シイッターの無い世界

川野遥

シイッター、クロスになる

 朝、目が覚めるとスマートフォンに手を伸ばす。

 そのまま、シイッター(Syitter)を開くのは、朝のルーティンだ。

 しかし、この日は違った。


「青き鳥がいないぃぃぃ!?」

 そう。

 毎日、朝、僕……時方悠ときかた ゆうを待っているはずだった青き鳥は、今や無機質な十字架(クロス)と化していた。

 シイッターが名称を変更してクロスになるとは聞いていたけれど、ここまで本当になってしまうとは。


 僕は、クロスと名前を変えたシイッターを開いた。

 そこにあるものは変わらない。

 フォローしている人達の変わらぬ呟きがそこにある。

 何も変わっていない。

 だけど、何かが変わってしまったかのようなショックが拭えない。


 一体どうして、こんなことになってしまったのだろうか。


『おはよう、悠ちゃん』

 不意に部屋に響く挨拶の声。

「おはよう、千瑛ちえちゃん」

 僕も挨拶を返す。

 もっとも、部屋には誰もいない。

 彼女、新居千瑛にいい ちえは中学の時に白血病で死んだ後、幽霊となってこの世に残った。

 そのうち、ネット世界を行き来できる能力までゲットしたようで、今では幽霊とAIを足したハイブリッドとして、世界を漂っている。

 今、彼女がいるのは恐らく僕の端末の中だろう。

『どうしたの? 何やら元気がないようね』

「シイッターが、クロスに変わってしまったんだ……」

『それがどうしたの?』

「何だか、大切なものを失ったような気がして」

『世界は変わっていくものよ。適応できない種は滅びゆくのみ。悠ちゃんはシイッターと共に滅んでいきたいわけ?』

「そんな言い方をしないでよ……。千瑛ちゃんはネット世界を行き来できるんだから、イーロソ・マヌタに文句を言ってくれない?」

 シイッターのオーナーであるイーロソ・マヌタ。彼がシイッターを買収してから、事態は大きく変わってしまったのだ。


 最初のうちは、無駄な従業員を削減するなど、高評価だったけれど、次第に好き勝手やり始めているという印象を持たれるようになり、そして、今やクロスである。

 オーナーだから何をしても良いんだ、と言われればそれまでだけど、あまりにも好き勝手しすぎているのではないだろうか。


 幽霊である千瑛ちゃんには、そんな感傷は通用しないようだ。

『文句も何も、さっきまでイーロソ・マヌタと話をしていたわ』

「何だって?」

『彼は”幽霊にまで興味を持たれるなんて嬉しいことだ”と歓迎してくれたわ。だから、私も色々助言をしてあげたの』

「助言?」

『シイッターが死んで、クロスになったのだということを、どんな馬鹿にでも分からせる方法を教えてあげたのよ』

「そんな方法があるの?」

 いくら何でも、それはないだろう。

 シイッター民の忠誠心を舐めてはいけない。

 仮に名前が元に戻らなかったとしても、彼らは一年後、二年後だってシイッターと言い続けるはずだ。

『簡単よ。クロスの中で”シイッター”とか”シイート”とか”Syitter”って書く度に、罰金5ドルを取り立てればいいの。未課金者は一回ごとに6時間凍結よ。そうすれば一日1000万ドルくらい集まるでしょうから負債返済にも役に立つし、一か月もすればシイッターなんて言う者は一人もいなくなるわ』

「やめて! 僕達の心のよりどころを踏みにじるようなことはしないで! 言論弾圧だよ、それは!」

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