誹謗中傷のない世界を目指して
昼休み、僕は食堂でスマホをいじくっていた。
無機質な十字架のアイコン、正直全く慣れてくる気はしない。
それでも今までと同じく、ついつい指はそこに伸びてしまう。
体が、脳が覚えてしまっている。
開いた瞬間、シイッターが戦場と化していることに気づく。
有名人が大きな失言をしたことに対して、燃え上がっていたのだ。
反対派からの罵詈雑言が飛び交っていて、擁護派からのカウンターも飛び交っている。
時々ある日常、炎上。
誹謗中傷の問題は日々大きくなり、侮辱罪が改定されても収まる気配がない。
『……この点についてもイーロソと話し合ったわ』
どこから見ていたのか、千瑛ちゃんの声が聞こえてきた。
「これは難しいだよねぇ。もっと刑罰を重くすればいいのかなぁ。あるいは開示請求をやりやすくした方がいいんだろうか?」
『どちらも効果がない、とは言わないけど決定的ではないわ。根本的な問題として、相手が日本にいるとは限らないのよ。法律改定でどうにかなるというのは島国根性が過ぎる話ね』
相変わらず容赦のない意見だ。
「そうなると、どうしようもないんだろうか?」
『クロス内の問題はクロス内部で解決するしかないわ』
「どうやって?」
『一番いいのは、告発ボタンを設置することね。問題のある発言に対して、告発ボタンを押すことで運営が処罰に乗り出すの』
「それって、報告したらアカウント削除なりの措置が取られるということ?」
それが十分に機能していないような感はあるんだよね。
『削除なんかしないわ。一定期間、運営がつるし上げるのよ。こういう発言をしたこいつを誹謗中傷すれば、ボーナスを差し上げますという具合にね。世界中から誹謗中傷がやって来るわ』
「運営が誹謗中傷を奨励するの!?」
『そうよ。迂闊なことを言えば公式リンチに遭うようにすればいいわけ』
千瑛ちゃんが言うには、これで結構解決するだろうと言う。
『攻撃的な発言をする者は本質的にはイライラしていて、誰かを叩きたいのよ。そういう面々には、「叩くな」というより「公式に叩いていいよ」という場を与えてあげた方がいいわけ。しかも報酬もあるよとなったら、知らない第三者のところに行くよりそこに集まるでしょ? つまり、無関係の被害者を減らす効果があるのよ』
「なるほど」
変に攻撃すると、自分が制裁のターゲットになるかもしれない。
ならば、公認の場所で馬鹿やった面々を叩いている方がいいわけか。
『ただ、イーロソと悩んでいるのは、これを課金に結び付けるかどうかということよね』
「課金に結び付ける?」
『つまり、この公式ターゲットになった時に、課金をすれば下ろしてもらえるようにする仕組みを入れるかどうかということよ』
「それは良くないでしょ?」
貴方は公式リンチの標的になりそうですが、お金を払えば助けてあげますとなるとする。
そうなったら、金持ちは罰金覚悟で攻撃し放題ということになるじゃないか。
シイッターに金は入るのかもしれないけど、そんな不平等な仕組みになるのは納得できない。
『もちろん、告発ボタンを押す者の多さによって額は増額されるから、金さえあれば言いたい放題ともいかないと思うわ。あと、これはあくまでクロス内部の処理であって、法律的な部分では解決になっていないから、侮辱罪その他で弾劾することは可能よ』
なるほどねぇ。
今までよりは、内部の誹謗中傷対策に乗り出すけど、最後は警察に頼ってくれということか。
『とりあえずこういう仕組みを取り入れて、集金力の強化とクロス内部の治安良化を目指していこうということになったわ』
「できれば、先にシイッター内の平穏をあげてほしかったよ」
お金の方が先に来るのは、それは本音としてはそうなんだろうけれど、悲しい話だ。
『あら、イーロソからDMが届いたわ』
「えっ、本当?」
『本当よ。悠ちゃんにも見えるようにしてあげるわ』
と、勝手に人のスマホの中を操作しはじめた。
彼女のシイッター画面が開く。といっても、完全にシークレットアカウントのようで何も呟いていない。ただDMのやりとりがあるだけだ。
その中に確かに数分前に届いたイーロソ・マヌタのDMがある。
『親愛なる千瑛。君の返信を受け取ってとても嬉しいよ。本当にナイスアイデアだ。これで集金力が大幅に強化されるよ。個人的には「シイッター」とか「青い鳥」などを使うことは、私に対する誹謗中傷としたいと思っているんだ。君はどう思う?』
千瑛は少し考えて、返信を打ち始めた。
と言っても、幽霊である彼女は傍目には見えない。だから、入力されていく文字をただ見ているだけだ。
『いいアイデアだわ』
良くないよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます