第3話 尋問履歴



 朝礼が終わると各自に本日の指令が届く。今日も端末に届くのは同じ文字列なのである。


「やっほーマイアちゃーん!今日もご機嫌麗しゅう?」


 カードキーをスライドさせ、生体認証をすると、歓迎(迷惑)の声がした。


「あなたのせいで最悪よ」

「うわー、今日も絶好調だねー」


 …うっざ。今、ものすごい殺意が湧いたけど、殺せない相手なのだ。

 この再生能力の謎を解かずしてどうする!というお上の意向がある。しかもどこの国のスパイかもわからない。最近では変な術によって記憶操作されていることがわかったのでこちらの手のものにして送り返すこともできなくなった。

 でも正直言ってこの施設中の尋問官に殺してもいいかと聞いたら、九割は殺せと答えるであろう。私も殺せと言うし。残りの一割は上と同じように謎を解きたいという人間だろうし。


「ねぇ聞いた?長官にお願いしたらさー、しばらくはマイアちゃんにしてくれるって!ねぇどう?嬉しい?」

「嬉しくない。あなたにとっては楽しくとも私にとっては仕事なの」

「仕事でも来てくれるだなんて嬉しいよー」


 ものすごい殺意(二度目)。これが殺されないとわかってるからの余裕なのか…。


「あなたの再生能力ってどれほどのものなの?」

「さぁね?今までのデータでも見ればいいよ。自分じゃあ無意識に回復されてるんだから」


 端末を操作して今までのデータを見てみる。

 火あぶり、水責め、爪剥ぎ、電気椅子…。色々な拷問要素が並ぶ。詳細を見てみれば、やはり喜んでいたとの記述がある。


「…拷問されるのって楽しいの?」

「そうだねぇ…」


 彼は考え込んでいる様子なので、尋問調書をしばらく見ていると、私は思わず顔をしかめた。こんな内容がよく楽しいと思えるな。とても普通の人間だとは思えない。まあ普通じゃないのは確認済みなんだけど。


 しばらくすると口を開いた。


「…もういっそ楽しむしかないんじゃない?こんな状況に置かれてる訳だし。でも無理はしてないさ。それなりに苦しいし痛みも感じる。それでもこの身体は勝手に回復する。…何もせずに退屈に押しつぶされるよりは余程楽しいさ」


 そこで一度言葉を切り、両手で頬杖をつく。


「変化がある方が楽しいんだよ。人間ってのはね。変化があった方がこうして何かを思い出せるわけだし。だからマイアちゃんが俺に付き合って拷問してくれてるの、結構楽しいんだよ?」


 色っぽく微笑んでこちらを見てくる。


「…最後に口説くな。毎日に変化、ねぇ。じゃあそれまではどうだったのよ」

「ああ、そういうつれないところもマイアちゃんの魅力だよ?それまではねー…うっ…!」

 

そこで彼は頭を抱えて呻きだした。

 これが術による作用か。この前聞いたけど


「頭が割れるくらいに痛くなる」って…。

「ねえ、大丈夫?!誰か呼ぶ?!」

「…いや、いいよ…しばらくすれば良くなる……」


 苦しみながら何とかそう言い、また呻きだした。私はどうにもできないので、防壁の向こうに踏み入って背中をさする。尋問相手とはいえども、この苦しむ様は尋常じゃない。

 言葉通りしばらくすると元通りになった。


「ふー…やっぱり優しいんだね、マイアちゃん」


 落ち着いたところでふにゃりと笑った。冷や汗をかいているのに妙に様になっている。


「…別に爪を剝いでもナイフで刺しても平然としてるのに、これだけ苦しむのは異常なだけよ。私だって人並みの優しさは持ち合わせてるわよ」

「他の奴らは無視してたけど?」


 平然と言われたその言葉。

 ああそうだ。ここは国のトップシークレットの尋問施設なのだ。尋問官だって心が壊れている人か本気でおかしい人がほとんどなのだ。

 だから拷問相手を簡単に見放せる。しかも彼は超人的な回復能力持ちなのだから、なおさら見捨ててもいいと思われるのだろう。


「…尋問の方法は各自に任せられているわ。私がとやかく言えるものじゃない」

「それでもマイアちゃんは優しくしてくれた。拷問相手にね」


 椅子から立ち上がり、ずいっと顔を近づけて言った。私は思わずのけぞる。


「…まあいいや。こうなったら検査だって言われてるんだよねー。ほら、早く手続きしない?それで何かやるんでしょ?」

「…ええそうね。じゃああなたは大人しく座っておきなさい」


 私は防壁の向こう側に戻り、端末を操作する。案の定『検査部を呼ぶか』というチェックボックスが表示されていて、それにチェックを入れる。首などに巻いてある電子錠バンドはバイタルデータも観測しているのだ。異常があれば即検査。

 そしていつも通りカードキーを取り出す。


「あれー?もう行っちゃうの?」

「行くわよ。こっちは調書も書かないといけないの。あなたは検査に回されるんでしょう?」

「まあそうだねー。じゃあまたね、マイアちゃん」


 私は背後の彼をちらりと見やる。手を振っていた。


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