包丁
私は鍛冶職人。様々なものを作っているが、特に包丁の評判がよく、多くの料理人に愛用されている。
ある日、俺のもと一人の男性が訪ねてきた。彼は以前ある有名な老舗料亭で働いていた料理人だったが、日本の料理を海外に広めるために料亭をやめて、現在はブラジルで日本料理店を開いているのだそうだ。
「包丁を作ってもらえませんか。しかし、ただの包丁ではだめだ。究極の切れ味の包丁を作ってもらいたいのです。あなたならできると思って頼みに来ました。どうかよろしくお願いします」
彼はそんなことを言ってきた。究極の切れ味の包丁なんて作れるのかどうかわからない。しかし、私としては日本料理を広めるために故郷を離れて地球の裏側まで行って頑張っている料理人は応援したいし、さらに今回は包丁の依頼をするためだけに、わざわざ日本へ帰国してきたという彼の熱意に負けて依頼を受けることにした。約束の期限は5年。たった5年の間に究極の包丁を作らなけらばならない。
その日から私は他の仕事をすべて断り、究極の切れ味の包丁作りに全てを捧げた。良質の材料を集めて、ありとあらゆる技法を試してみた。
そして、依頼を受けてから5年後、ようやく満足のいく包丁が完成した。試しにかぼちゃを一個まな板に置き、その包丁で切ってみた。刃を軽く入れたとたんかぼちゃは真っ二つに切れた。
「おお、すごい! 切っている感覚がまるでない! かたいかぼちゃがまるで豆腐のようだ! 我ながらすごい切れ味の包丁を作ったものだ」
しかし、私はあることに気が付いてさらに驚いた。
「かぼちゃの下に敷いていた木製のまな板も一緒に切れている!」
しかも切っているとき全く何の手ごたえも感じなかった。これこそ究極の切れ味の包丁と言えるだろう。
「とはいえ、こう切れ味が鋭いと危ないな。納品するまで人の手に届かないところに保管しておかないと」
私は保管するために包丁を手に取った。しかし、緊張して手が滑り、包丁を床に落としてしまった。包丁が床に突き刺さる。
「な、なんてことだ。包丁がコンクリートの床に突き刺さるとは、なんて鋭さだ……私はとんでもない包丁を作ってしまった」
床に刺さった包丁を見て私が感心していると、包丁の刃が段々と床に深く刺さっていき、そのうち包丁全体が完全に床に埋まってしまった。
「し、しまった。切れ味が鋭すぎるせいでどんどん地面を突き破って埋まっていってしまう! 早く取り出さないと!」
しかし、なかなか包丁は取り出すことができず、そうこうしているうちに包丁はどんどん深くへ突き進んでいき、ついに目視できなくなった。
私は依頼人へ電話をする。
「すみません例の包丁の件ですが……はい、なんとか完成しました。そちらにもうすぐ届くはずです……いえ、郵送ではないです。包丁は今地面を突き破ってどんどん地中に潜っています。包丁が無事にマントルとコアを通過できたのだとするとそろそろブラジルに着くころだと思うのですが……」
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