第7話 イエイ

 引っ越しの片付けも終わり、落ち着いてから一週間ほど経った頃。

 鈴子はふと思い立ち、白い壁の前にソレを呼ぶ。


「ちょいと。そこの壁を背にして、こっちを向いてくれ」


 言いつつ携帯端末のカメラ機能を起動させ、被写体のソレをパシャリ。

 だが、寸前でカメラに気づいたソレは、カメラの画角外にパッと姿を移動させた。

 ほとんど無表情の顔だが、少しばかり興奮気味に目を大きく見開き、抗議の様子。

 伝わってくるのは、夏だからって心霊特集に応募する気!?、それとも魂を取る気!?、という憤慨っぷり。


 写真で魂を取られるとは、いつの時代の話か。

 そのくせ、心霊特集なんて俗っぽい話まで、当の本人から出てくるとは。


 半ば呆れた鈴子はどれも違うと首を振るが、すり抜けた壁の横から覗く目は不審に満ちており、まるでこちらが手を上げている加害者のようで気分が悪い。

 ――自分はこの場所に訪れた相手を片っ端から呪ってきた手合いのくせに。

 呪う理由も、相手の生死すらも、すでに遠い過去で憶えていない、構いもしないソレは、負け犬の遠吠えよろしく、ぽっかり空いた穴のような口を大きく開けてきた。


 写真で殴るつもりなんでしょう!?――と。


 意味が分からず眉間に皺を寄せる鈴子へ、ソレは威嚇したまま説明してくる。

 ……どうやら、そういう攻撃法で幽霊を撃退するゲームがあるらしい。

「ゲームって……。いや、そもそも、なんだってアンタにそんな知識が」

 完全に呆れ顔で尋ねたなら、さすがにゲームと現実を混同したことに羞恥でも感じたのか、萎縮した様子でソレは自分の知識の出所を明かした。


(まさかのインターネットかい。そういや昔、幽霊の正体はプラズマだかなんだかって話があったっけ。よく分からんが、電気系統に強いってことかね?)

 鈴子はやれやれと首を振ると、大きくため息一つ。

 コレに釣られるようにしてソレが壁の横から伸びてきた――


 ところをパシャリ。


 ――――!!

 完全な不意打ちのせいで除けきれなかったソレが、歪な形で暴れ出したのを尻目に、鈴子はさっさと家を出て行った。


* * *


 それから一時間後。

 近くの某ショッピングモールから帰って来た鈴子は、出迎える恨めしい顔に目もくれず座布団に座ると、ニヤニヤしながらテーブルの上に一枚の写真を出した。

 そこに映っていたのは――何の変哲もない壁。


 覗いたソレは肩透かしを食らったような顔をするが、鈴子はにやけた顔のまま。

「ま、別に何も映ってなくたっていいのさ。アタシが欲しかったのは、その画角にアンタがいたって事実だけだから。――ジャーン!」

 終始楽しそうな鈴子の手には、小さい黒縁のフォトフレーム。

 そこへ壁の写真を収めては、とりあえずテーブルの上に置いた。

 ソレが不思議そうな顔で眺める横で、小さい湯飲みと皿を置く。


「ほら、アタシが来てから、所在なさげだっただろ? どこにいるにしても、なんとも落ち着かなさそうだったからさ。周りもアタシのモンばっかだし、ちょいとばかり気になっていたんだ。だから、アンタのモノっぽい部分を作りたくて」


 せっかくならお供えもそれっぽくしたいだろ?

 その内、ちゃんと祭壇みたいな感じにしたいが、まずはこれで。


 どこまでも自分勝手に、ソレのために用意したモノを楽しそうに並べる鈴子に、ソレが何を思ったかは――ソレにしか分からない。

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