第8話 暗躍


 ◇ ◇ ◇


「ねぇ長官。何かあったー?今日はマイアちゃん来なかったんだけどー」


 うざったいと冷たく睨み返す視線を、ニヤニヤヘラヘラした態度で受け流す。


「彼女ならば休みだ。街でも風邪が流行っているしな」

「ふーん。『街でも』ねぇ?それだけかなぁー?」


 俺はそれからねちっこく聞き出していくと、嫌がらせにあっていたことを聞き出せた。一応、そういうことに関しても教え込まれているから。


「じゃあその主犯格二人を連れてきてよー。まとめてしてあげる。どうせ『』するんでしょー?」

「タダでは渡さん」

「そう言うと思って条件も考えてきたんだよー」


 一つ、と人差し指を立てる。


「まずは主犯格二人を連れてくること。それから――」


 ◇ ◇ ◇


 三日休んでようやく仕事に戻ることになる。二日は寝込んでいて、最後の一日は施設側の都合により自宅待機=実質休みだった。

 いつものようにカードキーを認証させる。今日は何事もなく平和だ。嫌がらせの件も片付けてくれたそうだし。


「やあやあマイアちゃん。元気ー?」

「現実世界で『やあ』って挨拶するのって幻想よね」

「冷たいのは平常運転だね。元気になってよかったよかったー」


 軽口を叩きながら、部屋の中央にある机に向かい合う。今日もニヤニヤと彼は笑うのである。


「あんたどこまで知ってるのよ。そんなやたら元気か聞いてくるんだから」

「風邪引いて寝込んでたんでしょー?普通の人間は脆弱だよねー。知ってるよー。なにせここの全員にあった拷問ますたーだからね!」

「…テンション高っ…」


 そんな堂々と言われても。私達としては面目丸つぶれだけど?


「それから嫌がらせもなくなったでしょー?」

「何でそこまで…!」


 私は思わずガタリと立ち上がった。何で収容者のこいつが知ってんのよ…!


「まあまあ落ち着いてよ。経緯は説明するからさ」


 それから彼は立ち上がって身振り手振りを交えて話し始めた。


「この前、妙な服を着て来たり、髪からレモンティーの匂いがしたんだよねー。普通、こんな施設ならそういうことはないでしょー?」

「普通のアイスティーよ。あとどんな場所でもそういうことは普通ないわ」


 そう、あれはただのアイスティー。何故かアイスティーの割にレモンの香りが強いけど。


「そうだね。だから長官に聞いたんだよねー。それで嫌がらせをされてるって知ったんだよー。正攻法だから安心してー」


 嫌な汗が背中を伝う。


「それで詳しくは聞かされてないけど余罪もあったから、当然ながらあの子達は処分されることになった。だから…」

「だから?」

「ちょっと質問したんだよ。いやあ、立場が逆転すると面白いものだねー。数々の拷問を受けた拷問ますたーの拷問だよ?むしろ誇ってほしいね。あ、拷問って言っちゃった。尋問だったねー」


 うわぁ…。とてもいい笑顔。絵面はにこやかだけど、空気はピリピリしている。


「大丈夫大丈夫、殺してはないからー」


 あははと軽快に笑うのを見ていると、「本物」の気配を感じる。これは本当に、敵に回したらまずい人種だ。


「それからマイアちゃんのことも聞いたんだよねー。元・裏路地の番人、略して裏番だってね。そこからここにスカウトされて、でも情に流されるから尋問官としては落ちこぼれ。成績順で一番下だから、俺のところに一番最後に来たってわけだねー」

「ほぼ全部じゃない…!」


 私は動揺しているのか、全てを知ったこの男に恐怖を覚えているのか、握った拳が震えている。


「だから拳を繰り出すのも慣れてたんだねー。なんとなく思ってたけどー」


 手は出すな、私。喧嘩っ早いからすぐに手が出るけど、今手を出したらまずい。


「まずさ、最初に会った時にこれは一味違うなって思ったんだよね。普通の女の子からは感じない、敵を相手にするって気迫がね」

「ええ。否定はしないわ。私は、私こそが元・裏番よ。ここでは『落ちこぼれのマイア』だけれども」


 私の返答を変わらないニコニコとした笑みで聞き流す。


「だからマイアちゃんは嫌がらせされても手を出さなかったんだよね?明らかに実力差があるんだからー。暴力沙汰は面倒だろうし、成績も崖っぷち。ここの給金はいいらしいからね。追い出されるのは困るんでしょー?」


 確かにそうだ。でも私には疑問がある。


「…でも、どうしてそんなことが許可されたのよ?」

「取引したんだよー。俺が何者かっていう情報とね」

「!」


 身元不明の東の国のスパイ・ライ。彼はこの尋問施設の最長収容者。それが、自分の情報を話した…!?


「…そ、それで…あんたは何者なのよ」


 目を細めて口角を上げる。そして彼は言った。


「名前はそのままライ。出身は東の宗(ソウ)の国。職業はどこかの山で育てられた暗殺者。種族は鬼。使える術の属性は雷。改めて、よろしくね?」


 私は彼のことが急に別人に見えて、息が止まった。


「…そんなこと言ってもいいの?」

「いいさ。だってマイアちゃんのことは気に入ってるからねー」


 それに、と付け足す。


「この世界には裏と表がある。こんな裏の世界にいるんだから、この話は聞いてないとね」


 彼はいつものような笑みを浮かべた。でもそれはやはり違って見えた。

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