第4話 パンチングマシーン



 翌々日も私は彼の収容された部屋に向かう。昨日は検査だったので休みだった。

 カードキー認証と生体認証にも大分慣れた。スッと音もなくドアが開く。


「やっほーマイアちゃーん!一昨日ぶりだねー」

「ええそうね。検査は異常なしらしいけどね」

「きゃー、俺のこと知っててくれたのー?嬉しいー!」


 殺意が湧いた。でも殺しちゃダメだし殺せないから代わりに一発殴っていいかな?


「えー、そのグーにしてる手はもしかしてコツンって合わせてイェーイってやるやつー?はいせーのイェーふごっ!?」


 私は迷わず殴りました。渾身の右ストレートです。椅子からひっくり返って吹っ飛びました。


「おぉ…意外と強いんだね…道具を使ったのもいいけど直接手を下されるのもたまらないねぇ…うぉほほー…!」


 あーこれはわかった。殴れば殴るほどもう一発ってなるやつだ。原因はこの変態言動です。(気持ち)悪いのは彼です。


「もっと殴られたい?」

「はい…!」


 恍惚とした表情で言うな。


「いいわよ。やってあげる。そっちに座って」


 そこには無機質な尋問部屋とはミスマッチな革張りの椅子。そこに座るとシュルリとベルトで自動拘束される…のだが、嬉々として座る。


「え、この椅子、俺のために用意してくれたのー!やったー!ここの尋問部屋の椅子、座り心地悪いんだよねー」

「はいじゃあちょっと待ってなさい」

「いつまでも待ちます…!」



 そして私はある機械を用意した。


「あれ?何それ?…うおっ!…うぉぉっ!」


 その機械とはパンチングマシーンです。ただし殴られる方じゃなくて、「殴る方の」パンチングマシーン。寸止めモードにしてある。すごいよねこの施設。こういうのまで一通り揃ってるんだもん。流石は国のトップシークレット。


「殴るとは言ったけど、私が殴るとは一言も言ってないわよ?ポチッとな」

「うぅっ…そんなぁ…うおっ!」


 さっきまではオートだったけど一旦止める。


「あなたこういうの慣れてるわね?」

「ふー…ここに半年もいて拷問されていればねー。『完全図解・世界の拷問図鑑』でも書けそうだよ。ああでもここは帝国フレイルだったね。フレイ…うごっ!…フレイル国の拷問図鑑かな」


 私も含め、全員が彼と会っているのだもの。出来ないわけじゃなさそうだ。


「まあ、それもそうね。あなたの様子や調書を見ているといかにも慣れ過ぎてるのよ。以前にもこんなことがあった?」

「…あったんじゃない?詳しくは思い出せない。でも…っ!…でもそうじゃないとこんな身体にならないさ」

「その時には誰かが居たんでしょうね」

「そうだね。だれ…っ!…誰かが手を加えないとおかしいからね」


 こうして喋っている間もランダムに寸止めのパンチが繰り出される。この機械、結構メニューが多いらしい。卓球の球出し機みたいだ。威力とかはおかしいけど。


「マイアちゃんこそ、さっきの拳、中々筋がいいみたいだねー?」

「あらそう?あなたにムカついたからつい、ね?」

「えぇー?そんな偶ぜ…うぉっ!…偶然でなるかなぁ?」


 そこでガラリと空気が変わった。


「大分、そっちこそ慣れてるらしいじゃん。あれは普通の女の子じゃあできないよ?マイアちゃんこそ何者なのかな?…おっと。こいつはちょっとジャマだね」


 後半部分で、固定されていたはずの手でパンチングマシーンのグローブを掴んだ。それからバキッとひねって破壊した。一部が壊れたので機械は停止する。


「…そんなことしてるあなたに言われたくないわ。これで調書のほかに報告書も書かなくちゃ。あと拘束されてたはずよ?」

「自動拘束システムなんて壊せばいい。で、マイアちゃんこそ何者?質問に答えてよ」

「…ここの尋問官がまともじゃないのは知ってる?」

「へぇ。やっぱりこんなカワイコちゃんでもそういうクチなんだー。…いいねぇ!もっと気に入っちゃうよ」


 何もなかったように椅子から立ち、両手を肩の位置で広げる。

 私はそう言い終える前に平手打ちをした。

 パァン!と乾いた音がした。


「…ここにいるのはおかしい人間ばかりよ。それに加えて私は尋問官で、あなたはその尋問相手なの。どうか忘れないでね?」


 ちゃん付けで呼ばれているし(コードネーム)、私は新人だし、女だけどあんまり舐めないで欲しい。


「っつー…。ああ。忘れないでおくよ。誰かに叩かれるってのはやっぱり嫌な気がするね」

「そうね。私も誰かに手を上げるのは好まないわ。以前は誰にやられたの?」

「…老師…」


 私に叩かれた頬を押さえながら、ボソッと呟いた。表情は髪に隠されて見えない。


「老師?聞き慣れない言葉ね。東の国のどこかしら。無理に思い出さなくてもいいわ。うちの特定部は優秀だから」

「老師は…山にいるから情報が少ないはず。せいぜい頑張るんだね。今も、あそこがどこだったか思い出せないや」


 遠くを見るようにトルマリンのような色の目を細めた。


「そう。じゃあ報告書と調書を書かないと」

「じゃあね、マイアちゃん」


 カードキーを認識させる背後で、そう聞こえた。


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