第2話 ナイフ


「あー!マイアちゃん!今日も来てくれたのー?」

「別にあなたのために来ている訳ではないのですが。仕事なんですが」


 喜色満面というのがぴったりな笑みを浮かべた収容番号27086の『ライ』。けだるげな雰囲気とニヤついた目元は昨日と何ら変わりがない。


「さ、お話ししよ?」


 面倒くさいなこいつ。真ん中にある机に向かい合って座りながら彼の手元を見る。昨日爪を剥いだのはすっかり元に戻っていた。超人的な回復力だ。


「あれ?手が気になるのー?もうすっかり元通りだよ?昨日マイアちゃんが帰った後には元通りになってたしー。知ってるでしょ、俺のこと。あー!これってなんかいいねー」


 その通りなんだけどうざい。


「あなたの祖国はどんなところ?」

「そんなのも覚えていないのさ。山の中で暮らしてたことしか思い出せない」

「山?」

「岩がある場所とかあってねー、結構険しいところなんだ。そこを砂時計の砂が落ちきるまでに回ってくるのが日課でねー。今は鈍ってるから出来るか心配だけど」


 なにそれ…どんな超人育成教育?でも彼は驚異的な回復能力を持っているし、実際に見たことはないけど運動能力も非常に優れているという。


「で、マイアちゃん。少しは俺のことに興味持ってくれたー?」

「あなたは仕事で接してるだけです」

「冷たーい。で、今日の拷問は?」


 笑顔で拷問を楽しみにするな。


「手を出しなさい」

「おー、今日もまたオーソドックスなやつだね」


 カッカッカッカッ…と広げた指の間にナイフを突きつけていく。


「うぉほほー!うわぁ…たまにギリギリに行くのがいいねぇー。おっと!こりゃあ危ない」


 その手を止めずに私は質問する。


「どうしてあなたはそんな回復能力があるの?」

「さぁね。その頃の記憶はもっとない」

「はぁ?」

「何のためにあの山にいたのか…それすらも思い出せないのさ。でも君に聞かれるとつい言っちゃうね。また明日も明後日も、ずーっと来てよ。いつか思い出せるかもよ?」

「あなたに決定権はないわ」


 私はまだまだ新人で、上に言われたからこうして来ているだけ。私にも決定権はないのだ。成績のいい人ならそういう指定や依頼が来るらしいんだけど、新人は与えられた仕事をこなすのみ。色々なタイプの尋問相手に会って向き不向きを見極めるためにもね。


「そう。…じゃあ長官にお願いしとく?マイアちゃんがいいですーって。今日も来たってことは昨日何か新しい情報を言ったってことでしょ?それならしばらくマイアちゃんに回されるんじゃないかなー」


 顎に人差し指をつけて、うーんと考える素振りを見せる。


「長官にお願いって…あなたそんな立場なの?」

「もうねー、こんな半年もいるやつなんかはいないんだよー?国がわからないからこちらの国のスパイとして送り返すこともできないしー。それに回復能力のせいで殺せないし。だから長官もある程度のワガママなら聞いてくれるんだよねー」


 ニコニコして、楽しそうに言う。そうだ…ここにいるのはかなーりヤバい収容者だった。

 …つまりそんな立場でした。


「いやぁここにいるとさー、話し相手がその日の拷問担当者か長官くらいなんだよねー。結構喋るの好きなのに」

「でもあなた、国のことは思い出せないのね」

「そうそうー。思い出せないんだよ。そこが問題なんだよねー」


 そこが問題というかそういうあんたが問題なんだよ。


「長官にはそういう情報が出てきたことはないの?」

「ないね。あんなオッサンと話しても楽しい?」


 知らんがな。長官なんかここに来る時に一言二言話したくらいよ。


「だから、マイアちゃんと話してる方が俺も楽しいし情報も聞けちゃうわけ。これならいいでしょー?何だっけ、ウィンウィンってやつ?」

「…とにかく、私の一存じゃあどうにかならないの!新人にはそんなことないわよ」


 そこで彼は獲物に狙いを定めたようにニィッと目を細めた。


「へぇ。新人ちゃんなんだー。じゃあ俺の話は知らないよね?」

「いくらか聞いたことあるわ。『拷問すると喜ぶ変態収容者』『不死身の変態』『女好きの変態』『何でもやっていい変態』」


 残念ながら知ってます。そういうのロッカールームとかで結構聞くのよ。それに廊下とか歩いてると聞くでしょ。そもそもあんたが収容期間最長レベルの有名人よ?


「いくらかじゃないじゃん…。それに全部変態ってついてるし…。うわマジで凹むわー」

「でも実際あなたに会って、その通りだと思ったわ」

「酷い……でもたまらない…!」


 顔を覆っているが、その台詞は隠せていない。


「…このドM…」

「失礼しちゃうなぁ。ちゃんと相手は選り好みしてるんだよ?」

「知らんがな!」


 これは非常に面倒な相手だ。中身も含めて。


***


「ねぇねぇ長官ー。しばらくの間担当はマイアちゃんにしてよー」

「そのつもりだが?お前から新情報を聞き出せたのは彼女だ。他では効果がないのなら向いているものに任せるべきだ」

「やった!ありがとう長官ー!」


***

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