第6話 火あぶり


「まーだあの子いるのー?」

「ずーっとあの変態収容者のところにいるらしいわ」


 クスクスヒソヒソと、雑音のような会話が聞こえるロッカールーム。まあそんなことも気にせず自分のロッカーを開ける。


「…!」


 中が荒らされていた。ナイフでバッサリと切られた制服のブルーのシャツ、それに紺のタイトスカートも。幸いなことに、制帽は無事らしい。私物を荒らされた訳じゃなくて良かった。制服なら替えがきく。


「ねぇあなたたち、見たとかあるかしら?」

「ないわよ?私は知らないわ」

「ねぇ。たまたま近くにいただけで疑うとかぁ…」


 こいつらだな。でも証拠がない。あとで相談して監視カメラの映像から詳しく特定してもらわないと。あと、顔は覚えた。栗色のショートボブと、ミルクチョコレートみたいなポニーテール。容姿やスタイルはいいので、ハニトラ系の尋問官だろう。

 一番困るのは、これから仕事なのにどうしようかということだ。何とご丁寧にスペアまで切り刻まれている。

 朝礼はいいや。どうせ同じ相手だし。私はそのままロッカーの証拠写真を撮って事務所まで行くことにした。



「あれー?今日は遅くなーい?体感で三十分って感じー?」

「あなたには関係ない話よ」


 相変わらずチャラいなこいつは。見た目はいいのに言動と中身で台無しにしすぎてる。支給されるボーダー柄の上下をここまで着こなせるのはめったにいないだろうに。


「ご機嫌斜めー?それとその制服は?初めて見たよー」


 私が切り刻まれた制服の代わりに着ているのは、旧式の制服。事務所で余っていたのがこれだけだったらしい。今のものはちょうど在庫がなかった。少し大きいけど、小さいよりはマシ。

 私は面倒なことに巻き込まれた苛立ちを込めて睨み返す。


「だから、あんたには関係ないでしょ?」

「…そう。あくまでそんな態度でいるのか。まあ愚痴くらいは聞くからねー?」


 ここから出られないあんたに愚痴って何が解決するのよ、という言葉は飲み込んで、今日の尋問をはじめよう。


「今日は火あぶりよ。熱いから気をつけなさい?」

「うぉほほ!これは熱い!久々にきつめの拷問だー!うぉほほー!」


 こんな施設だから、一部屋で色々な拷問ができる仕様なのだ。その機能のうちの一つに、火あぶりがある。作った人はとんでもなく悪趣味だ。


「あなた、炎からの逃げ方が慣れてるわね」

「何回もやられてるからねー。ここの炎の出方は読み切ってるよ」


 蜘蛛のように天井の隅に張り付かれては意味がない。端末を操作して炎を切る。


「あれー?諦めちゃったー?」

「対処法を知られていては意味がないでしょ?ただの無駄遣いよ」


 それから手と足を離してストッと降りてきた。床から天井まではそれなりの高さがあるのに余裕の表情だ。床は熱いし、足からはしゅぅぅ…と焼けるような音がするのに。


「意外と慣れればいけるんだよね、こういう時も」

「そんなのはあんたくらいよ」


 それから私は端末を操作する。


「おぉー?エアコンかけてくれたのー?」

「そんなところかしら?」


 しばらくすると涼しいを通り越して寒いに変わってくる。


「あー、そういうこと?でもこういう修練もしてきたしなー」

「本当にあなたは何者なのよ」

「それはこっちが知りたいね!あーざぶい…」


 上手いこと防護壁近くの事務机に登って体温の低下を防いでいる。流石は自称「拷問ますたー」なだけある。


「ねぇマイアちゃん、寒いんだけど。寒いの、苦手なんだけど」

「新情報ね。他に思い出せることは?」

「言ったら終わりにしてよ?本気で寒いんだから。冬眠するよ?!」


 無駄なエネルギー消費を抑えるために語尾もあまり伸びない。防護壁があるとはいえ私も寒いので「いいわ」と返す。


「あの山は、雪が降るほどだった。冬はずっと雪に閉ざされてた」

「そう」


 これで場所の特定がしやすくなった、そう思いながら装置を切る。


「はぁぁ…。寒いのは苦手だって、データに載ってない?」

「あんまりにも膨大なデータだから、見逃してたかもしれないわ」


 寒そうに手を擦り合わせて「酷いや」と恨みがましい目で見てくる。残念ながら私の仕事はそういうものなんです。


「部屋、あったかくしてよね!」

「はいはい」


 私はそれから部屋を出るためにカードキーを読み込ませる。


「もう行っちゃうんだー?確かに今日は見慣れない服だしねー」

「あんたには関係ないわ。それじゃ」

「バイバイって言ってくれれば完璧だったのにー!」


 知らないわよそんなこと。




 私はそれから服を調達した。監視カメラの映像があるかと思ったらダメだった。ロッカールームだから設置するのは厳しい部分があるんだろう。


「じゃあ、この件はどうするんですか?」

「支給品だからね…こんな切られ方は明らかに故意だ。この服、地味に高いからね。スベアまで切られるとなったらしっかり調査をしよう」


 係の人は約束してくれた。


「ありがとうございます」


 あの女二人のことは直にバレるだろう。それとなく特徴を伝えておいたし。いい気味よ。


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