大失敗

 私は勤めていた会社を定年退職してもう3年になる。今は特に仕事もせずにのんびり過ごしていて、今日も近所の公園に散歩に来ていた。


「今日もいい天気だ。お、桜が咲いてる。そうかもうそんな季節か」


 そんな独り言を言いながら歩いていると、公園のベンチにスーツを着た若い男性がベンチに座って項垂れているのを発見した。


 今日は平日だし、お昼休みというにはまだ早い時間だ。外へ営業に出た帰りか何かだろうか。それにしてもあんなに項垂れて落ち込んでいるのは気になる。私は男性に話しかけた。


「あの、どうかしましたか?」


 私が尋ねると、男性はこちらを向いて言う。


「もう終わりです。おしまいなんです。あんなことになってしまうなんて……はぁ」


 男性は深いため息をついて、また俯いてしまった。


 見たところ男性はかなり若い。おそらく仕事で何か失敗してしまい落ち込んでいるようだ。


「何かあったのか聞いてもいいですか? いや、別に話したくなかったらいいんですけど……」


 お節介かなと思いながらも、放ってはおけなかったので、私はそんなことを言ってみた。すると、男性はゆっくりと話し始めた。


「自分今年就職して会社員になったんです。でも失敗をしてしまって」


「そうですか。でも失敗なんて誰にもあることだし新人ならなおさら……」


「いえ、ただの失敗ではなくて大失敗なんです」


「大失敗って、一体どんな?」


「会社に来客があって上司に頼まれたんです。『お茶の用意をしろ』って」


「それで?」


「それで、給湯室に行ってお茶の用意をしようとしたんですがポットの使い方がよくわからなくて……焦れば焦るほど時間が過ぎていくばかりで……それでいっそコンロで湯を沸かそうと思ってヤカンをコンロにかけたんですが……」


「一体何が?」


「なんか近くに置いてあった紙コップにコンロの火が引火しちゃったんですよ!」


「そりゃ大変だ」


「それで急いで火を消そうとしたんですが……焦れば焦るほど時間が過ぎていくばかりで……そうしている間に給湯室全体に燃え広がっちゃったんですよ! はぁ……それで会社に居づらくなってここにいるんです」


「なんとまた、それは確かに大失敗だ……」


 男性の予想以上のやらかしに、なんと声をかけていいか迷ったが、とりあえず前向きなことを言うことにした。


「確かにそれは大失敗です。会社に居づらくなったのもわかります。でもとりあえず、そんな事故が起こったのに君が無事でよかったじゃないですか。見たところ火傷をした様子もないし」


「はい、自分はすぐにここへ逃げできたので無事でした」


「え?」


「それであの有様なんです」


 男性が指差した先にあるビルからは、黒い煙が上がっていて、近くで救急車や消防車のサイレンの大きな音が聞こえてきた。

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