸は、校舎の裏側に向かって動き出した。赤い糸同士、何か通じているものがあるのか? 俺は赤い糸についていく──。


 少しして赤い糸は曲がり角の手前で動きを止める。きっとこの奥に二人が居て、どうするのか俺に判断を任せてくれているんだ。


 どうする……とりあえず離れるか。俺は二人に会っても言い訳を出来るように一旦、来た道を戻って距離を置いた。


 さて……どうする? 結香とはまだこのままの関係でいたいけど、ライバルに取られたくはない。この気持ちは確かだ。


 かといって邪魔をしに行くのは……結香に嫌われたり、石井に恨まれそうで怖い。──あ~……もう! 判断が出来ない!

 

 俺は壁に背中を預け悩み続ける──すると、俺の赤い糸がソワソワしている事に気付いた。何かあったのか? それともこいつも焦っているのだろうか?


 ──もう、良いや! 俺は決心して壁から背中を離すと、二人が居ると思われる曲がり角の先に向かって歩き出す。一旦、曲がり角の手前で足を止めると、大きく深呼吸をした。


 よし、行くぞ! 気合を入れて足を一歩進める──と、突然、結香が曲がり角から出て来てビックリする。結香もビックリしたようで目を丸くしていた。お互いゆっくりと足を止めていく。


「あら、亮ちゃん。こんなところで何をしてるの?」


 いきなりそんな事を聞かれるとは思ってなかった俺は、心の中で慌てふためく。


「えっと……圭介を探してた」

「ふーん……」

「何だよ?」

「てっきり石井君の噂を誰かから聞いて、心配で私を探してたのかと思った」


 図星をつかれ、心臓が飛び出しそうなぐらいにビックリさせられる。


 こいつ……冷静な表情をしているけど、俺をからかってるな? だったら、そうだよって返事して、逆に動揺させることも出来るんだぞ?


 でも、そこまで勇気がなかった俺は──


「ちげぇーよ」

「ふーん……あ、そう」


 結香は素っ気なく返事をして歩き出し、俺の横を通り過ぎると「早く見つけて御飯食べないと、次の種目で、お腹痛くなるぞ」


「分かってるよ」


 俺が返事をすると結香は俺に背を向けながら手を振っていた。結局……石井の姿は見えなかったし、結香はポーカーフェイスが上手いから告白されたのか? されたのなら何て答えたのか? 全く分からなかった。


 だけど──結香がてっきり石井君の噂を誰かから聞いて、心配で私を探してたのかと思ったと言った瞬間、結香の赤い糸が様子を見るかのようにヒョッコリ顔を覗かしていたから、俺と赤い糸は何だか安心していた。

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