第9話 あれから


 私のここ一ヶ月半ほどの尋問対象、ライの基本情報が判明した。

 人間離れした身体能力や丈夫さはそもそも種族が違っていたから。東の方にいる「鬼」という種族は強力な術…こちらの言葉で言えば魔法が使える。さらに追加で思い出した情報により、あちらの狙っていたことや機密情報などの特定が進んでいるらしい。

 そうなるとつまり…


「今日の尋問相手は各自端末を見て確認するように」


 画面に表示されるのは数人分のデータ。あれから彼とは会っていない。


「ヴィダル。最近は調子もいいな。見立て通りだ。これからも励むように」

「はい」


 あの一ヶ月半は濃厚だった。

 最初こそは張り切っていたけど、内容は実験と雑談ばかりだった。でも、楽しい期間だったのは間違いない。



 私はあの最後の日を思い出す。

「――で、そっちこそ何者なのー?言わないと割に合わないよね」

「私は…」



 私は捨て子だった。捨てられたスラム街のボスに気に入られ、五歳くらいからはそこで育てられた。

 ボスは喧嘩が強い人だった。数人の部下のような取り巻きがいた。

 私もそんなボスに憧れて、喧嘩の勝ち方や話術を磨いた。…まあ、話術はあまり上手くならなくて、ほとんど喧嘩の強さで生きてきたけど。


 いつの間にか、私はボスの右腕と呼ばれるほどになった。

 でも、しばらくすると、ボスはいなくなってしまった。

 いつもの廃材を寄せ集めて作った根城には、お前が次のボスだという旨のたどたどしい字の手紙があった。文字も、一部のメンバーなら読めたので私が次のボスに決定した。


 私のボス時代は、中々穏便だった気がする。基本的には先代のボスが制圧していたから、ちょっとした反対勢力を潰すくらいで良かった。

 基本は人を使うなりして穏便に済ませ、従わなければ拳で絶対に解決する。そうやってスラム街の自治を守ってきたから、私は「路地裏の番人」と呼ばれるようになった。


 ここからは彼に話していないけど、それがどこぞの裏組織経由でこの尋問施設に伝わり、スラム街の生活の向上を条件に、私がここにスカウトされた。

 それから尋問施設の研修では、どうしても人だという認識が抜けなくてうまくいかず、成績は下位。そうやって「落ちこぼれのマイア」と陰で呼ばれ、嫌がらせが起こるようになった。



 彼はそんな私の話を、へぇーと聞き流していた。


「なるほどねー。道理で普通の女の子とは違う感じがするんだー」


 自分でそういうのはわからないからノーコメント。


「で、あんたこそやっと言ったの?」

「やっと言ったっていうか、思い出せたんだ。術の解ける条件…綻びは、『人に優しくされること』だよ。あくまでも推測だけど。捕まったらこういう施設に行くから、そういう術だったんだろうねー」


 何よその、妙な条件は…。確かにどこの国でもそういう施設があるだろうから、理にかなっているんだけど。現にここでもそんな感じだし。


「だから、きっかけはマイアちゃんだよー。良かったねー。初めての尋問成功者だよー」

「…ど、どうも…?」


 複雑な心境だ。

 確かに聞き出せてはいるけど、ほぼ自白のようなものだから。私が言わせたわけじゃない。


「だから、この関係はこれでおしまいだね。普通に言うこと言えばこの国の手先になるか、別の施設に移送されて一生そこにいるんだから」

「…そうね」


 私は椅子から立ち上がる。妙に情が湧いてしまった気がする。


「これで終わりだねー。さみしくないのー?」

「いいえ。私は尋問官で、あなたは収容者。その関係が終わる方がいいわ」


 カードキーを認証させる前に、私は振り向かずに答える。


「そ。最後まで冷たいねー。…バイバイ、マイアちゃん」


 私は何も言わず、軽く手を振った。



「――そうね。あなたはその国で何をしてきたの?」

「え、えっと、元は兵士で…」

「へぇ?元兵士の割に動きがとろくて捕まったのね。精々攪乱用の駒ってところね。うちの手先にならない?そっちの国より待遇もいいわよ?」


 私は自分なりのやり方でやることにした。基本的に荒っぽいことはせず、相手の情につけこんでいく感じだ。

 喧嘩もそれなりに強いけど、喧嘩と尋問は違う。


「じゃあここのところにサインしなさい。魔術を使った契約だから断れないわ。家族もいるんでしょう?それならこっちの方がいいじゃないの」

「は、はい…」


 そんな感じで、私は荒事よりも情につけこむ方が得意だったらしく、最近の成績はうなぎ登り。「落ちこぼれ」なんてのはもう返上した。

 それに、あの男に対しては全然歯が立たなかったことから尋問のやり方も見直されつつある。痛めつけるとか、薬品とか、ハニトラとか。それもまたやり方のうちではあるけどね。

 私は私なりに、この裏の世界で生きている。


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