第7話 トラブル
あの男が風邪を引いたらしい。
収容番号27086、おそらくコードネームの『ライ』はこの尋問施設にいる全員の尋問にかかっても平気な顔をしているし、驚異的な回復力を持っているというのに。
この前の気温差でダメだったのかもしれないと責任を感じた私は一応話は聞きに行こうと思う。本当は休日だけど、このくらいなら許されているから。
厳重なチェックを受けて、いつものロッカールームへ向かう。まだ昨日話したばかりだし、決定的な証拠はすぐに掴めないだろう。
「あれー?今日もあの子いるわ。いつやめるのかしらぁ?」
「あの変態収容者のところかしらね。あれは何をやっても平気だから練習台にでもしてるのかしらね?」
「そんなんじゃむしろあの収容者がかわいそうよ」
ヒソヒソと話が聞こえる。特に目立つのは彼女たちで、他にも白い目を向けている人がいる。
そんなことは無視して、脱いだコートを片手にロッカーを開けると…
バシャッ。
ロッカーの上に仕掛けられた紙コップからアイスティーが私の頭を濡らした。多分、自販機のアイスティーだろう。色の割に妙にレモンの強い香りがする。
私はニヤリと笑って着替えながら楽しそうに言う。
「…これで証拠は十分ね。高性能な制服を誰かに故意にズタズタにされたから、調査が始まってるの。これじゃあ完全に器物損壊ね。誰がやったか知らないけど、覚悟した方がいいわよ?」
そして制服に着替えた私はお先にとロッカールームを出た。
いつも通り通路を歩いて部屋に向かう。そういえばここは基本同じような部屋なので飽きると彼は言っていた。
音もなく扉が開く。
「見舞いに来たわよ」
「…マイアちゃん…?!」
彼はいそいそとベッドから身を起こした。そしてそのまま毛布を肩にかけてくるまる。熱のせいで寒いのだろう。
「…本物?熱で幻覚でも見てるんじゃないよね?」
「本物よ。それとたかが風邪で幻覚は見ないわ」
「…この冷たさ…本物だ…」
「失礼ね」
どうやら人はそう簡単に変わらない生き物らしい。
「で、お見舞いに来てくれたわけー?あーもう本当にうれ……へ、へっくしゅ!くしゅん!ふ、へ…へっくしゅん!!」
「…私と喋ってて平気なの?」
見事に三連発のくしゃみをした彼はズズーっと鼻を啜り上げて答えた。
「…最初に医者が来たっきりだから暇」
「ここは医療施設じゃなくて尋問施設だから当然ね。何かいい情報でも言っちゃわないかしら?」
「さあねー。お見舞いの品とかあるのー?なんか甘めなにおいがするけどー」
病人のくせに図々しい…。人はこうも変わらないのね…。
「さっきくしゃみしてたのに?」
「…ふ、ふぇっくしゅ!へくしゅ!…人より鼻はいいから」
「人より?」
「そう、人より……? ……うっ…!」
それから何かを思い出しているのか、頭を抱えて苦しみだした。
「…医療班を呼ぶ?」
「…これなら…っ、すぐに…っ…!」
そして本当にすぐに治まった。身体に負担があるのか、はたまた寒気がしたのか、再び横になった。
「…私はもう帰るわ。この後医療班も来るだろうしね」
一応、額に手をあててみる。予想以上に熱い。それから手を離そうとするとガシっと手首を掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。
「お見舞いの品もないんだー…。じゃあ、どうしてレモンティーの匂いがするんだろうねー?ただ飲んできた匂いじゃないけどー」
「…人の匂いを嗅ぐんじゃないわ」
「それと、」
手首から離されて今度は右耳に後れ毛をそっとかけられる。
「…何で髪が濡れてるんだろうねー?不思議なこともあるもんだ」
「!…いいからあんたは寝てなさいよ。私のことはあんたが気にすべきことじゃない」
やんわりとその手を外す。それから彼はとろんとした目で微笑んで言う。
「…人にやさしくされるのって、初めてだ…」
そう呟いて、彼は眠った。
私はもう行こう。証拠も押さえられたはずだし、そもそも今日は休日だし。
数日後。
証拠映像は無事に押さえられたらしい。これからどこまでが嫌がらせに加担していたのか、あの女二人の余罪はどうかも調べるんだそうだ。
そして私は。
「…は、くしゅんっ!」
結局、私も風邪を引いた。施設外の街でも流行っていたし、季節外れなアイスティーを頭からぶっかけられて髪も乾かさなかったし、風邪を引いた人間に近づいたことが悪かったのかもしれない。
当然仕事は休みで、あの変態は誰かが尋問でもしてるのかもしれない。
私は自分の部屋のベッドで、熱に浮かされながらどうでもいいことを考えてうつらうつらしていた。
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