第2話 曰く付き

 その昔、そこには空き地があった。

 周囲が開発に勤しむ中で、忘れられたように、そこだけがいつも残っていた。

 隣にビルが建とうが、裏に家が建とうが、誰にも気づかれず、誰も不思議に思わず、空き地はそこにあり続けた。


 転機が訪れたのは、すっかり開発し尽くされた街並みに人々が慣れた頃。

 新天地に訪れたとある資産家が、不自然な空き地に気づいた。

 生活に困らない場所。それなのに、誰も手を付けないどころか、子どもすら遊び場にしていない、不思議な空間。


 そうして、誰もその場所について何も知り得ない時代になって、ようやく手を加えられたその空き地には、マンションが建った。


 ――それが、誰かの記憶に残る、はじまりの出来事。


 以来、空き地にはマンションが建ち続けることになる。

 潰れては建つマンションは、その都度形を変え、持ち主を変えたが、住居以外の目的で建設されることは計画段階でもなかった。

 潰れる原因に、人の死が、少なくない数関わっても、変わることなく……。


 ある時、気づいた者がいた。

 マンションが建ってより続く、怪奇現象について、ではない。

 何度目かの施行の時。携わる会社の上役だったその男は、狂ったように同じ場所で建て替えられるマンションの、一つの法則に気づいたのだ。建て替えれば建て替えるほど、設備が新しくなればなるほど、起こる怪奇現象の範囲が狭まることに。


 そうしてオーナーとなった時、男はこれまでで一番の建築を施した。


 ……せっかくなら、別の場所に建てればいいのに。

 当然の如く上がる声を無視した時点で、男もまた、このマンションに取り憑かれていたと言って良いのかも知れないが、とにかく、男は自分の気づきを証明するべく、また同じ場所にマンションを建てた。

 結果として、男の気づきは当たっていたようだ。その当時、持ちうる技術でもって造り上げた建物の中のほとんどから、怪奇現象は消え去った。


 ただ一室を除いて、だが。


 過去に人死にまで出したのと同じ場所に造られたその一室では、やはり怪奇現象が続いた。ついでに、そんなに続くものだから、その手の情報は知らぬ間に拡散されており、普通の借り手は来てくれない。変な輩ばかり来る。

 そのせいで、問題のない部屋にまで妙な噂が立ち始めたなら、打開策を見出したと思ったオーナーも万事休す――かと思いきや。


 どこで何を聞いたのか、丸頭の男がふらりとやって来て言う。

「曰く付きの部屋に住まわせるのに、丁度いいババアがいる」

「死んだところでババアだ。若いヤツが原因不明で死ぬより打ってつけだろ」


 丸頭の男の思惑は分からなかったが、オーナーは破格の値段で件の「ババア」に貸すことを了承した。見ず知らずの老婆を犠牲にするかもしれない、そういった良心は、丸頭に言いくるめられて、すでに一考にも値しなくなっていた。


 だが、誰も想像だにしなかったであろう。

 この思惑が、長年この地に在った怪奇現象に変化をもたらすなど。

 オーナーも、丸頭も、件の「ババア」も。

 そして――


「人ン家に無断で住み着いた上に、家主を見下すな!!」

 遭遇直後、垂らした黒髪を掴まれ、絶叫と共に床に叩きつけられた怪奇現象の大本――幽霊も。

 

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